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第十九部 ノームの決断

 翌日、原野に一台の黒いダッジバンが到着した。

 バンのエンジン音が止むと、助手席に乗っていたローガン、そして運転手のケインが同時に降りた。ローガンの手には猟銃が握られている。

 日頃から猟銃を欠かさず持ち歩いている彼らであったが、今回はローガンの指示によりケインたちは自身の猟銃を所持していなかった。ローガンが個人の猟銃だけを持ち出したのは、ある理由があってのことだったからだ。

 二列目の後部座席からティムとスタンリーが降り、二人に挟まれるように座っていたノアがスタンリーによって強引に降ろされた。

 その際、ロッジで受けた傷が再び痛みノアは顔を歪めた。

「お前もさっさと降りろ」

 と、ティムが三列目の座席で一人座っていたノームに言った。

 ぼんやりと窓の外を眺めていたノームはハッとし、慌てて下車した。

 全員が降りたところで、ローガンは原野の空気を存分に味わうように深呼吸した。

「ここは気持ちのいい空気で溢れているな。さぞ暮らせば、居心地がいいだろう」

 と、ローガンはもう一度深呼吸した。

 ノアが敵意に満ちた瞳でそれを見つめる。

「…さてと、それじゃあ行くとするか」

「兄貴、ちょっといいか?」

 と、唐突にケインが兄に声をかけた。

「なんだ?」

 うんざりそうに聞くローガンを、ケインは少し離れた場所まで連れた。

「あの話、マジでやってもいいんだよな?」

「なんの話だ?」

「ジジイを殺して女を頂くってのさ。一昨日、話したじゃないか」

「…あぁ、そのことか」

「そう、それだよ。あんなとびっきりのブロンド美人、やっぱりこんな退屈な場所でジジイと一緒にいさせるのは勿体無いだろ?」

「まあ、お前の言い分も分かる。確かに美人だからな」

「だろう? 俺は早いとこ、あの女を手元に置きたくて仕方がねえんだよ」

「そうか。…で?」

「で?」

「今回、俺たちはあの娘が持っている妙な卵を手に入れるためにここへ来たわけであって、お前の個人的な都合のために来たわけじゃない。まさかお前は、兄貴である俺の目的を二の次にして、自分の欲望を最優先にするわけじゃあるまいな?」

 ギロッとローガンが睨むと、ケインはビクッと身震いし口を閉じた。

 目的の卵を手に入れること以外について、ローガンは無関心だった。弟のケインがノアを殺し、イザベラを自分の女として迎え入れるのも正直、勝手にやってくれればいいとローガンは思っていた。

 だが、狩猟団として組織されたチームで動いている以上、弟の独り善がりに振り回されるわけにはいかなかった。

 ケインはそれを承知しているはずなのに、ノアの殺害とイザベラの確保にしか眼中がない。ローガンはそれが極めて不快だった。

「まずは卵が先だ。それが終わったら、ジジイと娘をどうするかお前の好きにしろ。だが、もう一度だけ言っておくぞ。勝手にやるのは自由だが、後々俺たちに面倒事が降りかかってこないよう抜かりのないように後始末しろよ。分かったな?」

「わ、分かってるさ」

 と、ケインは兄の凄味にビクつきながら何度も首を縦に振った。

 気を取り直し、ローガンたちは揃ってロッジへと向かった。

 ロッジの前に着いたと同時に、ドアが開いて中からイザベラが出てきた。

 その後ろから、フサフサの黒髪をした例の男も出てきた。

「パパッ!」

 父親の姿を確認したイザベラが思わず駆けそうになるのを、後ろにいた日本人が止めた。

 娘が飛び出してきそうになりノアは慌てたが、日本人が冷静に制したのを確認した途端にホッと安堵した。

(ジジイが安心するほど信頼を置いている男のようだな)

