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夜空は曇天で覆われていた。

分厚い雲に火の海が反射した赤色は、終末さながらの雰囲気が醸し出されている。


蛇竜の森に到着して即座にやったのは火を点けること。相手の嫌がることをするのは戦いにおいての常道だろう。

適当に火柱を立て、一度火が点けばこの森はよく燃えた。風を送り込むまでもなく見る見る間に延焼していった。思いのほかよく燃えたので、続け様に放とうとしていた火球は引っ込めた。


木が燃えやすい種類だったのか。空気が乾燥しているのか。それとも魔法で点けた火だからなのか。

パチパチと音を立てながら木々が燃え、炭化した部分からバキバキと音を立てながら倒れ、他の木を巻き込みながら火の中に身を投じていく。


一面火の海となった森林からは黒煙が立ち昇り、空に浮かんでいる俺の所まで熱気と黒煙が襲ってくる。

熱による上昇気流が発生して空を飛ぶのも一苦労だ。


これだけ盛大に燃えてくれるなら、放っておけば森自体が消滅するかもしれない。勝手に火炎旋風とか巻き起こってくれれば見物のし甲斐がある。

どうせ、この森は焼失させるつもりだったから好都合だ。


一息に全て燃やしてしまわないのは、敵を誘っているから。魔力の反応でおおよその位置は分かっている。とんでもない魔力と共に大きな怒りが伝わってくる。


突然棲み処を燃やされれば誰だって腹が立つだろう。それは例え人間だろうと竜だろうと変わらない。原始的な感情だ。大抵の奴はしでかした奴をぶち殺そうと近寄ってくる。


俺としては、こっちから近づくよりは近づいてきてほしかった。迎え撃つ形で戦いたい。

挑むよりは挑まれる方が好きだ。その方が準備の時間が確保できる。だから誘う。かかってこいやと喧嘩を売った。高額買取満員御礼と言うところか。


空の上は遮るものがない。精々黒煙ぐらいだが、その程度は何の障害にもならない。

遠くから地響きが聞こえて来る。ズルズルと何かが這いずる音が近づいて来た。


暗闇の中、巨体がやって来る。

緑と紫の禍々しい色をしている。細長く、その体に手足らしきものは見えない。

体の一部にやけどの様な跡があり、背中には何かがへし折られたような不格好な突起がある。


全長はどれぐらいだろう。まだ遠くて分かりづらい。100メートルぐらいかな。太さは人間を縦に2~3人並べたぐらいか。

思ったより大きかった。竜っていうか龍だな。イメージ的には。


蛇竜は鎌首を持ち上げて俺と目線を合わせる。

じっと見つめてくるその瞳には爬虫類らしい無機質な印象を受け、それでいて怒りが確かに伝わって来た。

感情があるのなら、たぶん話は通じると思うんだけど。


「やあこんばんは。ご機嫌どう?」


蛇竜は答えない。俺は言霊を使っている。意味は通じているはず。

どうやら対話の意思はないらしい。魔力の高まりを感じる。


『ガアアアアアアアァァァッ!!!』


その雄たけびには魔力が込められていた。同時に、周囲一帯に魔力がばら撒かれている。

威圧にしては大規模だ。この状況で無駄なことはしないだろう。これ自体が攻撃か。

纏う風を強めながら警戒を強める。どれだけ注視しても周囲に異変は感じられない。目で見て分からないなら毒だろう。


熱風を吹き荒らし、周囲の温度を上げ、空気中に漂っているであろう毒を無効化する。

すでに呼吸するだけで肺が焼ける温度に達している。ここまでしないとこの毒は無効化できない。


蛇竜は俺に毒が効かないと見るや、その巨体を振り回し押し潰そうしてきた。

いつの間にかヌメヌメとした体液が体を覆っている。蛇竜の持つ毒は一種類ではないのかもしれない。触れるのも駄目そうだ。


指先で魔力を操って巨体を反らす。単純な物理攻撃は見た通りだから回避しやすい。

一か所に留まっては下手を打つかもしれないから、足元に風を起こして移動。眼下ではズルズルと蛇竜が追いかけてきていた。


蛇は全身が筋肉で出来ている。

蛇竜もその例にもれず、全身を包むしなやかな筋肉が収縮し、一気に解き放たれた。


――――蛇竜が空を駆ける。


思わず、「わお」と驚きの声が漏れる。

空を舞った蛇竜は大口を上げて俺を丸呑みにしようとしていた。この巨体でこの速度は凄いなと感心し、指先で操った魔力で地面に叩き返す。


叩きつけられた蛇竜はもがいていた。大したダメージにはなっていないはずだが……。


見ていると、体の表面を覆っていた液体が周囲の植物に降りかかり、触れた所から溶けている。

ぐるんぐるんとのたうち回り、あちこちに見境なく体液を飛ばし始めた。


風の盾で防ぎ切った俺は頭上を確認し、雲の上に用意した魔力が十分溜まっていることを確認する。

どうやら、蛇竜の武器は多種多様の毒とその巨体らしい。大抵の相手には毒一つで十分なのだろうが、通用しなかったらそこまでだ。巨体にしたってその通り。もう一枚別の手札が欲しいところ。


