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1-7 お弁当争奪戦

「弁当を忘れたー!」

 俺が三時間目の休み時間に、突然立ち上がってそう叫ぶと、周りからはクスクスという笑い声だけで、誰も憐んでくれる奴はいなかった。

 隣の席の京子からはジト目で「取りに帰ってくれば〜?」と冷静なツッコミが入る。

 確かに俺の勇者の力を使えば、この休み時間中に家に帰ってくる事くらい簡単ではある。しかし、俺の母ちゃんはかなりドライな性格なので、果たして……。


「京子の指摘ももっともなので、一応家に帰って見てくる。オーバードライブ!」

 オーバードライブの魔法は瞬間的に加速して、常人には見えないスピードで走ったりする事ができる。

 俺は急いで家に、文字通り飛んで帰ると、俺の弁当箱はキレイに洗われて水切りカゴの中に伏せられていた。


「やはり遅かったか……」

 俺の弁当は母ちゃんの朝メシになったようだ。こうなっては、いくら母ちゃんに文句を言っても「忘れていったあんたが悪い」と反撃されてグヌヌと歯ぎしりするだけだ。

 俺はふたたびオーバードライブの魔法で学校に飛んで帰ると「ダメだった」と一言呟いて机に突っ伏した。


「なんや、弁当無かったんか?」

 隆二から確認の声がかかり、俺は机に突っ伏したまま器用に頷いた。

 京子からは「しょうがない、あたしらの弁当を少し分けてやるよ」との優しい声が。

 俺はがばりと起き上がり「おお〜、持つべきは友達だなぁ」と言いながら、隆二と敏夫に目を向ける。二人ともしぶしぶ頷いたことから、これでお昼の心配は無くなったわけだ。シシシシシ……。


………


 キーンコーンカーンコーン

 昼休みのチャイムが鳴ると、俺はイソイソと机を並べて、皆からの施しを受けるべく待機する。

 するとそこへ、ヒッキーがやってきた。

 ヒッキーは、昨日の事があったからか、今日は無事に登校してきたようだ。


「あ、あの………。き、昨日は、家まで来てくれて、あ、ありがとう………。わ、私も一緒にお弁当食べていいかな………」

「ヒッキー! あったりまえじゃん。ほら、ここにイス持ってきて座んな」

 さっそく京子が隣に座るよう勧めている。俺たちは、良かったなという眼差しでヒッキーを眺めていた。


「あ、ありがとう………」

 しかし、どうもそのたどたどしい話し方が気になる。

「ヒッキー、もうあたし達友達じゃん。そんなオドオドして話さなくて良いんよ。普通に話しなよ」

 京子も俺と同じことに気付いていたようだ。


「そ、それじゃあ………、これからは遠慮なく話していくでやんす。ヨロシクでやんす」

「「「「やんす!?」」」」

「あたしは、人とで話すのが苦手で、自分を別な人格に置き換えて話すと上手く話せるでやんす。それが変だと言われるでやんすが、許してほしいでやんす」


「………お、おう! やんす、ね。それで上手くいくなら良いんじゃないか? なあ?」

 俺が皆を見回すと、皆んなうんうんと頷いている。


「ハァー、良かったでやんす。そうだ、鈴木くんは、お弁当忘れたとか。あたしのお弁当も分けるでやんす」

 ヒッキーはそう言うと、やや大きめの弁当のフタをガバリと開けた。弁当の中は、緑色のゴブリンの顔のキャラ弁のようだ。しかも、けっこうリアルでギョッとする。


「ママが、うちで雇っているコックさんに頼んで、あたしの好きなキャラ弁を作ってもらったでやんす。あたしのオススメは、目玉の辺りで、なかなか美味しいと思うでやんす」

 ヒッキーはそう言うと、俺の机に弁当のふたを置いて、そこにゴブリンの目玉の辺りを箸で取り分けてドサリと置いた。ゴブリンの目玉がギョロリと俺をにらんでいる。

「目玉の周りは煮凝にこごりをゼラチン状に固めたもので、黒目のとこは有名な佃煮屋の佃煮を使ってるでやんす」

 ヒッキーは、さあ食べて感想を言えと言わんばかりに、こちらを凝視してくるし、隆二達は半笑いでこちらを憐れむような目で見てくる。


 俺は京子から予備のスプーンを借りると、おそるおそるゴブリンの目玉を口に入れた。数多くのゴブリンを討伐した勇者が、ゴブリンの目玉を食うことになるとは………、っん!?

