2ー8 コミケと魔王と勇者
「コミケ、それは世界最大の同人誌即売会であるコミックマーケットの略称である。そして、企業ではなく個人サークルが作った同人誌を販売することに特徴があり、とても熱いオタクの祭典……とあるでヤンす」
俺たちはコミケの会場に向かいながら、ヒッキーの解説を聞いている。
もちろん、呪いの絨毯に乗って『ドッキ、ドッキ』の音を聞きながらであるが。
「何かワクワクするね」
京子は獣人の姿で、目を輝かせて皆の顔を見回す。
「ほんまや。いつかは見てみたいとは思うとったけど、こんなすぐに見れるとはな。和尚達には感謝やで」
エルダーリッチの姿の隆二の言葉に全員で頷いた。
そう、俺たちはコスプレしているという前提で、異世界の勇者の姿となっている。
この場合、隆二の骸骨の姿はリアル過ぎるので、裾の長い異世界の服を着て、襟も高くして誤魔化してある。魔法の杖がエルダーリッチ感を出していると思う。
ヒッキーだけは勇者への変身は出来ないので、自前の聖女のコスプレであるが。
そうして、会場が遠目に見えてきた。会場前に並ぶ大勢の参加者が、アフリカの大地を移動するヌーの群れのようだ。
俺たちは、会場から少し離れた公園に着陸すると、村の和尚達からもらったコミケの入場券を再度確認して、会場へと急いだ。
「うわ〜〜、上から見てても大勢いるなと思ったけど、本当に長蛇の列だな〜〜」
俺たちは、上空からヌーの大移動のように見えた列の最後尾に並び、会場入口までの長い道のりを眺めてため息をつく。
入場券を持ってるからと安心していたが、果たして会場に入れるのはいつの事やら。
するとそこに、周りから俺たちを指差してヒソヒソ話す声が聞こえてきた。
「あの勇者の鎧や聖剣すごくね?」
「獣人のコスプレも毛並みがリアルですごいね」
「あのアメコミみたいなロボット? マジにクオリティ高くない?」
「それより、骸骨のやつ凄みがあって、ちょっと怖いんだけど」
「そして聖女がいて、今から異世界の物語が始まりそう」
すでに周りからはスマホで写真を撮る人や、賞賛する人々で人だかりができている。
そうなると悪い気はしない訳で、撮影する人達の為にポーズをとってみたりして、その気になってみる。
あれ? ちょっと楽しいんだけど。
どうやら退屈せずに入場までの時間を過ごせそうだ。
………
一方、コミケの会場内では、同人誌などの出展者が自分のブース作りに余念がない。
机の上に同人誌を積み上げたり、自分の作品をPRするためのポスターや手作りの幟を立てたりしている。
そこに一組の男女が、自作の異世界小説の冊子を販売する為にブースの準備に追われていた。
「なあ、おい貴様。周りのブース作りを見てると、ただ作品を並べるだけでは、ダメそうな気がしてきたのじゃ」
「そんな事は当たり前だろ! ほら、ポスター作ってあるから後ろの衝立に貼るぞ」
「うむ〜〜、妾はもう疲れてきたのじゃ。それに、朝早く起きたから少し眠たいのじゃ」
「シャキッとしろ魔王! ここまで準備して失敗は許されないのだぞ!」
「分かったのじゃ、そう怒るでない。やれやれ、魔王使いが荒い勇者なのじゃ」
この二人は、魔王と勇者のコスプレをしていた。
女の子は見た目は幼児の体型であるが、これでもれっきとした女子高生であり、魔王のコスプレをしてツノの生えたカツラをかぶって顔の半分を隠している。
男の方は勇者のコスプレで、スラリとしたイケメンの姿を服装やカツラで隠している。
いずれも学校の同級生達には知られたくなくて、秘密にしたくてこの姿となっている。
「さあ、これで準備も終わりなのじゃ。あとは売りまくるだけなのじゃ!」
「そうだな。僕の『追放された勇者』とお前の『魔王転生』は実体験に裏付けられた物語だから、レア物として飛ぶように売れるはずだ」
二人は、これからの成功を確信してほくそ笑むのであった。
するとそこへ運営から出展者達へ連絡が入った。
