1ー6 クラスメイトを元気に
俺たち四人組は、日本ではなかなか見られない大きな鉄製の門扉の前に並んで、その門を見上げていた。表札には『日岐』とある。
「なぁ、ここでいいんだよな?」
「日本にも貴族っているのね」
「……」
「そんな訳あるかい。た、単なるお金持ちいう奴だろうが」
俺の問いかけに、それぞれの見たままの感想が返ってくる。敏夫は無言であるが。
さて、俺たちがこんなとこに来ている理由は、先日の中間テストとまったく無関係では無い。俺たちのテストの結果は無惨なものだった、が担任の山井先生がかなりサービスしてくれたのだった。しかし山井先生は、それと引き換えにある提案をしてきたのだ。
「そういう訳で、しばらく授業を休んでいるヒキさんに連絡文書とかを持って行ってほしいんだよ」
「先生、別に俺たちでなくクラス委員に頼めばいいじゃないの?」
先生は俺の指摘に頷きながらも「まぁそうなんだけどね。ただ聞いてるかもしれないが、ヒキさんはクラスの誰とも会いたくないとか言ってるらしくてね。困ってるんだよ」と言う。
「じゃあ、俺らが行ってもダメなんじゃないんですか?」
「いや、そこはその〜クラスで特殊な立場であるキミ達になら、心を開いてくれるんじゃないかと思って」
隆二が「ああ、落ちこぼれ四人組に引きこもりも加えてほしいって事やな」と身も蓋もない事を言う。
「先生は落ちこぼれとか引きこもりなんて言ってないからね! でも、まぁ友達になってほしいというのは本音だよ」
「むむむ〜〜、テストでだいぶオマケしてもらったから仕方ないか」
という訳で、放課後その問題の日岐さん家に来たところである。
意を決して呼び鈴を押すと重厚な『リンゴーン』の音と共にマダムの声が「ハイ、どちら様?」と答えた。
「あのぉ、僕らヒキさんのクラスメートなんですが学校からの連絡文書を持って来ました」
「コマリのお友達? まぁまぁ、どうぞ中にお入りになって」
マダムの声の後に、目の前の鉄製の門扉が自動で開いていく。
京子が「やっぱり貴族じゃん」と小声で言うが、無視して中に入っていく。
さらに中は想像以上に広かった。キレイな芝生の小道を歩いたその先に、大きな白い洋館が建っていたのである。その洋館の玄関に一人のマダムが待っていた。
「わざわざ来てくれてありがとう。コマリの母です。さあ、どうぞ中に入って」
俺たちは、お母さんの招きで中に入ると、貴族の屋敷のような立派な応接室に通された。普通の高校生はここで萎縮するのだろうが、俺たちは異世界でこういう場に慣れているので、キチンとご挨拶して自己紹介をした。
「コマリにお友達がいるって知らなかったわ。あの子何にも言わないから、どうぞ末永くよろしくね。ところでコマリは学校ではお友達とどんな話をしてたのかしら?」
「……」
俺たちは出された高級そうなケーキを食べるのに夢中で、誰もお母さんの質問に答える者がいない。同じくモグモグしている京子が雰囲気を察して俺の脇腹をヒジでつつく。
「グボァ!」
京子のつつくは、強烈な肘打ちと同じであり、俺はソファーの上で悶絶した。
「あらあら、むせたのかしら? どうぞゆっくりお紅茶でも飲んで」
「ゲホッ、ゲホッ。あ、ありがとうございます。えーっと、コマリさん? との会話ですか。そりゃあ楽しく会話させていただいてますよ。ハハハハハ」
俺が適当に話を合わせたところ、お母さんが身を乗り出してきた。
「まぁ本当に? 実は学校にはお友達が居ないんじゃないかと心配してたのよ。そうすると皆さんもコマリと同じ趣味をお持ちなのかしら……その〜〜異世界がどうとか?」
日岐さんの趣味? 何のことやら。何せ俺たちは10年前の記憶がかなり薄れていて、クラスでも目立たない彼女の事は何も思い出せない。
