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2-1 夏休みのバイト

 1学期の期末試験も無事終わり、来週から夏休みだ。

 俺たちファン研の部員5名は、部室にて夏休みの計画を検討中である。


「先立つものが無いから、まずはバイトを探さないとな」

 俺がそう言うと、京子が「山か海の方の住み込みでできるバイトとか良いんだけどなぁ」とつぶやいた。

「なるほど、全員で行けたら合宿みたいな感じになってええなぁ」

 隆二の意見もあって、計画は盛り上がっていく。


 そこでヒッキーがハイと手を上げて、付箋ふせんの貼られたバイト情報誌をテーブルに広げた。

「そう思って、いくつかピックアップしておいたでヤンス」

「おー手際がいいね。ってか、そんな都合の良いバイトってあるんだ? この情報誌の名前は『ハローワーク』? 公共の情報誌?」

「いいえ、美術部のカミヤ部長にお借りしたバイト情報誌『ハードワーク』です。他の情報誌より給料が高い事で有名らしいでヤンス」


「ほほう、あのカミヤ部長のね。嫌な予感はするが……、まあ一応見てみよう」

 俺がそう言うと、ヒッキーが嬉々として説明を始めた。

「まずは海のバイトでヤンス。ちょっと期間は1か月と長いけど、豪華漁船でクルージングのバイトでヤンス。一回港を出ると期間が終わるまで戻れないのが気になるところでヤンスが」

「いやいや、なんかもうおかしなところが色々あったけど。豪華と言いながら漁船? そもそもバイトなのにクルージングって……。そのクルージングで何をするの?」

「え〜と、ただマグロを釣るだけの簡単な仕事ですって書いてあるでヤンス」

「ヒッキー、それはマグロ漁船って言って、たくさん借金がある人が無理やり乗せられるって噂の奴よ。やめときな」

 すかさず京子がヒッキーをさとし、皆んなで頷いておく。


「じゃあ、次は山のバイトでヤンス。日本アルプスの絶景を眺めながら、ダムを作る仕事でヤンス。野生の動物とも触れ合えるってとこがポイントでヤンス」

「いやいや野生の動物って、多分イノシシとかクマだぜ」

「ヒッキー、それもさっきと同じよ。やめときな」


「そうすると、次が最後でヤンス。少し遠い県の山のふもとにあるコンビニなんでヤンスが、近くにキャンプ場があるとかで夏の2週間だけ住み込みのバイトを募集してるでヤンス」

「それ良いじゃん。コレコレ、こういうのを探してたのよ」

「人数も5人やし、ちょうどええやん」

「しかし連絡先が白虎寺とか書いてあるけど、コンビニだよなぁ」

 一抹の不安はあるが、俺たちはそのバイトに行くことにした。


………


 夏休みに突入し、今日はくだんのバイト先へ行くために、皆んなで駅に集合した。

 ところが、結局電車に乗れずにトボトボと裏山の公園へ向かっている。


「いやぁ、まさか電車に乗れないほど混んでるとは思わなかった」

「他人事みたいに言ってるけど、セイヤが事前に指定席のキップを買ってなかったのが原因だからね。何が旅は異世界で慣れてるから任せとけよ」

「いやいや、俺は貧乏な高校生なんだから、全員分のキップを買うなんて無理だからね。事前に電車でのルートを調べといただけでも十分じゃないか。そもそも自由席で立っていくのがイヤだと言ったのは、キョウコだからな」