『皆さん、これから開場いたします。開場直後には「男津波」が発生しますので、それぞれ自分の作品を守ってください! 皆さんの幸運を祈ってます!』
「男津波とは何のことなのじゃ?」
「さあ何のことだろう? 僕も初耳だな」
周りの出展者を見ると、それぞれ机から身を乗り出して自分の作品を守るように手を伸ばしている。
いったい今から何が起こるのかと思っていたら、入口の方から大勢の男達が津波のように押し寄せてきていた。
長時間、会場の外で待っていたらしく、全身が熱気を帯びており、噴き出す汗を拭うことなく、ドロドロに溶けた鬼のような形相で向かってくる。
「目当てのブースへ急げ!」
「ふうふう、あ、熱い……」
「どけ! 俺が先だ!」
「何なのじゃ、あのむさ苦しい連中はーー!」
押し寄せる男津波を見て、魔王の少女が驚きの声を上げる。
「そうか、これが男津波か。これはヤバイ! おい魔王、ブースを守るぞ!」
「あんなむさ苦しい奴らからは逃げたいのじゃ!」
「ブースごと弾き飛ばされるぞ! ずべこべ言わず、とにかく守れーー!」
そして、五分ほど続いた男津波が終わった頃には、ブースの崩壊は防いだものの、積み上げた作品は床に散らばり、少なくない数が男津波によって破壊されてしまっていた。
………
俺たちは、ようやくコミケ会場に入場することができた。
到着した頃には、もうほとんどの入場者が入場しており、あちこちの人気のあるブースに列ができている。
「ようやく会場に入れたでヤンすね。何かもう、ここに至るまでに一仕事終えた気分でヤンす」
ヒッキーの言うとおり、コミケ初参戦の俺たちは、少しくたびれていた。
「何言ってるの、これからが本番じゃない。ファンタジー小説を作るためにも、今日は出来るだけ同人誌を買って参考にしないとね」
京子の励ましに、ヒッキーも「そうでヤンすね」と頷いている。
そう、俺たちの目標であるファンタジー小説を作成するために、今日は参考となる同人誌をたくさん買わなくてはいけない。
「ようし、ファンタジー小説を売ってるブースと、ファンタジーな絵を売っているブースを探して行くぞ!」
「そやけど、それぞれのブースを見てると、人気のあるブースと人気の無いブースに大きな差があるもんやな」
隆二の言うとおり、周りを見ると人気のあるブースは列ができており、長い列は隣のブースの前にまで続いている。
一方で人気のない隣のブースは、人の列でますます自分の作品が人目に触れなくなってしまい、悪循環の様子である。
隆二が人気のないブースを指差して「俺らも、ああならんように頑張らんとな」と言う。
「そうだな。でも俺たちにはコスプレっていう強い武器があるから、目立つのは間違いないんじゃないかな?」
俺たちは、会場の外で待っていた時にも周りに人だかりができていたし、会場の中に入っても度々写真を撮られていて注目度はかなり高いと思う。
これならば、もし俺たちがコミケで出展しても大丈夫ではないだろうか。
そうしてみて回っていると、人気のないブースに、魔王と勇者の格好をした出展者がションボリしているのが見えてきた。
………
「コラ、そこの者、ここは我らがブースの前なのじゃ。ここに隣のブースの列を作るでない。妾の作品が見えなくなるであろう!」
「チッ、うるせーな。『魔王転生』? くだらなそうな作品だな」
注意された少年が悪態をつきながら、移動していく。
「くだらないとはなんじゃ! 貴様、魔王に向かって、モガガガガ……」
魔王の少女は、隣の勇者から口を塞がれながらジタバタする。
「魔王、もう素直に認めよう。僕たちは敗れたんだよ」
「ぷはぁ! 敗れたとはなんじゃ? コミケはまだまだこれからなのじゃ」
「この有様を見て、まだそんな事を言うのか。まだ二人とも一冊も売れてないんだぞ」
「むむう〜〜、何で売れないのじゃ。おかしいのじゃ。みんな異世界のリアルな体験談を必要としとるのじゃないのか?」
するとそこへ、大きなリュックを背負った、いかにもオタクな男性が魔王と勇者のブースへやってきた。