 京子から「それで、ゴブリンの目玉は美味しいの?」というツッコミが入る。

「悔しいが、う、美味い。」

 俺が正直に答えると、京子はシシシと笑って喜んでいた。


 すると京子は「じゃあ、あたしは卵焼きをあげようかな」と言って、俺の弁当のフタに卵焼きを一つ置く。

 しかし何ですな、他所の家の卵焼きと言うのは、そこの家の味が出ますなぁ。卵焼きを口に入れた俺が素直に「甘い! 何で卵焼きが甘いんだよ」ともらすと、京子は「もう食うな」と横を向いた。


 俺は口が滑ったことを後悔しつつも、敏夫に救いを求める目を向けると、敏夫は弁当のフタを俺に向けて恐る恐る開けた。

 弁当の中身は全面茶色の麺がうねっていて……、焼きそばでした。焼きそばは嫌いじゃないよ、むしろ好きって言うか、でも冷めた焼きそばだけを弁当にするのはどうかと思う。

 そういう俺の目線に気付いたのか、敏夫が恐る恐る弁当を引っ込めようとするので、俺はあわてて「食べる食べるよ。俺焼きそば大好きだから」と言って、焼きそばを少しいただいた。

 予想通り、冷えてゴワゴワに固まった焼きそばは、少し残念な味がした。


 そして最後に隆二に目を向けると、隆二は弁当のフタを開けて、俺の目の前に押し出した。

 そこは白飯以外に何も無い真っ白な弁当だった。せめて梅干しがあれば日の丸弁当と言えたのだが、むしろ弁当を忘れた俺より隆二の方が憐れに見えてきた。

「いや、これは……、さすがに、遠慮しときます」

 俺はそう言うと、隆二の弁当をそっと押し返した。


 隆二は「あっそう。今日は俺の好きなカレーだったんだよな」と言い、白飯をスプーンでほじくり返すと、中からカレーのルウがトロリとあふれ出した。

 カレーのルウが弁当からあふれ出ないように、ルウの上に白飯が被せてあったのだった。


「か、カレーだったの? じゃあいる。リュウジ様ひと口下さい」

「セイヤがいらないって言ったんだから、もうダメ〜〜」

「いやいや、てっきり白飯だけかと思ったからじゃん。せめてひと口」

 しかし隆二は俺の言葉を無視して、弁当のカレーを食べ続ける。


 結局、みんなからもらった弁当のおかずは、ゴブリンの目玉に、やたら甘い卵焼きに、冷えた焼きそばをひと口か。いやいや、ぜんぜん足りませんけど。健全な高校生がこんなんで足りるはずがない。

「仕方ない。売店行ってくる」

 俺はそう言って学校の売店にダッシュした。昼休みが始まってかなり経っていて、出遅れた感がすごくするが、ドーナツ一個でも残っていればもうけものだ。


………


 生徒もまばらになった売店には、何とカレーパンが一個、奇跡的に残っていた。

 やれやれと売店のおばちゃんに「このカレーパンをください」と言いながら手を伸ばすと、横から割り込んできた手が同時にカレーパンをつかむ。


「おい、落ちこぼれ。このカレーパンは俺のだ。その手を離せ」

 隣のクラスの鬼塚だった。なぜかコイツとは何かと縁がある。

「聞こえねえのか? こ、れ、は、俺のカレーパンだ!」

 鬼塚は少し背伸びして上から凄んでくるが、勇者だった俺からすれば、まったく怖くない。

「悪いけど、カレーを食いっぱぐれた俺は、ここでこのカレーパンを譲る気は、一ミリたりともない!」

 俺も鬼塚を下からにらみ上げる。

 売店のおばちゃんは「ケンカはやめなよ」と言いながらオロオロしている。おばちゃん、男は戦わなきゃいけない時があるんだよ。たとえ楽勝だとしてもね。


「お前ら何してる!」

 そこに、やたら野太い声が響き渡った。体育教師の大河原だ。イヤな奴に見つかった。

「先生! いいとこに来た。この子らがケンカしてるんだよ、何とかしておくれよ」

 おばちゃんの一言で、俺たちはケンカしてる事になってしまった。俺なら、周りに気づかれずに上手いことできたのに。

 俺たちの「ちげぇーよ」、「ケンカしてませんよ」の言い訳もむなしく、体育館横の体育教師の部屋に連行される事となった。


 この体育教師の部屋は、職員室とは別に当てがわれた三名の体育教師だけの部屋で、ここに連れ込まれて無事に出てきた生徒はいないと言われている。そりゃあ、普通の生徒が筋肉隆々の陸上自衛隊と見紛うような体育教師三名に囲まれて説教されたら、たいがい大人しくなるでしょうよ。

