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この先を話すにあたって特に必要と言う訳ではないのだが、すでに何度か言及してるし、ついでだから弟の婚約者についても話しておこう。


弟の婚約者。隣領地の次女。年は俺より二つ下。俺の元婚約者の妹で、弟の婚約者の一人。名前はイリス。

弟は俺より三つ下だから、イリスは弟より一つ年上と言うことになる。


物静かを装った知的で腹黒な姉と違い、イリスは男勝りでガサツ。そして非常に好戦的だった。多分父親似。

あるいは、将来婿に来る予定だった弟に首輪を嵌める目的があって、そういう教育を施したのかもしれない。俺としては生まれ持っての性格だと思う。


どのぐらい好戦的かと言うと、俺を見つけるたびに突撃してくるぐらいには好戦的だった。一切の容赦も遠慮もなく、自分の体すらお構いなく突撃してくるものだから対処に困った。まあ、大体は魔法で吹っ飛ばしてお帰り願ったのだが。


イリスは頭を使うより身体を動かすのが性に合っていたみたいで、勉学なんて七面倒くさいことは放り投げて、剣のお稽古に精を出していたらしい。

家に遊びに来た時、もしくは俺が向こうの家に遊びに行った時には、ほぼ毎回「おい、稽古つけろよ」と絡んできた。その度にボコボコにして泣かせてやった。敗北は良い経験になっただろうと個人的に恩に着せている。


頭よりも身体を動かすのが好きなイリス。その文言だけ見ると頭の方は残念な具合で、性格も姉譲りで難ありだろうと考えてしまいがちだが、なんだかんだ俺との上下関係はきちんと理解していたし、性格に関しては元婚約者よりはましだった。


性格に難ありな姉の話によれば理解すべきことはきちんと理解していたようだから、馬鹿と言うほどでもなかったのだろう。子供と言えば多かれ少なかれ直情的なものだから、理屈よりも感情を優先させがちと言う評価を踏まえれば、控えめに言って脳筋と言うところだろうか。馬鹿と天才は紙一重とも言うけれど。


幼い頃から剣に関しては才能の片鱗を見せていたイリスだったが、どういうわけだか剣の腕に反して身体の方はちっとも成長せず、一つ年下の弟と比べても発育は遅れていた。周りと比べてもどことなくちんまりとしたまま成長期を終えてしまい、本人にとっては不本意な結果を迎えることになる。


ちっとも成長しないイリスに対して、俺は会うたびに「チビだなぁ(笑)」と煽っていたものだが、追放後、再会した時でさえ記憶そのままだったイリスを見て、笑うよりもまず言葉を失った。


不貞腐れた顔で「なんか言えよ」と強請(ゆす)られて、茶化すでもなく心の底から「……変わんねえなあ」と告げてしまったのは人生最大の不覚である。

煽りたかった。煽るべきだった。「おや、イリスの娘かな? 本人はどこ? 大人になって成長したあいつはいずこ?」とか言いたかった。


俺がスキルの代わりに《ノースキル》の勲章を授与(君がいらないって言ったんだよ? by神)し、元婚約者が《予知》のスキルを授けられてから二年遅れ、イリスもまた当然のごとくスキルを授けられた。《瞬間移動》のスキルだった。


一度訪れたことのある場所なら瞬時に移動できるスキルである。魔力の消費が大きくて、一日に何回かしか使えないスキルではあるが、非常に便利なスキルだった。

そのおかげで、移動速度で言えば俺よりイリスの方が速いことになる。手をつなげば何人だって移動できるから、そういう意味でも利便性は高い。

一分野だけとはいえ、己がイリスに劣る事実を突きつけられた俺は敗北感に打ちひしがれた。いつか魔法で《瞬間移動》を再現してあの鼻っ柱を折ってやろうと思ってる。


しかしどれだけ便利なスキルと言えども、使いこなせなければ宝の持ち腐れ。

いつか話した通り、スキルは発動したが最後完全自動化されている。それが今回も仇になった。


イリスがスキルを取得して何日かが過ぎたある日。突然、イリスが行方不明になったと言う一報が入った。

朝、時間になっても起きて来ず、部屋を覗いたらもぬけの殻だったらしい。

当主殿は最悪を想定し他の家族の安全を確認した後、その日の昼前には俺の所に伝言を寄越した。


半日足らずで一報を寄越したのだからかなり急いだと思われるが、その文言には相変わらず礼儀を置き忘れていた。

「娘がどこにいるか探せ」とのこと。相変わらずの無礼さに伝言を持ってきた使用人を追い返したくなったが、本人でもないのに文句を言ったところで始まらないと目を瞑り、俺は重い腰を上げた。