「えーっと、イセカイ? ファンタジー的な異世界の事でしょうか?」
「そうそう、それ! その〜、皆さんも同じご趣味をお持ちで?」
「はいはい、そうなんですよハハハハハ。先日もファンタジー研究会というクラブを立ち上げたところなんです」
「まぁ〜素晴らしい。とすると、コマリもそのクラブに?」
「いえいえ、まだクラブは立ち上げたばかりでして、コマリさんはお休み中でしたから、まだですね」
そして俺たちは、日岐さんのお母さんに背中を押されて二階にある彼女の部屋の前に連れてこられた。何でも、部屋に閉じこもって出てこないから、登校してファン研に入るよう説得してほしいとの事だ。
とりあえず、俺たちが話をするので、お母さんには応接間で待ってもらっている。
「で、これからどうするの? あたしヒッキーと話したこと無いんだけど」
京子が俺を咎めるような目線で言う。
「ヒッキーって何だよ、ヒキさんだろ。まぁ今の彼女の状況にぴったりか。しょうがないよ、あの状況で断れないだろ?」
「引きこもりは難しいんやぞ。とりあえず、声を掛けてみるか。セイヤ呼んでみて」
「何で俺なんだよ」と抗議の声を上げつつも、仕方ないので声をかける。
「『コンコン』ヒキさん、同じクラスのスズキセイヤです。今日は学校の連絡文書を持ってきたんだけど、ちょっと扉開けてくれない?」
しばらく待ったが、何の応答も無い。
「ヒッキー! あたしキョウコ。面倒クサイのは嫌だから早く開けて!」
俺たちが慌ててキョウコの口を塞いだところで『ドン!』と扉に何か叩きつけたような音がして「うるさい! 誰とも会いたくない!」という日岐さんの声が聞こえてきた。
すると隆二が「これはアレや。いったん俺ら帰ったフリをして中の様子を見てみよう」と提案してきた。
俺たちは、わざと足音を立てて階段を降りていくフリをして部屋の前に戻る。
そして隆二は右手をエルダーリッチの骸骨の腕にすると、一体のゴーストを召喚した。
「このゴーストを透明化して、部屋の中に潜り込ませる。ゴーストの見たものはこの場で投影できるから、皆んなで見てみようや」
………
聖也達が階下に降りて行ったのを確認して、小茉莉は扉の前から机に向かった。机の横の壁には、なろう文庫で人気のハイファンタジー小説のキャラクターのポスターが貼られ、机の上にはマリア像やら十字架の付いたネックレスなどが散乱している。
「ふんっ。クラスの連中が今さら友達ヅラすんじゃないわよ。皆んな私をバカにして……私に友達なんて誰もいない……」
そして、ノートパソコンでお気に入りのファンタジー小説の続きを読み出した。最近のお気に入りはクラスごとの異世界転移ものである。
「私には聖女のスキルが与えられて、他の連中はクズスキルならどんなに楽しいか。クッククク」
………
俺たちは廊下に投影されたヒッキーの様子を見ながら、彼女の現状を理解した。
「これは厨二病をこじらせとる奴やな。何が原因か分からんが、多分自分の自信の無さが異世界への憧れに変わったんやろ」
隆二が冷静に分析する。
「人間って、能力の差はほとんど無いんだけどな。結局は気の持ちようだったり、積極性だったりするだけなんだけど、一人では、なかなか気付けないもんなんだよなぁ」
皆もウンウンと頷いている。
そして俺が「よし、俺たちで何とかしてやろうか?」と聴くと、皆んな力強く頷いた。
………
小茉莉は、知らない部屋のソファーに座った状態で目覚めた。さっきまで自分の部屋で小説を読んでいたはずである。
「ここは……ひっ!」
小茉莉の周りには、四つの異形の存在があった。
聖鎧をまとった聖也と、獣人の京子、ゴーレム装備をまとった敏夫に、エルダーリッチの隆二である。