雲の上の魔力を全て炎に変換する。炎はあまりにエネルギーが膨大なため白く輝いていた。

一撃で体の芯まで炭化させるつもりで用意した過剰な威力。過剰すぎてちょっと時間かかりすぎ。もっと弱くてよかった。


しかし下手に攻撃すれば、傷口から新しい毒を撒き散らすかもしれないし、殺したとしても死体の処理に困ることになっただろう。蛇竜は全身が毒物だ。全て燃やし尽くすのが最適だろう。


炎の指向性を下に向け、蛇竜の頭上に振り下ろす。

蛇竜は災厄のように降りかかって来た炎に向かって吠えていた。魔力をみなぎらせ、やってやるぞと受けて立つ構え。根性あるな。


炎に包まれた蛇竜は、一瞬で蒸発したかと思えば再生した。

蒸発と再生を何度も何度も繰り返し、その魔力が尽きるまで抵抗を続け、結局は炭化した死体が残るぐらいには頑張った。


蛇竜のもう一枚の手札は、どうやらその再生能力だったらしい。毒と再生と巨体の三枚看板か。意外と立派なものだった。

一度でもきちんと攻撃していれば再生能力にも気づけたはず。毒を恐れてカウンターしか入れてなかったから気づかなかった。まあ、結果的にはどうでもよかったけど。


最後に一本取られた気がしてどことなく負けた気がする。

一度溜息を吐いて、事後処理に取り掛かる。


この森を全て焼け野原にするため、魔力を操って火の海を広げていく。

残っていた蛇竜の死体も今度こそ塵一つ残さないように火にくべた。

徐々に形を失っていく蛇竜の最後を見届け、万に一つも復活しないことを確認する。あの再生能力は油断ならない。


一仕事終えた達成感に包まれながら、どことなく拍子抜けしている自分がいた。

長い間、人類を苦しめ続けた竜の最後がこれとは。何とも呆気ない。実は偽物だったりしないかな。あるいは脱皮して逃げたとか。仮に俺の目を誤魔化しても、魔力で気づくからその可能性はないけど。


余韻に浸りながら考える。そしてピンっときた。もしかしたら、その内復活するかもしれない。そう思った。


特大の火球に燃やされて、死体が残るぐらいの再生能力があったのだから、そうなったとしてもおかしくない。

道筋としてはあれだ。どこかに細胞の一片が残っていてそこからだな。あの再生能力なら生き残った細胞に魔力を注げば一気にいける。人間を糧に再生して、蛇竜ならぬ人竜爆誕みたいな感じで。


まあ、もし復活したらその時はまた相手をしてやろう。相手するとか以前に気づくの遅れたら人類滅亡だけど。この世界のどこかに爆弾残ってるかもしれないって想像しただけで怖い。


……妄想はまた今度にして今は後片付けに精を出そうか。変異した人たちを殺さなくちゃ。そっち片づけないと地味に人類滅亡の危機続いてるからな。今日は眠れそうにない。まじしんどいぜ。






で、その後の話。


蛇竜の毒で変異した人たちの処分に一晩かかった。

どうやら、蛇竜は手始めに最も近いところにある国に攻め込んだみたいで、そこで手に入れた兵力を使い人類に総攻撃を仕掛けるつもりだったらしい。

おかげで被害は最初の一国で済んだ。小国だったこともあって人的被害は十万人ほど。世界的にも致命傷は免れたと言うところ。


それにしたって竜一匹にこれかぁ……と肩を落とす。

この世界にはまだまだ竜がたくさんいる。その全てが人類に牙をむくとは思わないが、確認は必要だ。……どうやらやることが決まったな。


やることが決まったところでちょっと急ぐことにした。

ソラの魔力増量カリキュラムは効果なしと結論付ける。どこぞの蛇竜がそうしたように、内側から改造すれば魔力は増えるみたいだが、さすがに血の繋がった弟にそこまでするのは可哀想なので、保険を発動することにした。


実家の地下にこっそりと巨大な魔力結晶を用意した。俺が手に塩をかけて育て上げたそれは、高さと幅が3メートルぐらいの高圧縮魔力結晶。下手に触れたら爆発します。

エネルギー源としてはこれ以上ない代物で、ソラの代わりに防犯網の魔力供給はこれに任せる。


そして使い魔を用意することにした。

それは主にソラのハーレム作成を目的とした使い魔。お目付け役というところ。

あとノエルのことで困ったことがあるかもしれないし、いざと言う時に助言をしてほしい。そのために俺の知識を一部継がせる。

代わりに戦闘力は持たせない。助言役なんだから知識で勝負してほしい。戦闘力まで持たせるのは美学に反する。全部こいつに任せとけばいいじゃんってなったら目も当てられない。頼るのはいいけど依存するのは駄目よダメダメ。