果たしてイリスは無事なのか。スキルを利用した家出の可能性と攫われた可能性。他にも様々な憶測が飛び交い、さしもの俺も最悪を考えて真剣に探し、小一時間で見つけた。


人の心配も何のその。奴は呑気に街中のとある一軒家で飯を食っていた。

一体何をしているのかとご相伴に預かりつつ尋問したところ、イリスは「この人たちに助けられた」と供述する。


どうやら寝ぼけて《瞬間移動》してしまい、寝ぼけ眼で彷徨っていたところを保護されたらしい。

そのまま朝食をご馳走になり、恩返しのため色々話し込んでいたら昼食までご馳走になったとのこと。


そっかぁ、そりゃあしょうがないなあ、とは流石に言えず。

「お前帰る気なかっただろ」と問い詰めれば視線を反らしたので、アイアンクローで白状させる。


「だって! 一人で外に出たことなかったし!」


正直でよろしい。


この世界はスキルの関係で品行方正な人が多い。

神が間違いなく存在していて、常日頃から自分たちを見ているのを知っているから、そういう意識が育つ。貴族は金でスキルを買っているようなものだから、品行方正なのはもっぱら庶民だけだ。


イリスもそれに助けられた。世界の怖さを知らない子供だ。無知って怖い。そうそう外に出るもんじゃないよ。


スキルの練度が未熟な者の中には誤ってスキルを使用してしまう者がいる。中でも、寝ている時に無意識に使用なんて言うのはポピュラーな話だ。


イリスの場合はそれが特に顕著で、多分夢の中でもアグレッシブなんだろうが、寝ている最中に瞬間移動でどっかにぶっ飛ぶと言うのがその後もままあった。


街中にぶっ飛べばまだ運の良い方で、道にぶっ飛べば轢かれるかもしれない。何せ本人寝てるから、乗り物の方に躱してもらうしかない。大抵は轢かれるだろう。


死んでしまったら流石の俺も茶化せないので、見つけたそのままの流れで対応策を練ることになった。

イリスを保護してくれた礼をして帰還する。有り金全部置いて来た。飯代も含めてる。帰った後、当主殿もなんかやったらしいけど、そっちは知らない。


しかし一言に対応策と言っても出来ることは限られている。

根本的な解決策としては魔力を封印しスキルを使えなくするぐらいしかないが、これは臭いものに蓋をする理論でしかない。

これだけ便利なんだから使いこなしたいじゃん? と言われればそうですねと返すしかない。


あとは元婚約者の《予知》で防止するとか。しかしこれも確実ではない。予知はあくまで予知であり未来を確定させる能力ではない。

予知する未来が先になればなるほど分岐は多岐にわたり不確定になる。元婚約者にずっと起きて監視してろとは言えないし、よしんば予知できても一緒にぶっ飛ばされるぐらいしか手がない。


以上から、ほぼ止めるのは不可能と言う結論に至り、ぶっ飛んだ場合の対処に力を入れることにした。

まずは変な場所に瞬間移動した場合の身の安全について。


領主殿は常に誰かを側に置いて対応させるつもりだったらしいが、どう考えても深夜の対応には無理がある。

「側仕えに添い寝でもさせるの?」と冗句を言ったら、じっと俺のことを見つめてきたので背筋が冷えた。こいつ……俺に丸投げするつもりだ……!


寝てる最中にビュンビュンぶっ飛ぶ娘っ子のお世話は、想像するだけで気が滅入りそうだったので、俺の代わりに使い魔に対応させることにした。謹製である。


魔法石とか言うこの世界特有の魔力の結晶をペンダントに加工し、その中に俺が作った使い魔を住まわせる。それで完成。


最初はブレスレットにしようかと思ってたけど、石が大きくて不格好だったから首からかけるペンダントにした。身につけないと意味ないから、何かの拍子に吹っ飛んだり、寝る時に外したりしないか心配だったけど仕方がなかった。


使い魔は呪術における式神をベースに作った。この世界だとゴーレムとか言うやつに近いのかな。あれもスキルの一種を魔法で再現したものらしい。この世界、意外とスキルに全面的に依存している訳ではなく、細々と魔法を発展させて頑張ってる印象だ。逆に言えば与えられる物だけでは足りないと言うこと。たまーに竜と生存競争して負けてるからね。……蛇竜相手に随分死んでしまったな。


使い魔の見た目についてはイリスの要望を最大限取り入れた。女の子って可愛いのが好きだよね。イリスは猫派だったみたいで、そういう見た目にしてくれと言われたからそうした。肩に乗るぐらいの小さいやつ。人懐っこくて可愛いの。

……ガチピンチに陥った時だけに見られる最強モードは俺からのサプライズだ。見ないことを祈ってるよ。


使い魔と魔力でラインを繋げておけば、いざと言う時に居場所を知らせてくれる。

とりあえず俺と元婚約者と当主殿に繋げておいて、ついでに弟にも無断で繋げておいた。使い魔には積極的に弟に頼れと言い含めておく。ピンチに颯爽と現れる男の子は格好いいからね。それが婚約者ならなおさら。……まあ、ガチピンチの時は真っ先に俺に連絡来るんだけどさ。それぐらいの知性はあるから。でも、余裕があるときは弟でお願いね。


……イリスと俺の関係はこれぐらいだろうか。他に目立ったことはなし。

あるとすれば、たまーに外に連れ出したぐらいか。そうしないとあいつまた勝手にビュンビュン飛びそうだったから。

今も大して変わってないのはどうかと思うけど。

まあ、またいつか夜空の散歩に連れて行ってやろうと思ってるよ。


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