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2ー7 アルバイトの終わり

『トンテンカン、トントトトン』

 村の大工達の金槌かなづちを使うリズミカルな作業の音が響く。


 先日の大雨で、四神川の中洲から移動してきた四神様の御堂の修理が行われている。

 嵐の中、俺たちが川の中洲の塚から引っこ抜いてきたから、かなり傾いていたのもあって、急ピッチで修理が進んでいる。

 堤防決壊の張本人でありながら、ちゃっかりと四神川の決壊を防いだ村の守り神としての地位を築き、御堂の前には畑で採れた野菜などが山積みである。


 石像の魔物であるガーゴイルの表情は、一見していつもと変わらないように見えるが、よく見ると、やや胸を張って誇らしげな、もっと言うとほくほく顔に思える。


 ちなみに俺たちは、ボンストの店番を檀家集のバァさん達に任せ、なぜか御堂修復のお手伝いとして資材運びをさせられている。


 そんな俺たちが、ほくほく顔のガーゴイルを冷ややかな目で見ていると、修理の様子を見にきた和尚から嬉しいお知らせが。

「セイヤ達も今日でバイトは終わりじゃな」

「ええ、何か本当にあっという間でした」

「ホンマに、せっかく仕事にも慣れたのに、もう明日には帰るなんて残念やな」

「あたしは、バイトも楽しかったけど、あの村祭りも楽しかったなあ」

「あの村祭りの花火は忘れられないでヤンす」

 俺たちは口々にアルバイトの感想を言い合う。


「そこでじゃ、今夜は寺に檀家集が集まってセイヤ達の送別会をやろうと計画しとるんじゃ。もちろん参加してくれるじゃろう?」

「えっ、本当に? やったー、よろしくお願いします!」


 と言う事で、今夜は俺たちの送別会となった。ガーゴイルの御堂の修理にテンションダダ下がりだっただけに、皆の喜びもひとしおであった。


………


 その夜の送別会では、白虎寺に多くの檀家集が集まり、大宴会となった。


「え〜〜それでは、本日はボンストや農作業をお手伝いしてくれた、セイヤ、リュウジ、トシオ、キョウコ、コマリくんの送別会を行います……」

 和尚のあいさつがあり、マタやんの「乾杯!」の掛け声で、俺たちの送別会は賑やかに始まった。


 料理は檀家集が持ち寄った、相変わらずの田舎料理ではあるが、もうこれが食べ納めだと思うと、より美味しく感じられる。

 祐希くんとお母さんは、料理や飲み物の準備や追加に大忙しであり、最後まで本当にお世話になった。


 そうして、宴会も盛り上がり、座敷のあちこちに村人達の輪ができた頃、赤い顔をしたマタやんがビール瓶を片手に俺たちの元に。

「セイヤ! さあ飲め、今夜は無礼講じゃ!」

「いやいや、俺たちは未成年ですから酒はダメですよ」

「何を真面目な事を言うとる。ワシらの若い頃など、村祭りや宴会では皆んな飲んどったわ!」

「昔はそうかもしれないけど、今はダメなんです」

「ちぇっ! かったいのう!」

 マタやんはそう言うと、ふたたびビール瓶片手にフラフラと他の村人の輪に向かっていった。


「なあセイヤ、俺たち本当は異世界で十年過ごしてるから大人なんやけどな」

「確かに中身は大人だし、実際向こうでは酒場で仲間と飲んでたしな。けど、この体は高校生のままだから、やっぱり酒を飲むのはダメなんじゃないかな」

 隣で敏夫やヒッキーも頷いている。


「あれ? そう言えばキョウコはどこ行った? さっきから姿が見えへんようやけど」

 隆二に言われて辺りを見回すも、京子の姿は見当たらない。

「さっきトイレに行くっていってから、姿を見てないでヤンす。そう言えば時間がかかり過ぎてるでヤンす」


 まさかトイレで倒れているなんて事はあるまいと考えていたら、俺たちのいる場所から少し離れた場所の村人の輪の中から京子の声が聞こえてきた。

「マタやん! 酒が足りないろー」

「いやいや、キョウコは飲み過ぎじゃ。もう、そのへんにしとけ!」

「にゃんだとぉ〜〜!」


 京子が一升瓶片手にマタやんに絡んでいる。

「……キョウコむっちゃ飲んどるやん。もうベロベロやで」