パンパンのリュックには、他のブースで買ったであろう同人誌がはみ出すほど詰まっている。
その男は『魔王転生』の見本品を手に取ると、中を読み出した。
パラパラと立ち読みするとそれを机に戻して、今度は『追放された勇者』の見本品にも手を伸ばす。
魔王と勇者の二人は、その男の様子を固唾を飲んで見ていた。
もしかしたら、作品を買ってくれる人第一号かもしれないのだ。
そうして『追放された勇者』の見本品を机に戻した男は「ふむ、ちょっといいですか?」とこちらに話しかけてくる。
何だろうかと二人が思って頷くと、その男は語りだした。
「まず『魔王転生』ですが、幼女な見た目の魔王が地球に転生して、絶世の美女の魔王になるというコンセプトは良いと思うのです。しかし、転生前の描写がやたら長くて、転生後は地球を支配しましたと、一言で語られているのはいただけません」
自分の小説のダメ出しをされた魔王の少女は、プルプル震えている。
「次に『追放された勇者』ですが、最近の追放系のパターンとして、その後のざまあーが必要なのにそれがない。異世界に転移した勇者が、魔王を倒したのに元いた世界に追放されて終わりというのは、気をてらいすぎて面白みに欠けます」
勇者の青年も、ワナワナと震えている。
そんな二人を尻目に、その男は批判をするだけすると「じゃあ」と手を挙げて去っていった。
「何なのじゃ! 何なのじゃあれは? そんな批評はいらんから、一冊買っていけというのに!」
「フ、フッ、フハハハハ!」
「な、何じゃ貴様! 気でも狂うたのか?」
「ハハハ……、いや失礼。ここまでくると笑えるなと思いましてね」
魔王な少女は、いぶかしげに勇者の青年を眺めている。
「つまり、僕たちはリアルなストーリーにこだわるあまりに、肝心なファンタジーな読み物としての基本が分かってなかったという事ですよ」
「そんな事がある訳ないのじゃ。この話は全部リアルな話なのじゃ。そりゃあ、転生後は絶世の美女になったというところは、少し話を盛った気がしなくも無いが、これ以上に貴重な書物は無いのじゃ」
そうして、しょんぼりしている二人の所に、コスプレをした五人組がやって来た。
………
「おっ、ここも異世界ファンタジーの小説を売ってるぜ。なになに『魔王転生』に『追放された勇者』か」
俺がブースのポスターにつられて、近付こうとすると、隆二が後ろから肩をつかんで止めて、小声でささやく。
「ちょっと待ってや。明らかに人気のないブースやけど、ここのも買うんか?」
「ふふん、あえて人気のない作品も買ってみないと、ダメな理由が分からないだろ?」
「なるほど、駄作も見といて反面教師にするっちゅーワケやな」
隆二も納得したようで、皆でそのブースに近付くと、魔王のコスプレをした少女と勇者のコスプレをした青年が二人うなだれていた。
俺たち五人が近付いても、うなだれたまま何の反応もない。
「え〜〜っと、ちょっと見せてもらっても良いですか?」
「どうせ誰も買ってくれないのじゃ。好きにするがよい」
魔王な少女がこちらを見ることもなく、うなだれたまま答える。
どうも、人気が無さすぎて心がポッキリ折れてしまったようだ。そうなると、うちの京子が黙っているはずもない。
「ちょっとちょっと、何しょげてるの? まだ誰も買ってくれないって決まった訳じゃないんだから。ほら元気だして!」
そして俺の方に目で合図してくる。
まあ、元々買う予定だったからいいけど。
「あっ、これ面白そうだから一冊づつください」
俺がそう言うと、今までうなだれていた二人がガバッと顔を上げた。
「ほ、本当に買ってくれるのか? こんな、いただけなくて面白みのない小説でも良いのか?」
魔王な少女がウルウルとした目でこちらを見上げてくる。
「え、ええ、もちろん。それで、おいくらですか?」
すると隣の勇者の青年が「ありがとう、君たちは良い人だ! 一冊千円だから二千円でお願いします」と言う。
えっ?
一冊千円?
こんなコピー用紙に印刷してホッチキスで綴じたような作品が?
高すぎじゃね?