 ローガンはケインたちを容易く叩きのめしたというその日本人を、まるで値踏みするように上から下までゆっくりと観察した。

 東洋人らしい小麦色の端整な顔立ちの男で、背丈は百七十半ばだろう。西洋人と比較すると劣るものの日本人の中では恐らく高いか、平均的な高さだろう。

 ティムが言っていた通り、確かに日本人俳優のSに似ているな、とローガンは思った。

 ひと目見たローガンには、大の男三人を余裕で倒せるような男にはとても見えなかった。

 ケインたちが相手の力を誇張したとも思ったが、万が一の場合も視野に入れ、ローガンは無難に取引を行うことにした。

「それじゃあ、取引といこうや。まず卵を見せてくれ」

「ここには無いわ」

 と、イザベラがハッキリと言った。

 ノアを押さえているケインたちが騒ぎ始めたのをローガンが手を上げて制してから、

「無いってどういうことだ? まさか、取引を破棄するわけじゃあるまいな?」

「とにかく、ここには無いわ」

「何処にある?」

「あそこよ」

 と、イザベラがローガンたちの背後を指差した。

 一同が振り返ると、緑豊かな木々で彩られた森が広がっていた。

「あの森に置いてきたのか?」

「そうよ。今から、私が卵の場所まで案内するわ。だから、まずはパパをロッジの中に入れてあげてほしいの」

 と、イザベラが言った。

 途端に声を荒げたのはケインだった。

「なにバカなことを言ってやがる。取引の物が目の前に無い状態で、そっちの要望だけが通るわけないだろ?」

「なにか企んでるんじゃないだろうな?」

 と、テンガロンハットのツバを持ち上げたティムが、疑惑に満ちた瞳でイザベラを見た。

 ケインの凄味とティムの食い入るような眼差しに圧倒されイザベラは一瞬怯んだが、すぐに気を取り直し怯える自身を奮い立たせるようにスーッと息を吸った。

「私は父を無事に返してほしいのよ。あなたたちをこれ以上怒らせるつもりなんてまったくないわ」

「どうだか。本当に目的の物が森にあるのかどうかハッキリしない以上、油断出来ねえからな」

「私が案内すると言ったでしょう?」

「そりゃあさっき聞いたさ。だがな、お隣の英雄気取りも一緒じゃ厄介なんだよ」

「彼は行かないわ。私一人で案内するから」

「ほぉ…」

 ローガンは感心したようにつぶやくと、顎に手をやり考え込んだ。

 ケインたちはボスがどういう判断を下すかを静かに待った。

 少しして、ローガンが口を開いた。

「…いいだろう、案内しろ」

「それじゃあ、パパをロッジへ移して」

 イザベラが言うと、ローガンは後ろでノアを押さえているティムとスタンリーを振り返り、顎でクイッとロッジを指した。

 承知した二人は蹌踉とした足取りのノアを連れ、ロッジへと移動した。

 イザベラの横を通り過ぎる際、ノアは心配そうな面持ちで娘を見、不安のあまりロッジへ入るのを拒んだ。しかし、イザベラが安心させるように微笑んだので、ノアはおとなしくロッジへと入ることを決めた。