 明らかに、生活指導の教師の部屋より、効果的だと思う。


「それで、ケンカの原因は何なんだ?」

 俺たちはイスに座ってふんぞりかえる大河原の前に立たされて、言い訳をはじめる。

「今日、弁当を忘れたので、売店にパンを買いに来たら最後のカレーパンを見つけたんです。そこで手を伸ばしたらオニズカ君と取り合いになって……」

「かぁ〜、昼メシの取り合いか? そんなんでケンカするなんてお前ら小せえなぁ」

 大河原はあきれた顔で俺たちを見比べる。

「しょうがない。ここは先生が助け舟を出してやろう」

 大河原は、自分の机の引き出しからカップ麺を二つ取り出すと、カレーパンの横に置いた。

「お前たちには、これから一つの勝負をしてもらいます。勝てばカレーパンとカップ麺だ。負けてもカップ麺は食べられる。どうだ?」

 ドヤ顔の大河原に俺が「勝負って?」と聴くと、よくぞ聴いてくれたとばかりに大河原が話しだす。

「そこのカゴに入っているバスケットボールの早磨き競争だ。たくさん磨いた方が勝者と言う事で……」

「チッ、しょうもねえ。そんなんやらねえぜ。カップ麺だけもらって行くわ」

 鬼塚はそう言うとカップ麺に手を伸ばす。


「逃げるのか?」

 大河原がボソッとつぶやく。

 鬼塚は、ああん? という顔で大河原をにらんでいる。

「じゃあ、このケンカは鈴木の勝ちって事でいいんだな? 俺はそれでもかまわんが?」

 先生、人のあおり方がうますぎる。まるで異世界の冒険者ギルドのギルド長みたいな百戦錬磨の貫禄だぜ。

 鬼塚よ、こんなあおりに乗せられんなよ。


「はぁ〜? 俺がいつこんな落ちこぼれに負けたって?」

 ……しっかり乗せられとる。

「そこまで言うならやってやるよ!」


 そういう訳で、俺と鬼塚のバスケットボール早磨き勝負が行われる事となった。

 しかしながら、負けるつもりはこれっぽっちもないが。異世界転移した頃の俺は、駆け出し兵士の皮の鎧を毎日磨かされた経験から、皮を磨くのは玄人くろうとである。素人の鬼塚にバスケットボールとはいえ、皮磨きで負ける要素は全くない。

 とはいえ、全部磨いてしまっては、単なる骨折り損であり、半分は鬼塚に磨かせて苦労させてやりたい。そう、この勝負ギリギリ一個の差で勝たなくてはならないのだ。


「それじゃあハジメ!」

 大河原の合図でバスケットボール磨きの勝負が始まった。鬼塚は、フウフウ言いながらボールにワックスを塗り磨いていく。俺は鬼塚の進み具合を確認しながら、鬼塚から少し遅れながら磨いていく。

「おおう、オニズカの方が一歩リードだな。スズキもガンバレ」

 大河原がいい感じにあおってくれる。いいよいいよ、鬼塚もっと磨け。

 そして9個あったボールをそれぞれ4個ずつ磨き、残りボール一個となったところで俺がペースを上げて、先に磨き上げた。

 鬼塚はフウフウ言いながらボールを抱えて倒れている。


 俺は「じゃあ、この勝負は俺の勝ちって事でカレーパンいただき」と言うと、カレーパンとカップ麺に手を伸ばす。

「いやぁ、いい勝負だった。その頑張りをたたえて、ほらオニズカにはオニギリ付けてやるよ」

 大河原は机の引き出しからコンビニのオニギリを取り出すと、カップ麺の横に並べた。


 結局、俺も鬼塚も大河原の手の上で踊らされただけだったか。

 この世界の教師も、なかなか侮れないようだ。

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