と思っていたら、それが顔に出ていたのか、魔王な少女の目がさらにウルウルしてきた。
「やはり、妾たちの小説などそんな価値はないのじゃ」
「そんな事ないよ! ほらセイヤ早く払って。魔王ちゃんも泣かない、泣かない」
京子が魔王少女をなでなでしながら、こちらを睨み、支払いを催促してくる。
仕方がないので二千円を支払うと、勇者な青年が「ありがとう、君たちが初めて買ってくれたお客だよ」と笑顔で言う。そりゃ、そうだろうよ。
京子がいなかったら買わないっつーの。
そして、いつの間にか、京子は魔王な少女を抱っこして椅子に座り、ここにくる時に買ってたお菓子をあげていた。
どうやら、魔王少女に情が移ったようだ。
本当はすぐに他のブースに移動したかったが、仕方ないので俺も勇者青年に話しかけてみる。
「ところで、かなり苦戦してるみたいだけど、金額が高すぎるのも理由なんじゃない?」
「それだけの価値があると思っているから、この価格にしたんだが……」
勇者青年が悩んでいる。自分でも思い当たる節があるのだろう。
ここは一つ提案してみるか。
「もう、いっその事、一冊百円で売ってみたら?」
「百円!? いや、さすがに百円は安すぎると言うか、それは無いと思う……」
「そこのところ魔王さんは、どう思う?」
しぶる勇者青年を無視して、魔王少女に振ってみる。
「モグモグ……、妾はそれで良いのじゃ。それよりお菓子もう一つくれ」
魔王少女は、獣人の京子の膝に座り、京子のしっぽをテーブル代わりにお菓子を食べる事に夢中の様子だった。
魔王なのにカワイイ。
「という事なので、どう? 百円で売ってみたら? 俺たちも協力するし」
勇者青年も、売れ残ってもしょうがないと考えたようで、話は決まった。
「ようし、それじゃあ皆んな売りまくろうぜ!」
それからは、俺たちがブースの前で客寄せをして、二人の小説を売っていく。
元々コスプレの客寄せ効果が高かったせいで、大勢の人が集まってあっという間に売り切ってしまった。
………
「とうとうこれで完売だな。汚れていた物も、半額の五十円で売れたしな」
俺が手をポンポン叩きながら言うと、魔王少女が「男津波のせいなのじゃ」と言う。
男津波? 何のことやら。
「いやあ、君たちには感謝の言葉もな、い……!」
勇者青年が、改めて俺たちの方に向き直り、感謝の言葉を述べようとして、俺の聖剣に目が止まった。
「そ、その、け、剣は、まさか……」
勇者青年は、驚愕したように目を開き、ブルブルと震える指で俺の聖剣を指差している。
「あ、ああ、この剣? いちおう見ての通り俺は勇者だから、聖剣って事なんだけど」
俺のコスプレの説明に、勇者青年はブンブン首を横に振る。
「そ、そうじゃなくて、その聖剣はどこで手に入れたものなんだ?」
どうやら、この聖剣をどこで入手したかを聞いているらしい。
細かな装飾もされているので、マニアからしたら垂涎ものかもしれないが、あいにくと本物だ。しかし、どう答えたものか。
「あ、ああ、これ? え〜〜っと、どこだったかな〜〜。確かどこかの古道具屋で買ったような気がする」
「古道具屋で売ってたのかい!? こ、これが……」
何やら、聖剣が古道具屋で売ってた事にショックを受けているようだが、それほどの事なのだろうか。
「も、もし良かったら、その聖剣を譲ってくれないだろうか? お金はいくらでも用意する!」
「いやいや、俺もこの聖剣は気に入ってるので、すまないけど譲れない」
なんだか、急にグイグイ来るんだけど、ちょっと目が怖い。
すると、さっきまでお菓子に夢中だった魔王も隆二の持っていた魔法の杖に食いついてきた。
「お主のその魔法の杖は、ま、まさか魔族のものか!?」
「えっ、これ? あ、ああ、俺はエルダーリッチやから、魔族の魔法の杖やな」
隆二がやや引きながら答えている。
「それをどこで手に入れたのじゃ? 教えてくれ!」
「あ、ああ、これは〜〜、古道具屋だったかな?」
「な、なんと、魔法の杖が古道具屋で売っとるのか?」
何か急に二人が俺たちの装備に食いついてきた。
マニアとは、そういう細かいところもよく見ているから恐ろしい。
するとそこへ、遠くから押し寄せてくる地響きが聞こえてきた。
何だろうかと皆で振り返ると、遠くから「男津波だーー!」とか「二周目来たーー!」の声が聞こえてくる。
「また男津波がきたのじゃ! 皆んなよけるのじゃ〜〜!」
魔王少女の声に、えっと思った瞬間に俺たち五人は男津波にさらわれ、会場を猛スピードで駆け抜けていった。
俺たちは、周りを汗でドロドロになった男たちに囲まれて、男津波から簡単に抜け出す事ができない。
そして、ようやく男津波から脱出した頃には、もう魔王少女も勇者青年の姿も見えなくなっていた。
………
「ああ、また男津波に邪魔されたのじゃ! どこの古道具屋か聞いてないのじゃ!」
魔王少女は地団駄踏んで悔しがっている。
しかし勇者青年は、喜びに満ちた顔をしていた。
「確かに聞けなかったのは残念ですが、一筋の希望の光が見えてきました」
魔王少女がいぶかしげに見上げる。
「さっきの聖剣や魔法の杖は本物でした。つまり、僕ら以外にも異世界転移をした者がいるという事です。そして、こちらの世界に戻ってきて聖剣などを古道具屋に売った。つじつまは合う」
勇者青年は、握りこぶしを作って力説している。
「魔法の杖があれば、元の世界に帰れるのじゃ!」
「僕も勇者の力を取り戻せる。そのためには、やはりお金を稼ぐ必要があります。これからは、もっと積極的にやりましょう!」
魔王少女と勇者青年は、ガッチリと握手して思いを新たにするのであった。




