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ゴーレムから送られてきた情報によると、隣領地でトラブルらしきものは起こっていない。

領主殿たちは無事だ。大半の領民も安穏と暮らしている。ゴーレムの目の届くところに異常はなく、防犯網も稼働しており、何一つ問題は確認できない。


試しにゴーレムの一体を領主殿の屋敷に突撃させてみれば、五体満足に何やら大忙しの領主殿がいたので、まだ何も起きていないようだ。


領主殿は各所に指示を出している。漏れ聞こえる内容はまるで戦争の準備をしているようだった。隣国でも攻めて来るのだろうか。

その疑問をノエルにぶつけてみれば、「いいえ」と否定の言葉が返って来た。


「未来を見ました」


折角注いだジュースに手をつけないで、ノエルはその水面を見つめている。

いつもより数段青白い顔は何かを堪えているように見えた。


「何が起こるのか、私にはよく理解できていません。ですが、これから私の領地で大勢が死ぬのは確かです」


「へえ」と適当な相槌を打って母にぶん殴られる。

隣で続きを急かすように父が訊ねた。


「一体何が?」


「……わかりません。人が死ぬとしか。変わり果てて、酷い死に方を――――」


そこで突然言葉が途切れたかと思うと、ノエルが口元を抑えていた。こみ上げた物を必死に耐えている。

慌てて使用人がノエルに寄っていき背中を擦った。これに吐いてくださいと紙袋を手渡している。

ノエルは頭を振って必死に耐えている。吐きたいなら吐いた方が楽だと思うよ?


ノエルが我慢している間、話が中断されたのでちょっと考える。

これから大勢が酷い死に方をするらしいが……それって一体どんな死に方?

と言うか、そんな大虐殺じみたことになってるのに、未来の俺は何をしてるの? 止めれてないじゃん。え、俺ってばひょっとして役立たず?


たかだか予知一つで自分への不信感が湧き出てくる。やっぱり《予知》ってよくない。未来なんて知るもんじゃないよ。何も知らずにのうのうと生きていたいよね。


一周回っていつも通りの結論に落ち着いた所で、ようやく吐き気の治まったノエルが懇願してくる。妹とは違って耐えきったらしい。さすがお姉ちゃん。


「お願いします。助けてください。お父さんとお母さんが死んじゃう。よりによってあんな死に方は……」


「どんな死に方?」


色々言っていたが、何を聞くよりもまずはそれを聞く。聞かないと話が始まらない。

ノエルは思い出すのも嫌そうではあったが、再び顔色を白くしながら話し始める。


「これから数時間後……今日の夜遅く、みんな寝静まった頃に、何かに攻め込まれます。それはとてもたくさんいて、人の様な形をしていて……多分、人です。家中に警報が鳴り響いて、みんなが起き出して……。あなたが作った結界やゴーレムたちが守ってくれますが、多勢に無勢で……。護衛は全滅して、地方の方とも王都とも連絡がつかず、逃げることも出来なくて。結界が張られていた屋敷に籠城することになります。屋敷にいれば安全でしたが、一歩でも外に出れば、途端に死にます。突然苦しんで、口や耳から血が噴き出して、泡が出て、形が変わって、化け物になります。多分、それが攻め込んできたものの正体です」


ノエルは頑張って話してくれた。でもごめん、よくわからない。何それ映画の話?


とにかくこれから攻め込まれるらしい。ノエルの話では敵の姿がよく分からないし、どこが攻めてきているのかも分からない。こんな話では説得力がない。いや、《予知》のスキルは説得力の塊だけど、人っていうのは理屈よりも感情を優先させがちだからね。困ったね。


案の定、両親は懐疑的だ。父なんかは「夢でも見たんじゃないのか」と笑い話にしようとしている。もし俺がノエルの立場なら「真面目に聞いてました?」と言うところ。

ノエルは怖い目つきで父を睨みながら「夢なんかじゃないです。絶対に」と断言した。それで父は笑いを引っ込め、「しかし」と反論しようとしたところで母が足を踏んで黙らせる。そして聞く。