 俺と京子の言い合いに、隆二がまあまあと仲裁に入る。

「まあまあ、もうええやないか。別に移動手段が無い訳じゃないから」


 そもそも勇者の力を使えば高速で移動できる俺たちに電車など不要なんだが、それだとヒッキーを一人置いていく事になる。

 それじゃあかわいそうだと全員で電車に乗るはずだったが、それに代わる方法が隆二にはあるらしい。


「ところでリュウジの持ってる道具は、本当に空を飛べるんだろうな?」

「ああ、それは大丈夫や。魔王城の忘年会の景品で当たった道具やから、間違いは無いはずやで。ただ人目につくから、人気ひとけのない場所で乗らなあかんけど」


 そうして俺たちは、学校の裏山のいつもの公園に到着し、誰もいない場所を探した。

「ほな、この辺りでええか。それじゃあ空間収納魔法を展開するから、その辺どいててや」

 隆二に言われて、四畳半くらいのスペースを空けると、そこに魔法陣が浮かび上がり、そして真っ黒い絨毯じゅうたんと言うには貧相なゴザのような物体が現れた。


「見ての通り『空飛ぶ絨毯』や」

「ちょっと待てー! どう見てもヤバそうな気配がプンプンするし、色も真っ黒で……、何だ? 何かの毛を編み込んでいるのか?」

「ほう、よう分かったな。鬼の髪の毛を編み込んである。この空飛ぶ絨毯がどれだけすごいのか説明させてくれ」

 隆二がそう言って、聞きたくもない説明を始めた。


「異世界の魔族と人族との戦いで、人族が僧侶五百人を集めて五百羅漢ごひゃくらかんだーとか言うて攻めてきたんや。僧侶言うても、身体強化したムキムキマッチョで、傷ついても自分で回復するし強かった。そこで魔族も鬼族を五百体集めて、こっちは五百怒鬼ごひゃくどきや〜言うて対抗したんやな」

「ほう、五百怒鬼って聞いたことも無いが……で、どっちが勝ったんだ?」

「結局引分け。合計千人でどつきあいしてるうちに、他の戦場で魔族が人族を圧倒して終わったんや。それで、その年の忘年会で五百怒鬼の毛を集めて絨毯にした景品がこれや」

「む〜、すごいのかすごく無いのかよく分からん。むしろ呪いの絨毯と言われた方がしっくりくるが」


「ま、物はためしや、皆んな乗ってくれ」

 俺たちは隆二に勧められ、恐る恐る真っ黒い絨毯に腰を下ろした。

「それじゃあ行くで! さあ空を飛べ!」

 隆二がそう言って絨毯をポンポンと叩くと絨毯から魔力が溢れ出てきた。


『……ドッキ《怒鬼》、ドッキ《怒鬼》……』

「うわぁ! 絨毯が何か言い出した!」

五百怒鬼ごひゃくどきの魔力を込めたせいか、この絨毯は五百体の鬼の人格を持っていて、こうやってしゃべるんよ。あまり気にせんといて」


『ドッキ、ドッキ……空を飛ぶ……飛ぼう……えっ、飛べるの?』

「こらあ、弱気になるな! お前らなら飛べる。さあ飛べ!」

 この時点で全員の視線が怪しいものを見る目になっている。

『ドッキ、ドッキ……飛べる……飛ぼう……たぶん飛べるかも』


 すると俺たちを乗せた呪いの絨毯がフワリと浮き上がって、スルスルと空高く舞い上がっていく。

「空を飛ぶのは嬉しいでヤンスが、恐怖心が半端ないでヤンスー!」

「ヒッキー大丈夫よ。絨毯の真ん中にいれば、私たちが落ちないように周りを固めとくから」

 勇者である俺たちは、こんな高さは何も問題ないが、一般人のヒッキーは怖かろう。京子がヒッキーの背中をさすってなだめている。


「ようし、バイト先のコンビニに向けて出発やー! ちょっと遠いけど頼むで」

『ドッキ、ドッキ……任せろ……遠いの?……無理かも』

 呪いの絨毯が、やや高度を下げる。

「弱気になるなー! 出来るできる、お前らは五百怒鬼やないか。出来るはずや」

 呪いの絨毯がまた高度を上げた。


 俺は呪いの絨毯と隆二のやり取りを見てて、肝心な事を聞いてない事に気付いた。

「あのさ、これ魔王城の忘年会の景品って言ってたけど、何等の景品だったの?」

「……あ、あ〜。それ聞く?」

「うん、すごく気になる」

「……ブービー賞やったかな」

「はぁ〜、やっぱりか。どうりで怪しい道具だと思った」

「あ、怪しいって何やねん」

「ブービー賞ってのは、ビリのひとつ前の賞だろ? だいたい参加賞よりは良いけど、もらっても使いようがない景品って相場は決まってるんだよ」

「いやいや、五百怒鬼やで、込められとる魔力が半端ないんやで。五百怒鬼、その力を見せつけてやれ!」


『ドッキ、ドッキ……ワシらの力を見せてやるぞ……まだ遠いの?……もう疲れてきたぁ』

「こらあ、やる気出せ!」


 そこで京子が右手を獣人の手にして「飛ばないなら引き裂くから」とすごんだ。

『ドキドキドキドキ、飛ぶぞー! 軽いもんです! 姉さん、任してくだせぇ』

 いっきに飛ぶスピードが上がった。

「……ま、まあ、やる気が出て良かった」


 呪いの絨毯の使い方が分かったところで、空の旅は順調に進んでいく。

「ところでヒッキーは、ずいぶん大荷物ね」

「このリュックには、着替え以外にも、山でバーベキューとか出来るかなと思って、道具を詰め込んできたでヤンス。飴とかチョコもあるので、皆さんどうぞ。トランプもあるでヤンスが、ここじゃ無理ですよね」


