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1ー4 化学の実験

「えー、化学の授業を担当していただいたガンノ先生は、ご病気の関係で今日の授業を最後に長期の休暇に入られます。今日はしっかり授業を受けるようにして下さい」


 俺たちの担任の山井先生が生徒たちを前に注意をする。どうやら化学の雁野がんの先生の最後の授業となるらしい。

 雁野先生は、50代後半のやせ型で後頭部に白髪が残っているが、前頭部は禿げ上がっていて、白衣を着ると化学者のようである。最近、咳き込むことが多いと思っていたら、長期休暇が必要な程の病気だったとは。


「それではガンノ先生、よろしくお願いします。」

「どうもありがとう。皆さん、ヤマイ先生のおっしゃったとおり、私の授業は今日で最後です。突然で驚いたことでしょうが、皆さん気にせず授業に集中してください」


 雁野先生はそう言うが、化学の実験教室はザワザワとしている。

「先生ー、病気ってどんな病気ですか?」

 勇気があると言うか、たぶん何も考えていない生徒から質問が飛ぶ。


「まぁ気になるだろうね。先生はね、肺にガンができて全身に転移してるらしいんだ。薬で治療するんだが、もしかすると良くなるかもしれないんだよ」

 教室中から「えー!」というお約束のような驚いた声が上がる。

 もしかしたら良くなるって、ほとんどダメってことじゃないだろうか。


「さあさあ、今日の化学の実験では、しょうゆから塩分を分離します。用意のできたグループから実験を始めてください」

 雁野先生の言葉で、グループ分けされた生徒が実験を始めていく。もちろん、俺たち落ちこぼれ四人組は一緒のグループとなっている。


「はぁ〜」

 京子が盛大にため息をつく。

「何だよ。何かご不満でも?」

「あたしら中身は勇者だよ。今さら塩の抽出なんて、やってらんないでしょ」


 まぁ京子の言いたい事は分かる。俺もこんな姿を異世界の仲間達には見せられないしな。

「そうやな。元勇者が今では塩の抽出の実験やってるなんて笑われるで」

 隆二はそう言うと、指先をエルダーリッチの骸骨の指にして、あっという間にしょうゆから塩分を抽出した。


「あーあ、お前らは高校生に戻ったという自覚が無いのか?」

「あたしは、やるならもっと心躍るような実験がやりたいの」

「せやな。俺もそういうのがええなぁ……そうや! 俺らでガンノ先生の病気を治す薬を作ろうや」


 また隆二が妙な事を言い出した。京子も「それいい」と盛り上がっている。

「よし、せっかくやから誰が治せるか競争しよか? 俺は言い出しっぺやから一番手は譲るぜ」

 隆二が挑むように俺の方を見てくる。ほほう、そこまで言われたら勇者としては後には引けまい。


 そして、一番手に俺、次が京子、最後に隆二が病気を治す薬を作る事となった。敏夫は何かあった時のバックアップである。


「さて、病気やケガは異世界ではポーションを飲めば一発で治ると相場は決まっている。問題は薬草なんだが、誰か薬草持ってない?」

 俺は三人を見渡すが、隆二が「薬草って何という名前の草なんだ?」とニヤニヤしながら言う。

 くそう、薬草の具体的な名前なんて知らねぇよ。あっちでは皆んな薬草って言ってたし。


「薬草とかの材料探しも込みで、競争なんじゃない?」

 京子は、さも当然といった雰囲気でこちらを見て言う。

 なるほど、勇者の戦いは始まっているというわけか。それならばもう聴くまい。


 えーっと、この世界での薬草ってなんだよ。薬草、薬草……、昔おばあちゃんがお茶にすると薬になるとか言ってた、えーっと……どくだみ茶!

 そうだ、どくだみだ!


