第二十一部 孤軍奮闘
浦辺の華麗な回し蹴りを受けたケインは、大柄な体を回転させながら倒れた。
振り払われたスタンリーは身を起こすと、ノームが地面に叩き付けた猟銃を急いで拾った。
銃口を浦辺に向けようとしたが、途端に突っ走ってきた浦辺がそれを掴んで阻止した。
互いに猟銃を握りながら揉み合いが続いたが、スタンリーが片手を離し浦辺の頬に一発、二発とパンチを食らわせた。
頬の痛みに顔をしかめた浦辺は、仕返しとばかりにスタンリーの股間目がけて右足を振り上げた。急所を突かれたスタンリーの顔がみるみる真っ青になっていく。
股間を押さえながら悶絶するスタンリーから、浦辺は猟銃を奪った。
次に、携帯していたサバイバルナイフを握り締めたティムが立ちはだかった。
ティムは身を低くしながら、威圧するように何度も浦辺の前でナイフを左右に振り回した。
浦辺はそれを器用に避けたり、持っていた猟銃で防いだりしたが、ティムは絶えずナイフを振り回しながらどんどん迫ってくる。シュッシュッという風を切る音がナイフの鋭利さを強調していた。
やがて、キリがないと悟ったのか、ティムが左右に振り回していたナイフをいきなり一直線に突き出してきた。が、浦辺は体をグルッと回転させてそれを避けると、空振りをして前のめりになったティムの背中に銃把を叩き付けた。
鈍い音がし、ナイフを持つ手を前に伸ばしたままティムはたたらを踏んだ。
痛みと怒りでうなり声を上げたティムは、再び威嚇するようにナイフを振り回しながらジワジワと迫ったが、そんな相手のすねに浦辺は蹴りを食らわせた。
すねの痛みでナイフを落としたティムの腹に、浦辺は強烈な後ろ蹴りを見舞った。ティムが背中から地面に倒れた。
突然、浦辺は背中から羽交い締めにされた。その拍子に、持っていた猟銃から手を放してしまった。
先ほど、股間を蹴られて悶えていたスタンリーだった。
浦辺はなんとか拘束から逃れようともがいたが、スタンリーの腕力は強く簡単には抜け出せなかった。
咳き込みながら立ち上がったティムがナイフを拾うと、殺気に満ちた目で浦辺を睨み付けながら迫った。
このままだと刺し殺される、そう察した浦辺はまずは体の自由を取り戻すべく、頭を思い切り後ろに倒した。
しかし、スタンリーはそれを予期していたのか、後頭部が顔面に直撃する寸前に頭を横にずらした。相手の攻撃を避けて有頂天になったスタンリーが下品な笑い声を上げた。
動揺している浦辺に、ティムがどんどん近付いてくる。
胴体を固定された浦辺は、とっさに下半身を持ち上げ、ティムの胸にドロップキックを食らわせた。ティムの口からグハッ、という苦しげな声が漏れた。
それから浦辺は背後に腕を曲げ、耳元で鼻息を荒くしているスタンリーの無精髭を掴み、思い切り引っ張った。先ほどの急所突きよりかは劣るが、効果は抜群だった。
激痛により、下品な笑い声を獣のような叫び声に変えたスタンリーが羽交い締めにしていた両腕の力を緩めた。
自由になった浦辺は、背後で顎を押さえているスタンリーの醜く突き出た分厚い腹に肘鉄を食らわせた。それからすぐさま向き直り、前蹴りで距離を離した。
以前と同じく肉を打つ音がして怯んだスタンリーの顔面に、浦辺は鋭い上段回し蹴りを繰り出した。肥満体ゆえに重量感はあったが、強烈な蹴りを受けたスタンリーが体をひねらせて巨体を倒した。
ヤケを起こしたティムが、いきなり持っていたサバイバルナイフを浦辺目がけて投げた。
どんどん大きくなるナイフの刃先が目の前に迫った瞬間、浦辺はサッと身をひるがえして避けた。シュッと風を切る音がし、目標を失ったナイフは浦辺の耳元をかすめロッジの壁に突き刺さった。
ティムがホルスターに収めていた拳銃を掴んだ。
銃口を向けようとした瞬間、浦辺が振り上げた足が手に直撃し、拳銃は曲線を描いて飛んでいった。
浦辺はそのまま、ティムの顔目がけて後ろ回し蹴りを見舞った。…が、ティムは即座に体を屈めてそれを回避すると、浦辺の腹に頭突きを食らわせた。
衝撃で浦辺がたじろいだが、すぐに構えのポーズを取って臨戦態勢を整えた。
一方、不意打ちを受けて気を失っていたケインがようやく目を覚ました。
ぼんやりとした視界の中で、例の日本人がティムと格闘している最中だった。
周囲を見回したケインが、離れた場所に落ちている拳銃を発見した。先ほど、浦辺が蹴り飛ばした物だった。
ケインは立ち上がると、急ぎ足でそれを掴み取った。
撃鉄を落とし、銃口を揉み合っている浦辺たちに向けた。
「気を付けろっ!」
ロッジから野太い叫び声が響いた。
ハッとした浦辺が、自分たちに拳銃を向けているケインの姿を捉え、サッとティムの陰に隠れた。