戦闘は出来ないけど防御力は多めにしておこう。と言うことは球体だな。弾丸を反らすための流線的なデザイン。

顔は可愛い系にして。自我を持たせて。裏切りも多少は許容。そっちの方が面白い。イリスの使い魔はほとんど喋らないから、よく喋る方が違いを持たせられてグッド。よく喋るなら生意気な性格で。偉そうで。修羅場を優先させる。女心にも造詣が深くなくちゃね。男心にも精通させとこう。

後は流れで野と成れ山と成れで。行き当たりばったりも大切さ。あんまり計画的だと隙がなくて面白みに欠けるからね。


そうして出来た使い魔はサッカーボールぐらいの大きさになった。

真っ白な外見はふわっとしていて抱き心地は良さそう。

魔力を注ぎ込むと、クリクリッとした目がパチッと開き、キュートな口から紡がれる、尊大で偉そうな言葉。


「お前が吾輩の創造主であるか?」


ふむ。

起動後、きょろきょろと辺りを見回した使い魔は、俺の手の中で身じろぎし、ジトっとした目で不満げに見上げてくる。


「いくら創造主と言えど頭が高くはないか? 吾輩を誰だと思っている」


ほほう?


「首を曲げよ。上に登らせよ。吾輩には高いところが相応しい。早くするのだ愚昧」


なるほど。


使い魔を掌の上で跳ねさせて跳ね具合を確認する。

弾力があってよく跳ねた。立ち上がり、そっとその場に置いて、渾身の力で蹴り上げる。


「素晴らしい出来だ!!」


生意気で憎たらしくて蹴りたくなる! 創造主相手でも媚びるところが微塵もない! こんなの蹴ったところで罪悪感なんか微塵も湧くはずがねえ! これよこれこれ! いい使い魔が出来たぜぇ!!


俺は気絶した使い魔を脇に抱え、急ぎソラの元へと走った。






この日がやって来た。

俺が家から追放される日が。追放とか言葉だけで、実際の所は望んでそうなったのだが、とにかくその日がやってきた。


この日に向けて、俺はすべきことを全て終えた。

ソラに使い魔を用意して。ノエルに再生魔法を覚えさせて。未だにノエルを狙ってしつこかった中央貴族を暗殺して。亡国のお姫様が正式に我が家に居候することになり、どうせだから政治的なあれこれは気にせず義妹にして。イリスにマジックローズの花束を託した。


出来ることは全部やった。

もう思い残すことはない。ソラへの教育は使い魔が引き継ぐだろう。俺はこの家では用済みとなった。


まだ約束の日には日数があるが、やることがないなら早く発った方がいい。

荷物をまとめ、日が昇り切らない薄暗い時間に家を出た。空に浮かび、飛び立つ間際に屋敷を振り返って感傷に浸る。微かな朝日に照らされる実家は、早朝の静けさが意外なほどに似合っている。この光景を見た誰しも、まさかこの地下に核爆弾並みのエネルギーを蓄えている高圧縮魔力結晶が眠っているとは夢にも思うまい。……やべえ、伝えるの忘れてた。両親ぐらいには伝えるつもりだったのに……。どうしよう。さすがにちょっと核爆弾は黙っておけない。でも、今から戻るのは格好が悪い。


……まあ、いいや。使い魔は二匹とも知ってるから、何かあれば伝えるでしょ。逆を言えば、防犯網を始めとしたありとあらゆる仕掛けの心臓部だから、何かない限り伝えることはないだろうけど。


知らない方が良いこともあるよね。

あまり考えないようにして飛び立つ。目指すは海。海竜の棲み処。明確に人と敵対している竜の一つ。


この世界には竜がいる。

空を支配する天竜。海を支配する海竜。一番高い山には祖竜がいて、両極には絶竜がいる。名を呼ぶことすら禁じられた禁竜がいて、人類がその存在を知らない竜までいる。


それらに会いに行こうと思う。

もしかしたら死ぬかもしれないけど、多分大丈夫。

俺だって強いから。人類で一番強いから。この世界で最強を名乗りたいぐらいには思ってるから。


だから会いに行こう。

人類に興味がないならそれでいい。人を憎んでいるならわだかまりを解きたい。友達になれるなら言うことはない。


それは、俺にしか出来ないことだ。だから行く。

帰ってくる頃には弟のハーレムも完成しているだろう。それが楽しみで仕方がない。


――――弟よ、ハーレムを抱け。


最後にそれだけ言い残して、俺は地平線の向こうへと飛び立った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の愉悦を面白く思いながら読めました。 [気になる点] 愉悦の結果、弟君や周囲のその後は続きとしてぜひ読みたいです。
[一言] 主人公が品行方正でないのが微妙に好みじゃないけど、作品全体には雰囲気があって良い。
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