 こっちがせっかく自制してたのに、めまいがしてくる。

「やれやれ、村の皆んなに迷惑にならないよう連れて行くか……、んんっ! おい、京子のケモ耳がちょっと出てきてないか?」


 酔っ払った京子をよく見ると、髪の毛がわずかに浮いており、ケモ耳がピョコンと出てきていた。

 向かいで座っているマタやんが気が付いたのか、京子の頭を指差している。

「おろ? キョウコの頭に耳が生えてきとる」


 俺達は慌てて京子の下に駆けつけて、俺と隆二がキョウコを挟み込むように横に座り、左右からキョウコのケモ耳を抑え込んだ。

「ああ〜〜! セイヤとリュウジら〜〜。今までどこに行ってたのら? 二人も飲むのら」

 京子は俺たち二人を見ると、一升瓶を持ち上げて酒を勧めてくる。

「はいはい、キョウコは飲み過ぎだよ。さあ、もう帰って寝よう」


「おいセイヤよ、今、キョウコの頭から耳が生えてなかったか?」

 マタやんが、俺たちが手で押さえたキョウコのケモ耳のあたりを見てくる。

「やだなぁ、もう酔っ払い過ぎですよ。耳は顔の横にあるでしょ? 頭にはありませんので」


 マタやんは「確かに見たんじゃがなぁ」とぶつぶつ呟きながら、腑に落ちない様子である。

 何とか、酔っ払いの幻覚という方向でごまかせそうだと思っていたが、そうはいかなかった。


「そのキョウコの尻に付いとるモフモフしたものは何かの〜〜」

 今度は横にいたゴロウどんの指差す方を見ると、ついに京子は尻尾を出していた。

 手がふさがっている俺と隆二は、慌てて京子の尻尾を足で踏んで隠す。


「イッ! 何すんのよ!」

『ドスッ! ゴッ! ゴーン!』

 京子の尻尾を踏んだ俺と隆二に強烈なボディーブローが炸裂し、ついでに敏夫も巻き添いを食ったが、瞬時にゴーレム装備をまとい難を逃れた。


 ついに京子の姿がさらされてしまったが、酔っ払った村人達は「おっ、余興が始まったのか?」などと言い、拍手などしている。


「あたしの、シッポを踏んだのら! やるなら相手になるのら」

「ゲホッ! ま、待てキョウコ! あっ、皆さんこれはコスプレです」

 京子のケモ耳を押さえて、この宴会場からフェードアウトする予定が、逆に目立ってしまい宴会芸を披露している事になってしまった。


 酔っ払った村人達からは、「いいぞ〜〜、悪い奴をやっつけてやれ!」という無責任なヤジが飛ぶ。

「よおっし、どいつが魔物なんら? やってやるのら!」

 ヤジに合わせて、京子もすっかりやる気である。しかし、酔っ払った京子の相手ほど危ないものはない。

 恐らく手加減なしの本気のパンチを受けたなら、生身の人間では耐えられまい。

「やめろキョウコ! ここには魔物とかいないんだから。だから落ち着けって!」


「魔物がいにゃい〜〜? そんなはずはないのら〜〜、そうだ! ガーゴイルがいるのら!」

 確かに、村には四神様と呼ばれているガーゴイルがいるなと皆で顔を見合わせていたら、京子は「ガーゴイルどこ行った〜〜!」と言いながら、部屋を出て行った。


「ヤバい! キョウコはガーゴイルぶっ飛ばしに行ったぞ。止めないと」

 俺たちも慌てて宴会場を後にした。


………


 ガーゴイルの四神様は、御堂の前に出て来ており、きれいに修理された御堂を眺めていた。

『あの掘建小屋ほったてごやのようだった御堂も、昼間の修理で見事に復活したでござる。いろいろ大変だったでござるが、あの四人には感謝せねばならんな』


 そんな四神様の下に駆けてくる人影があった。


「ガーーゴイーールーー!!」


「おっと、噂をすれば影でござる。あれは獣人のキョウコ殿だな。いやあ、この度はお世話になって、ありがとうござい……」

 四神様が京子に向かってお辞儀をしたその瞬間、京子の大地をえぐりながら繰り出された渾身こんしんのボディーブローが炸裂した。


………


 俺たちが京子を追いかけて四神様の御堂に向かっていたところ、四神様の御堂のある方から京子の「ガーーゴイーールーー!!」という叫び声と、『ドッゴォーーン!!』という辺りが吹き飛んだ音がした。