「さすがにここでトランプは無理かな。あっ! あそこ。トレーラーが横転して人が下敷きに。リュウジ、二人で助けに行こう。皆んなは先に行ってて」

 俺はトレーラーの交通事故を発見して隆二と救助に向かう事にした。


………ヒッキー視点へ………


 聖也くんと隆二くんが空飛ぶ絨毯から飛び降りて、事故現場に向かって行く。地上まで百メートルはあると思うけど、勇者だから大丈夫なのだろう。

 すると今度は京子さんが、線路の方を指差した。

「あそこ! 貨物列車が脱線して人が下敷きになってる。早く助けに行かないと……でもどうしよう?」

 敏夫くんが頷くものの、人が多くて一人では全員を救助するのは難しそう。

 京子さんは、敏夫くんと私の顔を見て、私をどうするか悩んでいるようだ。


「あ、あの、私なら大丈夫でヤンス。お二人で救助に向かってください」

「そう、ヒッキー、たぶんセイヤ達が早く戻ってくると思うから、それまでの辛抱だからね」

 京子さんはそう言うと、敏夫くんと一緒に救助に向かって行った。

 本当に皆んな勇者なんだなぁと感心してしまう。


『ドッキ、ドッキ……』


 さっきは自分で大丈夫だと言ったが、よく考えると、空の上をこの怪しげな絨毯に一人乗って飛んでるのは、かなり危険なのではと思い始めてきた。

「何かドキドキしてきた。だ、大丈夫よね……」

『ドッキ、ドッキ……任してくれ! ……大船に乗ったつもりで……大船? ドロ船じゃね?』

 空飛ぶ絨毯の高度が下がる


「お、大船の方でヤンス、皆さんはすごいでヤンス」

『ドッキ、ドッキ……ドロ船はカチカチ山の話だ……確か燃えちゃうやつ……もう燃えるの決定じゃね?』

 ますます空飛ぶ絨毯の高度が下がる。

「こらあー! 悪い方へ話を誘導してるやつ、黙れー!」


………聖也目線へ………


 ようやく人命救助して、隆二と一緒に呪いの絨毯へ向かう。

「ようやく追いついたな……、ん? リュウジ、絨毯から煙が出てね?」

「ええ? あ、ホンマや! 俺の空飛ぶ絨毯から煙が出てるやん」

 何があったか分からないが、空飛ぶ絨毯からわずかに煙が出ており、ヒッキーが松明たいまつみたいなのを持って仁王立ちしているようだ。俺たちはあわてて飛んで行った。


『ドキドキドキドキ……もう止めろー! ……悪かったっス……もうやめて下さい』

「こんな役立たずの絨毯なんか、燃やしてやるでヤンス〜!」

 俺たちがあわてて駆けつけると、ヒッキーがキャンプでよく使うチャッカマンを振り回して狂乱していた。チャッカマンは出力最大で、バーナーのように炎が出ている。


「ヒッキー止めろ。も、燃えるから……チャッカマンを止めろー!」

 俺と隆二が二人がかりでヒッキーを止めて、事なきを得た。


………


「そうか〜。そりゃ災難だったな。いやぁ、すまなかった」

「えっぐ……いえ……私も興奮して……えっぐ……すみませんでした」

「ほらほらヒッキー、もう泣かないの」

 京子がヒッキーの背中をさすってなだめている。

「でもヒッキーはすごいよ。あの五百怒鬼の魔力が込められた絨毯に謝らせてたんだから。だからね、自信持ちな」

 京子の慰めにヒッキーはウンウンと頷いていた。


 しかし、ヒッキーもちゃんと怒るんだなと皆んなで見直した。

 だって、相手は五百羅漢と対等に渡り合える五百怒鬼だぜ。

 まあ、その毛だけど。


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