あれから、ヒッキーに隆二が催眠魔法を掛けて、俺たちと連れ立って学校のファン研の部室まで来たのだ。ヒッキーのお母さんは、ヒッキーが友達と出てくると言って驚いていたが、大いに喜んでいた。
さて、そろそろ始めようかと他の三人に頷いて、ヒッキーに声をかける。
「やあ目覚めたかな、コマリくん。私は、異世界への入口を管理している案内人だ。」
俺たちの姿を見たヒッキーは、当初ガクブル状態だったが、異世界というキーワードにピクリと反応した。
「察しのいい君なら分かると思うが、我々はチートな能力を得て異世界転移をする者を探している。しかーし、誰でも転移できる訳ではない」
ヒッキーは、俺の説明に大きく目を見開いて頷いている。なぜこの説明だけで理解できるのか不思議だが、ここまでの展開に疑問は無さそうだ。
「そこでだ、君には異世界転移の資格があるのかテストを受けてもらう」
俺は後ろを振り返り、部室の真ん中に置かれた相撲の土俵のような装置を指さした。
この装置は、敏夫がストレージから取り出したもので、さまざまなモンスターとバーチャルで対戦できるという優れものである。ちなみに敏夫は、ドワーフ王が主催した忘年会の景品で当たったそうである。
「このヘッドセットを頭につけて装置を作動すると、君のアバターがあの土俵上に構成されて、敵のモンスターと戦うことができる。もちろん戦うのはアバターだから君に危険はないが、やられると多少の痛みは感じるので注意してくれ」
「私が、戦う? あのぉ、私が戦う際に、魔法とか使えるようになるのでしょうか?」
「魔法? 例えばこういうのかね?」
俺は手のひらの上に握り拳大のファイアーボールを浮かべた。
ヒッキーは「……本物の魔法……」とつぶやくと、目がキラキラと光っている。やる気が出たようだ。
「魔法はまだ無理だ。まずは君にその資格があるかどうかをテストする。まぁ最初はケガするといけないから棍棒だな」
ヒッキーは棍棒と聞いて明らかにガッカリした様子であったが、シロウトに長剣とか渡すと自分の足を切って自滅するのがオチだ。
「あの、あともう一つ質問が。もしもモンスターと戦って勝ったら、何かドロップするのでしょうか?」
「ドロップ? ゲームみたいに?」
俺はヒッキーの質問に困惑しつつも敏夫の方を見ると、敏夫が頷いて代わりに答える。
「モンスターを倒すと何かモンスターの持ち物や部位がドロップするよ。でも……その……逆に倒されると、君の持ち物がドロップするので注意が必要かな」
「ええーっ? 負けると私の爪とか耳がドロップしちゃうって事ですか?」
「こちらの体の一部はドロップしないから安心して。つまり……ハンカチとか所持している物がドロップするだけだよ」
これで安心したヒッキーにヘッドセットを付けさせて装置を起動すると、ソファーに座ったヒッキーの意識が無くなると同時に、装置の土俵上にキラキラ光る粒子が固まって、ヒッキーのアバターが現れた。
アバターのヒッキーが「あれ? わたし……」と体を触って確かめている。装置は正常に起動したようだ。
「よし、ヒッキーは武器を手に取れ! 用意はいいな?」
俺の掛け声にヒッキーは頷くと、その手に用意された棍棒を握りしめた。
敏夫を見て頷くと、敏夫が「ゴブリンでます」と言い装置を操作して、土俵の上にアバターと同じようにゴブリンが形成されていく。
ゴブリンは、緑色の皮膚を持つ小型の鬼のような姿で、服は腰布一枚に手に錆びたナイフを持っている。
「ウケケケ」
「異世界転移テスト始め!」
俺の始めの合図と同時にヒッキーが棍棒を振りかぶる。
「先手必勝ー!」
ヒッキーの棍棒は見事にゴブリンの左腕の辺りにヒットした。
「ヒッキーその調子よ! 連打連打!」
京子の熱のこもった声援が上がる。
