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第十一部 一掃

 浦辺とイザベラが同時に立ち上がった。

 森のどの辺りから聞こえたのかは分からない。もしかすると、森の外の可能性も…。

「大変、きっとあいつらだわ。…パパ!」

 イザベラが慌ててグリフォンの卵を抱こうとするのを浦辺が止めた。

「卵はここに置いておいた方がいいでしょう。もしあなたがそれを大事に抱えているのを連中が見たら、変に勘繰られる可能性がある」

「でも…」

 イザベラが不安そうに卵を見下ろした。

「大丈夫。さっきおっしゃっていたじゃありませんか。ここはグリフォンを信じる人間しか近寄れないと」

「…もしかして、信じてくれるんですか?」

「信じます」

 浦辺は意識してハッキリと答えた。

 それを信じたのかどうかは分からないが、イザベラは言われた通りグリフォンの卵を巣に戻し、

「大丈夫、待っててね」

 と、赤子に優しく囁くように言ってから撫でた。

 二人は急いで森の入口へと引き返した。

 森を抜けた途端、二人が同時に「アッ」と声を出した。

 約数十メートル離れたロッジの前で、白髪交じりの老人ノアが薪割りで使用していた斧を構えながら、四人の男たちと対峙していた。

 男たちはそれぞれ猟銃を所持しており、杖のように持っている者もいれば余裕そうに肩に乗せている者もいる。

 誰が見ても一触即発の状態だと分かった。

 イザベラはロッジ目指して駆け出し、後ろから浦辺も追った。

 二人が向かっていることに気付いたノアが険しい顔でなにかを叫んでいる。

「来るな!」

 そう叫んでいた。

 無我夢中で走るイザベラと浦辺には聞こえなかった。

 ノアを取り囲んでいた男たちが一斉にこちらを振り返った。

 イザベラが男たちをかき分け、ノアの前に立った。

 まとめ役と思われる男がニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

「兄貴の言っていたべっぴんのご登場ってわけか。なるほど、確かにこのジジイの娘とは思えない美人だな」

 イザベラはキッと男を睨んだ。

 奥で控える三人組は見覚えがあったが、この男だけは初めて見る。しかし、何処となくローガンに顔立ちが似ている気もする、とイザベラは内心で思った。

「まずは自己紹介といこうか。俺はローガンの忠実な弟ケインだ。以後、お見知りおきを」

 ケインと名乗るローガンの弟がおどけるように手を差し出すが、当然イザベラはそれを無視し、警戒の眼差しで相手を睨んだ。

 ケインは手を引っ込めると愉快そうに笑った。

「思った以上に気が強そうだな。俺は嫌いじゃないぜ」

「パパに手出ししないでちょうだい」

「手出し? 別に危害を加えるつもりはない。が、俺たちが知りたいことを素直に教えてくれなきゃどうなるかねえ」

「私たちはなにも知らないのよ」

「ウソを吐くとためにならないぜ?」

 と、ケインがイザベラのブロンドに手をやった。

 イザベラが反射的に身をよじると、そばでその様子を眺めていた浦辺が近付いた。しかし、テンガロンハットを被った男と無精髭の男が立ち塞がった。

「なんだ、こいつは?」

 と、ケインが浦辺を指差しながら聞いた。

「ただの旅行者だ」

 と、ノアが言った。

「こんな辺鄙な場所に旅行者だと? いささか妙だな」

「そんなこと今は関係ない。それより、お前の兄貴分にハッキリと伝えておけ。わしらはお前たちが捜している獲物のことなど、一切知らないとな」

「そうかね。老いぼれのくせに威勢がいいのだけは感心するが、俺たちにウソを吐き続けるなら覚悟しておくんだな。痛い目に遭いたくなければ、いい加減白状しちまえよ」

「何回知らんと言えば理解するんだ?」

 と、ノアが言った途端、ケインが杖のように持っていた猟銃を両手で持ち直した。

 父親が以前のように殴られると思ったイザベラが、咄嗟にノアの前に立ちはだかった。

 ケインがなにかを閃いたように薄笑いを浮かべたかと思えば、イザベラの腕を強引に引っ張り引き寄せた。

 イザベラが必死に抵抗するが、丸太のように太い腕を持つケインには到底敵わなかった。

「いいだろう、こうしようや。あくまでシラを切り通すんなら仕方がない。獲物を諦める代わりにこの女をもらっていくぜ」

「ふざけるな!」

 ノアが斧を持ったままケインに迫ろうとしたのを、無精髭を生やした男が食い止めた。

 それでも暴れるノアの腹に、無精髭はパンチを食らわせた。

 ドスッという鈍い音がし、ノアは地面に膝を突いた。

 体を丸めてうなだれるノアに、無精髭は非情にも一発、二発と蹴りを入れ始めた。