 俺は聖鎧を纏うと、瞬時に校舎の外に飛び出した。今の俺はオーバードライブのスキルを使っているから、その姿は常人には見えない。

 そして、河原に行くと、そこら辺に生えている草を聖剣を使ってバサァ〜と刈り取り、両手いっぱいに抱えて教室に戻る。その間、わずか3秒の早技である。


「えーっと、トシオ! この中に『どくだみ』がないか確認してくれ」

「えー? トシオを使うのは反則じゃない?」

 京子が不服そうに言ってくるが、隆二がそれを止める。

「クックックッ。まぁええやないか、なんせ探すのは『どくだみ』やろ? 何ができるか乞うご期待やな」

 隆二は余裕の表情である。


「ふん、後で吠え面かくなよ」

 俺はそう言うと、敏夫が選んでくれたどくだみを切り刻んで、ビーカーの中に入れ、アルコールランプを使って煮出していく。

 その後、それを冷却しながら魔力を込めていくと、緑色のドロリとした液体が試験管の中に残った。


「よし出来た。即席のポーション完成! たぶん効く」

「ほな、ガンノ先生を呼ぼか。先生〜先生〜ちょっとお願いします」


 隆二が雁野先生を呼ぶと「何だね?」と言いながら先生はやってきた。

「先生、これお茶ですわ。先生のために用意したんでどうぞ飲んでください」

 試験管を先生に差し出した隆二の目があやしく光っている。さては催眠の魔法を使ってるな。


「そ、そうかね。せっかく生徒が用意してくれたお茶だ。ありがたくいただくよ」

 雁野先生はそう言うと、試験管に入った即席ポーションを何の疑いもなくゴクリと飲んだ。


『ブフーーッ!』


 雁野先生は、飲み込んだ即席ポーションを勢いよく噴き出すとゲホゲホと咳き込んでいる。

「な、なんて物飲ますんじゃぁ〜!」


 ふむ、どうやら失敗だったようだ。何となく、ひどい匂いがしてたからダメかなぁ〜とは思ってた。

 横で京子と隆二が腹を抱えて笑っている。

「ヒーッヒッヒ、ウケる〜。ハァ〜ア、じゃあ次はあたしの番ね」

 京子はひとしきり笑った後、実験に着手する。


 京子は試験管の中に、どこから取り出したのかひとつまみの黄色い毛を放り込むと水を加えて煮ていく。

「おいキョウコ、その毛は獣人の毛か?」

「……」

「お前の毛なんか? いったいどこの部分の毛やねん?」


「女の子に、どこの毛だとか聞くなー!」

『ドスッ! ドカッ! ゴ〜ン!』

 京子のボディーブローが俺、隆二、敏夫の順にさく裂し、俺と隆二がその場でもん絶する。

 ちなみに、敏夫はフルアーマータイプのゴーレムを瞬時に装着しており、難を逃れている。


 そして京子が魔力を込めると、京子のどこかの毛が溶けていき、試験管の中には黄色いドロリとした液体が残った。

「よしっ! これで完成よ。リュウジ、先生呼んできて」


 隆二は先程のボディーブローの影響か青白い顔で「ホンマ人使いが荒いで」とぶつぶつ言いながら雁野先生を呼んだ。もちろん隆二の目はあやしく光っている。


「先生〜、今度はキョウコが元気になる飲み物を用意したんでどうぞ」

「ほほう、これは元気になりそうな色をしているねぇ」

 どう見ても口にする気は起きない黄色い液体を雁野先生はゴクリと一息に飲んだ。


「ハ〜ァ〜!? 何だか全身から力が湧き出てくる」

 雁野先生はそう言うと、全身の筋肉がみるみる盛り上がっていく。指の爪も三センチほど伸び、頭のハゲにも黄色い野獣の毛がムクムク生えてきて、もはや獣人のようである。


「ウガァー! ガルルルル」


「なぁリュウジ、危なくね?」

「ああ、もしもの時は皆んなで取り押さえるで」

 俺達がコソコソ非常事態に備えた話をしていると、京子が「成功した」と喜んでいる。失敗の間違いではないのか?


「これでガンノ先生にはバーサクの魔法がかかったわ。ガンノ先生、お前はこの学校を守る戦士だ。今こそ戦士の力を示せ! その爪で敵を切り裂き、のど笛に喰らい付くのだー!」