しかし、ヒッキーの攻撃は長く続かなかった。重い棍棒をフルスイングで振り回した反動か、息が上がっている。
反対にゴブリンは最初の攻撃で怒ったのか、ナイフをめちゃくちゃに振り回し始めた。
そして、それにビビったヒッキーの腹にナイフが突き刺さり、「あ、あー」という声を残してヒッキーのアバターは粒子となって消えてしまった。
「勝者ゴブリン!」
俺の勝ち名乗りと同時にヒッキーの意識が戻り、ソファーの上でガックリとうなだれた。
そして急に体のあちこちを触っていたと思ったら「ない、ない!」と言い出した。そういえば、敗れると何か持ち物がドロップする仕組みだったか。
そしてヒッキーは「私のパンツが無いー!」と叫んだ。どうやらパンツがドロップしたらしい。
「なろう文庫の景品で当たった、お気に入りの異世界もののパンツだったのにー!」
失くしたのが、もらい物のパンツで良かったと思うのだが、ヒッキーは激しく怒り狂っている。そして俺の足に突然縋りついてきた。
「あ、あの! もう一回チャレンジできないでしょうか?」
「ふ、ふむ、それは構わんが、問題は君の体力の無さだな。もう一度、体力を付けてから臨んではどうかね」
すると京子が「いいじゃん、もう一度やれば。今度はゴブリンの頭を狙ってやりなよ」と言う。
ヒッキーからは「ハイッ!」という元気な返事が。
しょうがない。せっかくヒッキーのやる気が出てる事だし、成功体験こそが重要だろう。俺は敏夫に小声で、モンスターの難易度を下げるよう指示をしてから、装置を起動させた。
ふたたび土俵の上には、ヒッキーのアバターとゴブリンが登場したが、ゴブリンは錆びたナイフではなくぴこぴこハンマーを握りしめていた。
けっこう何でもできる装置らしい。
「それでは、もう一度、異世界転移テスト始め!」
今度はヒッキーも先程の戦闘で学んだせいか、簡単には飛び込まない。
京子からは「最初の一撃が大事だからね! よく狙うんだよ」の声が飛ぶ。
部室には、ゴブリンのぴこぴこハンマーがたてる『ピコ!』という音だけが聞こえ、戦っている本人は緊迫してるのだろうが、周りにはゆる〜い空気が漂っていた。
そしてついに、ゴブリンの打ち込みの『ピコ!』の後に、ヒッキーが「ここだー!」の掛け声で振り下ろした棍棒がゴブリンの頭にヒットして、ゴブリンは光の粒子となって消えていったのだった。
「勝ったー! 私がモンスターを倒したのよ。私がやったの〜」
ヒッキーは飛び上がって喜んでいる。かなりサービスしたと思うが、本人が喜んでいるのだから、これで良かったのだろう。
ゴブリンが消えた後の土俵の上には、何か小さな丸薬のような物が残っていた。モンスター討伐のドロップ品だろうか?
ヒッキーのアバターがそれを拾って俺たちに見せてくれるが、それが何なのか分からない。どこかで見た記憶があるが。
すると隆二が「あ、それゴブリンのハナクソやん。まあまあレアやな」と言う。俺たちは、ガックリと崩れ落ちたが、ヒッキーは大事そうにそれを握りしめている。
俺はヒッキーをなぐさめるつもりで「あー、それはゴブリンのハナクソみたいだけど、何か別な物と交換しようか?」と声をかけたが、ヒッキーはフルフルと頭を横に振る。
「じかに握るとバッチーよ」
「……これがいいです」
「おっ、ゴブリンのハナクソの価値が分かるとは大したものやんか」
身を乗り出してくる隆二を押さえ込んで「本当にそれで良いの?」と聴くと、ヒッキーは大きく頷いた。
「私、誰かに応援されてこんなに熱くなれた事なかったから。だから、これは私の大切な記念の品です。あの、皆さん! 本当にありがとうございました!」
ヒッキーはそう言って俺たちに頭を下げた。
もう彼女は大丈夫なようだ。