1
この世界には、スキルと言われるものがある。
一定の年齢に達した人間が、神と呼ばれる何某かから受け取る贈り物のことだ。
贈り物は決まってスキル。どんなスキルかは人それぞれで。単純な筋力の強化から始まり、心が読めるとか、記憶力が上がるとか、瞬間移動が出来るとか。
とにかく人によって千差万別で、スキルの強弱も人それぞれ。
この世界では余すことなく全ての人間が、10歳になったその日に神から強制的に授けられる摩訶不思議。寝て覚めたらいつの間にか手にしているらしいので、サンタさんのプレゼントと並ぶ嬉しさ。
この世界の普遍の常識として太古の昔から存在し、誰も不思議に思わないぐらい慣れ親しまれたスキル。
一説には、あまりに過酷なこの世界において、人間が貧弱すぎるから、それを憐れんだ神様のご慈悲とかなんとか。
だから、この世界でスキルを持たない人間と言うのはいない。歴史上にも存在しない。
いるとしたら役に立たないスキルをギフられたスキル弱者ぐらいで、その人たちも肩身の狭い思いをしながら普通に生きている。
そんな感じで、贈られること自体は確定的回避不可能ご愁傷さまなのだが、貰える年齢に関してはちょっとだけ融通が利いて、多額の寄付とか毎日の祈りとかで早く貰えることがある。
基準は勤勉で敬虔であること。あと金。
だから金持ちの家は神殿に多額の寄付をし、役人は汚職や不正を出来る限り控えて、庶民は休みの日に欠かさずお祈りに出かける。そして7歳ぐらいでギフってもらう。
何事にも練度と言うものがあり、それはスキルであっても変わらないため、小さい頃の3年と言うのは馬鹿にできない差が生まれる。
やはり世の中金。金があれば全てが解決する。
神様の癖に実に不公平な話だが、努力には報いようと言うご意思かもしれない。少なくとも「死ねやカス金の亡者おら」とか言っても普通にスキルはくれるようだから寛大ではあるのだろう。死ねカスおら。
一般論として、神様が公平気取りながら実際は不公平なのは大変結構なことである。あまり期待してない。試しに世界平等を願ったら、なぜか平等に災害を降りかけるぐらいのズレっぷりは持ち合わせているだろう。
いつの世も、いつの時代も、神と言うのはよく分からない存在である。だからこそ神なのかもしれない。盲目的に信仰するのではなく、お天道様を見ながら一発殴りてえぐらい思っとくのが丁度いい。
なにせ世界と言うのは理不尽で暴力的で不平等だ。前世も、今世も、それは変わらない。
――――7歳の誕生日。俺は教会にいた。
両親と弟が長椅子に座っている。
窓の代わりに光を取り入れているステンドグラスには神と思しき姿がいくつも描かれていた。
誰も神の姿は見たことがない。だからそれは全て想像上のものだ。人は想像で神を描き、石に刻み、本に記した。
それがどのような姿であっても、神はそれを許した。寛大な神だった。試しにステンドグラスに中指を立ててみたが罰は当たらなかった。斯様に神は寛大だったが、牧師は寛大ではなかった。説教云々の前にまず殴られた。殴られてから説かれた。その眼前に中指を立ててみたらやはり殴られた。人とは実に暴力的である。
礼拝が始まる。祭壇の前で決められた文言を説く牧師。
俺はその目前で膝をつき両手を握り合わせて目を瞑る。
俺の勤勉さや努力を説く牧師の言葉を聞き、脳裏に思い浮かぶ光景。
毎年のように両親が送った多額の寄付金。暇があれば必ず祈りに来た両親。隙あらばサボった俺。一体何度襟首掴まれ連れて来られただろう。
俺は我儘で、拘束されるのを嫌い、強制されるのを拒み、自由を尊んだ。祈れと言われれば中指を突き立て、跪けと言われれば逆立ちした。
思い返すに、我ながらいいのかこれでと思う。ちょっとやりすぎた。俺は神とか信じてないから。一神教とか胡散臭いから。一番好きな神は八百万だから。
そんな言い訳が胸中を占める。もしこれで良かったなら、きっと神は金の亡者だ。銭さえ貰えば何でもいいのだ。銭を数えて下卑て笑うのだ。三途の川も金次第と言うから、神の世界にも金はあるのだろう。あっちでもこっちの通貨が使えるんですね。通貨発行権は国にあるけど、それは大丈夫なの? 王権神授だから別にいいのか。
そんなことを考えている内に儀式も終わろうとしている。