 時すでに遅し。

 四神様の御堂のあった辺りは大地がえぐれ、修理が終わった御堂も、たくさんのお供物も綺麗さっぱり無くなっていた。


『なんでござるか、なんでござるかーー!!』

 京子の隣で片膝を付いたガーゴイルが、全身をプルプル震わせながら絶叫していた。


「ふぅ〜〜、ガーゴイルは無事だったか」

「あのボディーブローを、よう避けられたな」

 大地をえぐり取る程のボディーブローを避けられたのは奇跡としか言いようがない。

 ガーゴイルが幸運だったのは、京子に向かってお辞儀をしたその時、視界の下から迫るボディーブローが目の前に見えたので、すんでのところでかわすことが出来たのであった。


「ようし、このまま俺たち三人でキョウコを押さえつけて無力化するぞ!」

 そして真ん中の俺は聖鎧を纏った勇者の姿で、聖盾を前に構え突進する。

 俺の右側の隆二は、エルダーリッチの姿で魔法による障壁を作り京子に迫っている。

 敏夫も左側からゴーレム装備を使用して魔法の障壁を作り出して京子に迫る。

「いまだーー!!」


 俺たちの作り出す強力な包囲戦法に対して、京子はこちらをキョトンと見ている。

 俺たちは勝ちを確信した。

 その時までは。


「こしゃくな魔物らめ〜〜、津波返しらーー!!」


『ドッパーン!!』


 俺たちは京子の作り出した衝撃波のために、空高く打ち上げられ「ああ、キョウコには絶対に酒を飲ませない」と固く誓うのだった。


………


『トンテンカン、トントトトン』

 村の大工達の金槌かなづちを使うリズミカルな作業の音が響く。


 京子の強烈なボディーブロー、一発で吹き飛んだ四神様の御堂を再建すべく、村の大工達が集まって朝から工事が行われている。

 ようやく、土台の形が見えて来ただけで、先は長そうである。


 その工事の横では、四神様であるガーゴイルがひとりたたずんでおり、昨日とのあまりにも大きい落差に、村人の哀れを誘っていた。

 表情の分からない石像の魔物であるガーゴイルであるが、肩を落としてしょんぼりと見えたのは気のせいではないだろう。


………


「アイタタタタ! 頭いたい」

 京子が頭を押さえながらうめいている。

 そんな京子の腕を引きながら、俺たちは和尚の待つ部屋に急いでいた。

 今朝、出発のための荷物の整理をしていたら、俺たち五人が和尚に呼ばれたのである。


「キョウコは、今後いっさい酒は飲むなよ!」

「ほんまや。あんなひどい目にあったのは久しぶりやで」

「……ガーゴイル泣いてたね」

「一度にしゃべんないで! 頭に響くし、昨夜のことは何も覚えてないんだから」

 俺たちは、弱りきっている京子に「自業自得だ」と言いながら、寺の廊下を進む。


「ところで、和尚さんに呼ばれているのは、やっぱり夕べの四神様の御堂を破壊したのがバレたでヤンすかね?」

 ヒッキーの言葉に、俺たちも頷く。

 まさか人の力で、あのような破壊はできないと思うだろうが、どこで誰が見てて、露見ろけんしてないとは限らない。

 もしもの時は、皆で酔っ払って壊したと正直に話して、修理の代わりにバイト期間を延長してもらおう。


 そうして、俺たちは和尚の待つ部屋に到着した。

「セイヤです。和尚お呼びと聞きましたが入ってよろしいですか?」