「敵はどこから?」


「……恐らく北からだと」


その方向にはこの国の中心、王都がある。そして人類の生存圏の中央へと向かっていく。

だとするなら、敵は他国の可能性がある。あるいは、人類が内に抱え込む爆弾が爆発した可能性もある。


「その話を信じるなら、王都は壊滅していてもおかしくない」


「……はい」


「領主殿は何と仰いましたか?」


「まずは逃げろと。そして助けを請えと。自分たちはこれから北に向かうと」


領主殿は事態を重く見て行動に移ったらしい。

だから私兵を集めてたのか。向かう先は北。つまり中央で、下手をすれば謀反を疑われるのだが。

大した忠誠心だなと感心する。


母はノエルの言葉にしきりに頷いた後、俺に矛を向けてきた。


「さて馬鹿息子」


「なんだねお母さんや」


「どうするつもり?」


俺は母を横目に見る。

どうするもこうするも。この状況でやることと言ったら一つしかないわけで。

やらなかったら夢見が悪いだろうから、やる以外の選択肢がないわけで。「いやだねえ」と言いながら溜息を吐き、頬杖をつきながら訊ねた。


「ノエル」


「はい」


「その《予知》で俺は何をしていたか分かる?」


「……わかりません。《予知》の中では一度もあなたを見ていません」


「そう」


見捨てたのか。

今、俺が夢見が悪いからと言う理由で助けようとしているのに、その未来では見捨てている。つまり、そうせざるを得ない状況と言う訳か。

もっと優先すべきものがあったのだろう。例えノエルたちを見捨てても救わなければいけないものが。たぶん世界かな。


手遅れになる前に俺が気づけていないなら、設置している索敵網の外で事が起こり、あっという間に膨れ上がったと言うこと。

索敵網は広くない。精々が領地二つだ。その外で何かが起こったとしても俺は気づくことが出来ない。……雰囲気で気づくことはあるかもしれないが。

問題は生存圏の内か外か。原因が人なのか、それ以外なのか。


うーんと考える。

誰かがスキルを使って侵略してきたのか。それとも人類滅亡の危機が襲ったのか。


時間がない。情報が足りない。

今は少しでも情報がほしい。でも頼れるのはノエルの記憶だけ。いちいち質問してたんじゃ時間がかかる。ノエルだって上手く答えられるかは怪しいところ。いつもの理路整然とした感じがないのは混乱しているせいか。そう言えばまだ10歳だったな……。


……仕方ない。こう言うのはあまりやりたくなかったけど、好き嫌いで四の五の言ってる場合じゃないらしい。良識人を気取っていいことないならそりゃ脱ぐよ。


「じゃあ、ちょっと頭を貸して」


「……はい?」


「記憶覗くから」


手を伸ばしながらそんなことを言えば、ノエルが目を見開く。了解を得る前にその頭をがしっと掴んだ。

抵抗なんて七面倒くさいことされる前に、魔力を頭の中に流し込んでいく。脳に魔力を接続して、ノエルは気を失った。


「おいおいおい!?」


力を失ったノエルを見て、父が大声を上げながら立ち上がる。

それを母が無理やり座らせ、大丈夫なのかと尋ねてきたので頷いておく。記憶の再生は寝ている方が都合が良いのだ。後遺症とかそういうものはありゃあせん。


強いて言うなら全部見えちゃうこと。プライバシーもへったくれもないのよね。出来る限り見ないようにはするけどもさ。

日常風景のワンシーンとか、領主殿が俺の悪口言ってる記憶とか、そんなのはいらない。あの爺覚えておけよって思うだけ。


しばらく経って、見たくない物を見て「あー……」とか思いながら記憶を探っていると、ようやく目的の記憶を発見。恐らくイリスを《予知》した時の記憶だろう。


渦中において、ごく少数の領民を屋敷に避難させた領主殿は、外部と一切の交信が取れないことに業を煮やし、周囲の様子を見て来ると結界の外に出た記憶。


結界から出たその瞬間、領主殿は首元を抑えながら苦しみ出し、それを見ていた母親が飛び出して行って、同じように苦しみ出し、体が膨れ上がり皮膚が裂けて、鮮血が飛び散り、粘着質の泡が噴き出して、体の形が変わっていく。


髪が抜け、口が裂け、牙を生やし、指と爪が異様に伸びて、不自然に足が発達する。

あっという間に獣のような姿に変わり果てた二人は、ギョロギョロと目だけで辺りを見渡し、両親の変異を愕然と見ているしかなかった娘二人を捉える。

雄たけびを上げ、体液を撒き散らしながら娘たちに突っ込んで来て、結界に阻まれて塵となって消えた。


そんな死に方。

なるほど、と思う程度には酷い死に方。結界が反応していると言うことは完全に駄目だ。


他の記憶をあさり、領主殿が変貌した姿と攻めてきた一団は似通った姿をしていることも確認した。

ノエルの記憶を見る限り、領民はほとんど殺されるらしい。そして変異する。

と言うか、《予知》で見た敵の数が多すぎる。辺り一面変異体だらけだもん。ほんとに北から来てるみたいだし、これは中央も含めて全部やられてるなあ。


こんな酷い光景を《予知》しといてよく吐き気に耐えられたもんだ。可哀想だから両親が変異する記憶は抜いておこう。トラウマになりかねない。


記憶の洗い出しを終え、ノエルの頭から手を放す。

がくっと崩れ落ちたノエルを使用人が支え、母の指示でベッドに連れていく。


その様子を見ながら考える。奴らが北から来たのは確認できた。しかし、人間が人間に対してこんなことをするだろうか。

攻めるにしたって残酷だ。人間を変異させ、同族を襲わせるなんて。

一体全体なんだってそんなことをさせるのか。攻めた後のことを考えているのだろうか。ただでさえ少ない安全な土地に、凶暴な獣を数十万単位で解き放つようなものだ。頭が悪すぎる。

そもそもどうやればこんなことが出来る。一体どんなスキルを使えばあんな悪夢が起きる?


今の人類にこんなことが出来るとは思えない。北からの侵攻で、人間ではないのなら、可能性は一つだけ。

人類がその生存圏の内側に抱える爆弾。いずれ争うことを宿命づけられていた竜――――蛇竜。


思っていたよりも早く爆弾が爆発した。

この様子では放っておけば人類は滅亡する。


後手に回ったなあと思いながら溜息を吐く。

あと一年待ってほしかったよ。


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