ギフられる気配はない。噂によれば神様が話しかけて来るらしい。「よく頑張りましたね」とか「勤勉で何よりです」とか。本当かよと疑っている。
一向に声は聞こえてこない。真面目じゃなかったからやっぱり駄目かなと欠伸をこらえたその瞬間、全身に電撃を浴びたような衝撃が走る。
うっかり欠伸をこらえ損ねた。涙目で周囲を見回してみてもおかしなところはない。
けれども体中の魔力がピリピリしてる。俺の意に反して、ハリネズミのようにビンビンだった。まだチンコは勃たないくせに魔力はビンビンだった。
魔力が何かを察知している。こんなことは初めてだ。張り巡らせた探知魔法には何も反応はないと言うのに。
一体どこだと魔力をうねらす。
違和感の元を辿り、巧妙に隠されていた空間の裂け目に魔力を送ってラインを作る。
頭の中に声が聞こえて来る。中性的で、男とも女とも、若者とも老人ともつかない不思議な声だった。
《え……お前、これ……え?》
声は困惑していた。意外と感情豊かだった。思い返すに神らしくないが、でもきっとこれが神なのだろう。神は人間っぽいと相場が決まっている。
俺は突然聞こえて来た声に困惑した。なんだこいつはと。不審者が俺の儀式を見てる。変態だ。その時はそういう認識だった。
《……君、スキルいる……?》
突然の質問に一拍考える。
「……いや、いらないかな……」
無意識に、俺はそう答えていた。
父は勤勉だった。努力家で毎日汗水たらして働いていた。
父は《観察眼》のスキルを持っていて人を見る目があり、農家の次男坊から地方領主になった典型的な玉の輿だった。
母は田舎貴族の一人娘で、ろくな男がいないと嘆いた末に父を見出し、紆余曲折の末婿に向かえ、内政に関しては一手に担う女傑であった。
婿養子で家に来た父は母に頭が上がらず、カカア天下で全ての主導権は母が握っていた。
子は二人。長男は俺で三つ下に次男がいる。家族計画のたまものらしい。あと一人末に妹が欲しかったと母は言っていた。養子でも貰えばと言ってみたら、検討すると言っていた。
地方領主とは言え貴族の末席だから妾の一人二人いてもおかしくないが、父は母に気遣って愛人は一人も作らなかった。「一人を愛するのが丁度いいのさ」と父は嘯き、母は白い目で父を見ていた。きな臭い匂いを感じる。俺の愉悦センサーは修羅場を検知した。あの目は過去に何かあったに違いない。
両親は子の教育に熱心だった。
貴族の権力と金を惜しみなく使い、俺たちに家庭教師を雇い、必要な知識を過不足なく与えた。
期待には答えたくないが、もらえるものは全部もらっておきたかった俺は、与えられたものをベースにあれやこれやと試していたら、いつの間にか麒麟児と呼ばれていた。
剣を握らせれば同世代に勝るものなく、魔法を扱えばよくわからない魔法を操る。
天才だと持て囃され、様々な人間が寄って来た。もしやすでにスキルを持っているのではと勘繰られたこともある。
残念なことにそれ全て前世の功なので、わっしょいわっしょいと担ごうとする周囲から逃げ回る日々だった。
そんな俺と比べられる弟がかわいそうで、俺は弟に構いまくった。目を輝かせて寄って来る弟に魔法を教え、剣を教え、愉悦を説いた。良いか弟よ。修羅場と言うのは甘美なものよ。面白くて仕方がない。しかし巻き込まれてはならない。線引きが重要だ。そんなことを説いた。
この世界では妾も愛人も許容されるから、その内弟にハーレムを作らせるつもりだった。修羅場を見たかった。複数の女が一人の男を巡って争う血みどろの争いを、女に対する幻想が砕けた時の弟の顔を。特等席で見たかった。
そんなドリームを夢見て日々を過ごし、気づけば10歳の誕生日を迎えた。
皆が期待し、そして祈っていた。その日の朝、俺はいつも通りに起き、そして欠伸をした。ぐっと背伸びをし、身体の調子を確認する。何も変わらず健康そのもの。身体の調子はいつも通り良かった。
部屋を出て、皆が集まる広間に行く。そこには全員そろっていた。
最近7歳の誕生日を迎え、無事にギフった弟と祈るように目を閉じていた母、目の下に隈を作った父。
壁際に控える使用人たちに一瞥し、大事な報告をする。
「ギフられなかったわ」
そんなわけで、追放です。