 部屋の前でそう聴くと、和尚からすぐに声がかかった。

「おう、セイヤか。早く入って来い」

 襖を開けて中に五人一緒に入ると、そこには村の四つの寺の和尚全員がそろっていた。


「えっと、これは?」

 俺たちが和尚達の前に五人そろって正座すると、四人の和尚もこちらに向き直る。


「そんなに身構えなくても大丈夫だえ」

 四人の和尚を代表して、朱雀寺の和尚が口を開く。


「あんた達は、白虎寺に雇われたアルバイトだけど、村のためにいろいろ頑張ってくれたからね。それで皆で何かお礼をしたいと思って、以前から話し合ってたのよ」

 どうやら悪い話ではないようだ。


「それで、何が良いか考えたんだけどね、あんた達はファンタジー小説を書くためにバイトしてるっていうじゃないか」

 恐らく、どこかで祐希くんあたりに話したところから、俺たちの目的は伝わったのだろう。


「という訳で、これは少ないけど、あたし達の気持ちだよ。受け取っておくれ」

 朱雀寺の和尚が封筒を取り出して、俺たちの前に差し出した。


 とりあえず、俺が代表して封筒を受け取り、中身を確認すると、五枚のチケットが入っている。

 チケットには、夏のコミケの文字があった。

「こ、これは、コミケの入場券ってヤツでは?」

「ほんまや! もう今年の夏の入場券なんて無理やろって思うとったけど」

「わたし、コミケなんて初めてでヤンす」


 チケットを前にして、急にテンションが上がった俺たちに、朱雀寺の和尚が笑いながら頷く。

「そんなに喜んでもらえたら、用意した甲斐があったというものだえ」


 他の和尚達も同様に、にこやかな笑顔を見せており、俺たちは「ありがとうございました。しっかりと楽しんできます!」とお礼を言って頭を下げた。


………


 いよいよ俺たちが出発する時間となると、ボンストの前には大勢の村人達が押し寄せてきた。

 ここに来た時にも、白虎寺の檀家集の手厚い歓迎を受けたが、今度はその数倍の多さではないかと思われる。

 すでに隆二の呪いの絨毯じゅうたんには、村で採れたたくさんのカボチャや野菜が山積みとなっていた。


「それでは皆さん、大変お世話になりました。わずか数週間でしたが、この村での思い出は俺たち五人の一生の宝物です。本当にありがとうございました!」

 俺のあいさつに合わせて五人全員で頭を下げると、村人達から拍手と歓声が上がった。


「また来年も来いよ。もし鉄砲が必要になったら、いつでも言うんじゃぞ」

「カボチャも必要なら送るからのう」

 マタやんとゴロウどんに、俺たちも笑顔で手を振る。


「先輩達、僕、僕……ありがとうございました!」

 祐希くんが、涙を溜めて俺たちに手を振っている。

 祐希くんには、たっぷりゴーレムコアを渡しておいたので、多少のことでは問題ないだろう。

 ヒッキーもはじめての後輩に、負けじと手を振りかえしている。


 呪いの絨毯は、少しずつ空に浮かび上がり、俺たちの家へと向かって行く。

 俺たちは『ドッキ、ドッキ』の音を聞きながら、ボンストが見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けた。


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