 ノアがロッジに入ったのを確認したイザベラが大きな声で、

「パパ、鍵をかけてちょうだい」

 と、言った。

 ノアは最初こそ躊躇したが、すぐに言われた通り施錠した。

「よし、希望通りにしてやったぞ。じゃあ、卵の在り処まで案内してもらおう」

「分かったわ。ついてきて」

「…いや、待て。その前にやることがある」

 と、ローガンは言うや否や、持っていた猟銃に弾を装填し始めた。

 その場にいる全員が見守る中、ローガンは弾丸を込めた猟銃を持って、一人の男のそばへと移動した。

 小男のノームだった。

 一連のやり取りを黙って見つめていたノームに、ローガンは出し抜けに猟銃を差し出した。

 ノームは両目を閉じ、グッと唇を噛んだ。

 とうとうこの瞬間が来てしまった…という絶望感が込み上げたからだ。

 ノームはおもむろに、差し出された猟銃を両手で持った。

「なにをしているの?」

 不穏な空気を察したイザベラが問いかけた。

「気にしなさんな。ただ、俺とお前が森へ行っている間、用心棒に妙なことをされないようこいつに俺の代理を頼んだだけさ。ほら、気にせず行こうぜ」

 と、ローガンがニヤニヤしながら言った。

 日本人はなにを言われたのか理解していないのか、ポーカーフェイスを貫いていた。

 ただ、心配顔で見つめるイザベラに向かって、大丈夫だと言うように頷いてみせた。

 イザベラも頷き返し、森へ向けて歩き始めた。

 ローガンもそれに続くが、ノームのそばを横切った際に一言、

「今度こそ仕留めろよ」

 と言い、ノームの反応を確かめることもなく、イザベラの後を追った。

「さてと」

 ケインが両手をこすり合わせ、残された日本人の浦辺を見て卑屈な笑みを浮かべた。

 なりゆきとは言え、この場にローガン以外の連中が残ってくれたことに、浦辺は内心でホッとしていた。ひとまず、イザベラが計画を成功させる確率はキープされたからだ。

 だが、一方で困惑もしていた。ケインたちがリベンジ精神をむき出し突っ込んでくると読んでいたのだが、雰囲気を見たところ少し様子がおかしいことに気付いたからだ。

 ローガンが名の知らない小男に猟銃を託し、去り際になにかを耳打ちした。恐らく、それで自分を撃てとでも命じたのだろう、と浦辺は読んだ。

 ローガンがなぜ、小男にその役割を与えたのかを知らない浦辺にとって、唯一の誤算だった。

「随分と難しい顔をしているな? ひょっとして怖気付いたのか?」

 と、ケインがからかうように言った。

 実際、浦辺は難しい顔をしていた。しかし、それはあくまで自分の読みが外れたことに対する困惑であり、決して今の状況が窮地に陥っていると悲観したからではなかった。

 そうとも知らず、ケインは挑発的な笑みを浮かべ、

「腕っ節は強くとも、銃には勝ち目がないことぐらいは分かっているらしい」

 と、執拗に浦辺を逆撫でした。

 ケインの背後では、スタンリーとティムが腕を組みながらニヤけ面を浮かべていた。これから起こる出来事を、見物客のごとく見守って楽しむつもりらしい。

「おい、ノーム」

 ケインはローガンから託された猟銃を両手で持ったまま固まっているノームの胸倉を掴み、そばに引き寄せた。

 ノームが情けない声を上げる。

「シャキッとしろ。さっき、兄貴になんて言われたんだ?」

「し、仕留めろって…。今度は確実に…」

「兄貴はそう言ったんだな? だったら、しっかりと期待に答えなきゃならないだろ。最初のしくじりは見逃してくれた兄貴だが、二度目は分からないぜ。仮に兄貴がお前に愛想を尽かして狩猟団から追っ払われるか手緩いお仕置きで済んだとしても、俺がお前に忘れられないほどの苦痛を与えてやるからな。ハンターの風上にも置けないヤツは、俺が容赦しねえ」

「おい、ケイン。あんまりイビッちゃマズいだろ? そいつ、本当に撃てなくなっちまうぜ」

 と、ティムに言われケインはペッと唾を吐いた。

 バンッとケインに背中を叩かれたノームは、勢いで数歩たたらを踏んだ。

 ノームは深呼吸をすると、無造作に持っていた猟銃をゆっくりと構え、ハンティングで獲物に狙いを定めるときと同じポーズをした。

 厳しい顔を浮かべていたケインが、満足げな表情で頷いた。

 猟銃を握るノームは先ほどの怯えがウソのような真剣な眼差しで、目の前の「獲物」をしっかりと捉えていた。誰がどう見ても確実に撃つ分かるオーラを放っていた。

 しかし、浦辺は終始得意気な笑みを浮かべていた。

(彼は本気じゃない)

 そう見抜いていたからだ。

 銃口を向けた人間が、果たして本心から撃つ気でいるのかその反対かを見極められる持ち前の能力を発揮した浦辺が導いた分析は、後者だった。

 小男は、明確な殺意を持ってこちらを狙ってはいなかった。

 猟銃を構えたまま微動だにしないノームと、銃口を向けられているにも関わらず得意そうに構えている浦辺を見たケインたちが、困惑顔で互いの顔を見合わせた。

 連中の間に動揺が生まれた隙を見て、奇襲をかける手段も浦辺は考えたが、今はじっと身動きせず相手の様子を見ることにした。

 やがて、しびれを切らしたケインが大声で怒鳴った。

「いつまでカッコつけてるんだ、早く撃て! それとも、まさかまたビビッて指が動かなくなったんじゃあるまいな? たった一匹の獲物すら仕留められないんなら、お前なんかハンターを名乗るに値しないな」

 ケインの浴びせた怒声がきっかけになったのか、ノームに変化が現れた。

 突然、持っていたローガンの猟銃を地面に叩き付けたのだ。

 スタンリーとティムが同時に「アッ」と声を上げ、身を引いた。

 ひとまず、暴発はしなかった。

 ケインは一瞬絶句したが、すぐに気を取り直しドスドスと地面を踏み鳴らしながらノームに詰め寄った。

「誰の猟銃か知っていての暴挙か? 兄貴が知ったらーー」

「どうだっていいよ」

「なに?」

「どうだっていいって言ったんだよ。元々、あんたたちみたいな道徳に外れたメンバーに入る気なんて、さらさらなかったんだ。無理やり誘い込まれ、嫌々入ったに過ぎない」

「道徳に外れただと?」

「そうだろ? 平気で人殺しをさせようとしたじゃないか」

「俺たちは人殺しってことか?」

「それ以外のなにがあるっ」

 俄然、ノームがケインの顔に唾を吐き捨てた。

 引っ込み思案で小心者の小男が見せた意外な一面を目の当たりにしたケインは一瞬怯んだが、徐々にその顔が真っ赤に染まると、怒り狂う野獣のように歯をむき出しノームの胸倉を掴み上げた。

 ティムとスタンリーが慌ててケインをなだめようと近付いたが、そんな二人をケインは剛腕で振り払った。もはや、無礼を働いたノームに対する怒りで頭の中は一杯だった。

 堪忍袋の緒が切れたケインに振り払われた二人は地面を転がった。

 ケインはノームを片手で掴み上げると、その顔に強烈な一撃を見舞った。

 鈍い音がし、ノームの鼻と口から同時に血が噴き出した。

 ぐったりしたノームを、ケインは前に向かって思い切り放った。

 が、その瞬間、目にも止まらぬ速さで迫ってきたなにかが、ケインの頬に直撃した。

 浦辺の回し蹴りだった。

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