 ケインがクククッと残忍な笑いを浮かべながらそれを眺めている。

「やめてっ!」

 悲鳴と一緒にイザベラが叫んだそのとき、彼女の悲鳴にまじってテンガロンハットを被った男の「ぐわっ」という声が聞こえた。

 ハッとケインが振り返ると、顔面に強烈な一撃が浴びせられた。

 イザベラが拘束していた腕を振り払い、急いで身を引いた。

 無精髭が異変に気付き蹴りを入れていた足を止めたが、途端に襟首を掴まれると後方へと吹き飛ばされた。

 無様に尻もちをついてからそのまま勢いに任せて背中から倒れた。

 一度に三人の男を叩きのめした浦辺は、一味の一人で今しがたの出来事を呆然と眺めている小男を無視し、イザベラとノアに駆け寄った。

「ノアさん、大丈夫ですか?」

 返答は無かったものの、ノアは苦しそうに首を縦に振った。

「早くノアさんを連れてロッジに入って」

「でも、浦辺さんは…?」

「早く!」

 心配するイザベラを浦辺は急かした。

 イザベラがノアを連れてロッジの中へ避難すると、浦辺は構えのポーズを取ってケインたちと向かい合った。

 鼻から噴き出した鼻血と怒りで顔を真っ赤にしたケインが浦辺を睨み付けた。

「てめぇ…なにしやがるっ」

 英語だった。無論、浦辺には言葉の意味が分からなかった。

「当然の報いだ」

 日本語で浦辺は言った。通じなかろうとどうでもよかった。

 鶏冠に来たケインが銃身を持ちグリップで殴りかかってきた。が、浦辺はそれを両腕で防ぐとケインの腹に前蹴りを食らわせた。

 強烈な一撃を腹に受けたケインは猟銃を落とし前のめりになった。

 その顔に、浦辺は膝蹴りを繰り出した。

 強烈な一撃を受けたケインの巨体が宙に浮き、背中からドサッと地面に落ちた。

 地面に転がっていた無精髭が起き上がるなり、浦辺目がけて突進をかました。

 奇襲をかけられた浦辺が背中から倒れ、馬乗りになった無精髭が闇雲にパンチを食らわせてきた。

 横腹と胸に痛みが走ったが、すぐに膝で相手の尻を蹴り上げると、無精髭は浦辺の上を飛び越え、でんぐり返しをするように転がった。

 態勢を立て直した浦辺は背後を振り返るなり、でんぐり返しをした弾みで頭を打ってフラフラしている無精髭の腹、胸、顔と続けざまにパンチを炸裂させた。

 相手の目の焦点が合わなくなったのを確認すると、無精髭の顔にパンチを繰り出し、そのまま体を回転させると醜くたるんだ腹に後ろ蹴りを見舞った。

 肉を打つ音がし、無精髭がたたらを踏んで倒れた。

 突然、浦辺は背後から羽交い絞めにされた。最初に顔面を殴られたテンガロンハットを被った男だった。

 カウボーイ気取りが締め上げる力は相当なものだったが、浦辺は冷静な判断力で背後に立つ相手の足を思い切り踏みつけた。

 相手が怯んだ隙を見、浦辺は頭を思い切り後ろへ倒した。

 羽交い絞めにしていた相手の顔面に浦辺の後頭部が直撃し、拘束していた腕の力が緩んだ。

 浦辺は振り返ると柔軟な体を利用し、百度ほど真っ直ぐ振り上げた左足で相手の顔面を蹴ってから体を右に一回転させ、最後に右足でとどめの顔面キックを食らわした。

 男の被っていたテンガロンハットが宙を舞う。

 ケインと二人の男がのされ、最後に小柄の男だけが残った。

 小男は未だに猟銃を持ったまま棒立ちしていたが、浦辺が振り返ると我に返ってまるで棒を持つような感じで猟銃を構えた。

 銃本来の使い方を忘れ、足をガタガタと震わせている相手を見た浦辺はたいした脅威にならないと判断し、ただキッと睨むだけにした。

 浦辺に睨まれ、小男は持っていた猟銃を落とした。

 顔を真っ赤に染めたケインが立ち上がり、落とした猟銃を拾ったそのときだった。

 鼓膜が破れてしまいそうなほど大きな銃声が轟いた。

 ケインたちだけでなく、浦辺も思わず飛び上がりそうになるほど凄まじい音だった。

 ロッジから出てきたノアが、空に向けて散弾銃を発砲したのだ。

「さっさと消え失せろ!」

 ノアがケインたちに銃口を向けながら叫んだ。

 無精髭、テンガロンハット、小男の三人がケインの後ろに逃げ込むと、ケインも形勢が不利だと判断したのか「チッ」と舌打ちし、仲間を伴ってその場から退散した。

 浦辺は汗を拭うと、散弾銃を杖代わりにして立っているノアに近寄った。

「大丈夫ですか?」

「なんとかな…。それより、ありがとう。あんたのおかげで、わしらは命拾いしたよ」

「軽く掃除しただけですよ」

「フフ、そうか…。あんた、結構強いんだな」

 そう言うと体から一気に力が抜けたのか、ノアはその場で座り込んでしまった。


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