「ウガァーーー!」

「「やめろー!!」」


 俺と隆二が雁野先生に飛びつき組み伏せると、敏夫がすかさず薬を飲ませた。雁野先生の姿はすぐに元に戻ったが、ピクピクけいれんして倒れている。


「ああん、せっかく魔法が成功したのに何てことするのよ」

「何が成功だー。ガンノ先生が獣人化しただけじゃないか」

「違うわよ。向こうじゃ『体の調子が悪い時は、バーサクの魔法が一番じゃ』って言って皆んな元気になってるもん」

「獣人療法を人間で試すんじゃありません!」

 ちなみにバーサクの魔法は、獣人を半狂乱の戦士にして敵陣に突撃させる恐ろしい魔法である。


「ふぅ〜。これでようやく俺の出番ちゅう訳やな」

 まだぶつぶつ言う京子をほっといて隆二が実験に取り掛かった。


 隆二は空間収納から薬草などを取り出すと、ビーカーに水を入れて煮ていく。チッ、やっぱり薬草を持ってやがった。

「沸騰したお湯に、ヒポポテ草、ドラゴンの爪、ゴブリンのハナクソ、人魚のウロコを入れて……」

「ちょっと待てーーー!」


「……何やねん?」

「今、ドラゴンの爪の後に何か変なもの混ざってなかったか?」

「え〜と、人魚のウロコ?」

「その前じゃあ〜。ゴブリンのハナクソ入れてただろうがぁ」

「ゴブリンのハナクソも使いようによっては薬になるんや。ああもう、実験の邪魔やから黙っといて!」


 その後も隆二は「ドクダミ使う奴に言われたくないわ」とぶつぶつ言いながら薬を作っていく。くそう、薬草の名前さえ分かっていれば、こんな目にあわなくて済んだのに。


「完成や」


 隆二の持つ試験管の中には、コポコポと怪しげな湯気のたつドロリとした緑色の液体が出来上がった。


「おいおい、これ飲んで大丈夫なやつか?」

「ああ、これでガンノ先生は体の隅々から病気が駆逐されるはずや。よしさっそく……、あかん、まだ先生寝とる、先生〜」

 雁野先生は隆二の呼びかけにわずかに反応しているが、まだスヤスヤと寝息をたてている。


「しゃーない。キョウコ、鼻つまんどいてや、無理やり飲ませるから」

「こらー!」と俺が突っ込みを入れるが、京子と隆二はさっさと緑色の液体を雁野先生に飲ませてしまった。


 あやしげな薬を飲まされた雁野先生はムクリと起き上がると「アガガガァ」と苦しみ出す。やっぱりダメなやつだったようだ。

 俺は敏夫に目配せして、サポートを促すと敏夫が頷き薬を用意している。


「まだや! この薬の効き目はこれからやで」

 隆二の一言で動き出そうとした敏夫が躊躇ちゅうちょしてしまった。


「アガガガ……ウガァー」


 雁野先生は、全身が緑色に変色し、頭からはツノが生えてきている。もうすでに人間からはほど遠い姿となってしまった。「ウケケケ」とか言ってるし。


 京子がため息混じりに「魔族になっちゃったぁ」とか言っている。おいおい分かってるのか? お前も責任の一端があるんだからな。


「よおし、これで細胞レベルから元気な体に生まれ変わったはずや」

 確かに、魔族に生まれ変わってしまったがな。

 雁野先生は「ウケケケ、オレ、ゲンキニ、ナッタ」

と言いながら何度も頷いている。


「よし、失敗だ。トシオ早く元に戻してくれ」

「何で失敗やねん。見た目はちょっとあれかもしれんが、元気になったやろ!」

「魔族になった時点で失敗なんだよ」

「それは魔族に対する偏見や! そもそもやな、魔族で病気になった奴見たことないやろ? 魔王が病気でポックリ逝きましたなんて締まらん話はあらへん。ゴブリンなんて冬も腰布一枚で過ごして風邪も引かへんのやで!」


 俺たちが言い合いしている間にも、雁野先生は「ウケケケ」とか言いながら教室内を徘徊はいかいするもんだから、すでに教室内はちょっとした騒ぎとなっている。


 すると京子が雁野先生をむんずとつかんで敏夫のとこに連れて行くと、敏夫が雁野先生に薬を飲ませてしまった。

 雁野先生の肌の色も元に戻り、ツノも引っ込んでいる。

「あーあ、ただの人間に戻ってしもたがな」

「ふぅ、一時はどうなるかと思ったけど、元に戻って良かった」


 俺が胸を撫で下ろしていると、京子が「いろいろあったけど、トシオの薬で元に戻せて良かったよ」としみじみ言う。

 確かに。そう言えば、トシオの持ってる薬はどんな状態からも回復してくれる。いったい何ていう薬を使ってるんだろう?


「なぁトシオ、そのトシオの使っている薬はなんて名前の薬なんだ?」

「これ? これは、ドワーフの技術の結晶で作った『エリクサー』って名前の薬なんだ」

「エリクサーやて? そ、それはどんな病気や状態異常でも治してしまう伝説の薬やないか!」


「つ、つまり、最初からガンノ先生に、そのエリクサーを飲ませれば良かったって事か?」

 俺たちはその場に崩れ落ちた。まったくもって骨折り損のくたびれもうけであった。


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