銃声が続けざまに轟き、ティムの背中に三つの穴が出来た。
背中の穴から血を噴き出したティムが、浦辺に支えられたまま膝から崩れた。
ケインが声のした方を見ると、錠を外したノアが外に乗り出していた。外の騒ぎを聞いて、いても立ってもいられなくなったのだろう。
ケインが忌々しげに舌打ちし、ノアに向けて拳銃を発砲した。弾は肩をかすめ、ノアはロッジの前でくずおれた。
その様子を見た浦辺が屍と化したティムの胸倉を掴み、楯にしながらケインのいる方角に突っ走った。
ケインが迫ってくるティムの背中に向かって銃をぶっ放した。二ヶ所、三ヶ所と背中に新たな穴が出来ては鮮血が噴き出す。
やがて、弾が底を尽いたにも関わらずトリガーを引き続けるケインに、浦辺はティムの死体を突き飛ばした。
糸の切れた操り人形のように倒れ込んできたティムの体を忌々しそうに退かしたケインは、再び不意打ちを受ける羽目になった。
目の前に迫った浦辺が強烈なフックをケインの頬に何発も見舞ってから、全身全霊の力を注いだ右足で後ろ蹴りを繰り出した。比較的大柄なケインの体が宙に浮かび、ドサッと音を立てて地面に倒れた。
浦辺が額を流れる汗を拭おうとしたが、すぐさま野太い雄叫びが聞こえ手を止めた。
ロッジに突き刺さっていたサバイバルナイフを握ったスタンリーが、たるんだ腹を上下に揺らしながら猛然と浦辺に向かって突っ走ってきていた。
尋常じゃないオーラを漂わせるスタンリーを見、浦辺は一旦逃げて距離を離そうと試みた。
浦辺が逃げた先に、黒塗りの大きな塊が立ち塞がった。ローガンたちが乗ってきたダッジバンだった。
背後から聞こえる雄叫びが近付き、殺気に変わった瞬間浦辺は反射的に地面を転がった。
金属の削れるような音がし、スタンリーが振り下ろしたナイフがダッジバンの車体に大きな傷を作った。
狩猟団の中で唯一肥満体型の男は動きこそ鈍いものの、あの一撃を食らったらひとたまりもないだろうな、と浦辺は傷跡を見てゾッとした。現に、今の衝撃でナイフの一部が欠けている。あの力強さなら、人の腕を切り落とすのも訳ないだろう。
立ち上がろうとした浦辺に向かって、スタンリーが蹴りを食らわそうと足を振り上げた。普段の浦辺なら容易に避けられただろうが、蓄積した疲労の影響で動きが鈍くなっていたため、もろにそれを受けてしまった。
なんとか浦辺は立ち上がったが、重い一撃を受けたせいで視界がぼやけ、少しフラついてしまった。その様子を見たスタンリーが、してやったといわんばかりのニヤケ面を浮かべた。
単純な男だな、と浦辺は内心で苦笑を浮かべた。
空手道を極めた浦辺にとって、闇雲に突っ込んでくる猪突猛進型と、簡単に隙を見せる相手はもはや敵ではなかった。こちらが闇雲な戦法さえ取らなければ、倒すのは容易なことだった。
浦辺がわざと挑発するようにニヤッとすると、癪に障ったスタンリーがナイフを握り締めたまま、再び声を張り上げて迫った。
バンを傷付けたときと同じパターンだと浦辺は踏んだ。
彼の思い通り、スタンリーがナイフを握った手を一直線に伸ばしながら大きく振り上げ、曲線を描くように勢いよく振り下ろしてきた。
その腕を浦辺は両手で掴んで防ぐと、すぐさまスタンリーのどてっ腹に膝蹴りを食らわせた。
自身の自慢でもある分厚い腹に想像以上の痛みが伝わり、スタンリーは歯を食い縛った。そんな相手の腹に浦辺はミドルキックを何度も浴びせた。
立て続けに蹴りを受けたスタンリーは徐々に上半身を前に屈めたが、自然と体重が前に集中したため両足がガタガタ震え始めた。
そんな震える片方の足に、浦辺はフンッとローキックを繰り出した。
まるで巨木が倒れるときのように、スタンリーはゆっくりと前のめりになりながらうつ伏せに倒れた。
体の随所に走る痛みに顔をしかめながら、浦辺はその場でしゃがみこんだ。日本にて、格闘技に長けた犯人相手に逮捕か無駄死にかを賭けた死闘を繰り広げたことがあったが、そのときとは異なり今回は三人が相手だったため相当な体力を消耗してしまっていた。
浦辺は撃たれたノアのことを思い出し、重い体を起こそうとした、そのときだった。
カチッと、耳元で音がした。
ゆっくりと顔を横に向けると、ピストルを向けたローガンが立っていた。今のは撃鉄を落とした音らしく、引き金を引けばいつでも弾が発射される状態になっていた。
「この野郎、随分とやりたい放題やってくれたじゃねえか。まさか、ここまで強かったとはな。…まあいい、ちょいとお前にやってもらいたい仕事が出来たもんだから、くたばってなくて安心したぜ。おら、立て!」
と、ローガンは浦辺の襟首を掴み、無理やり立たせた。




