2ー6 嵐の夜の奇跡
今日は昨夜から降り続く大雨で、ボンストに来るお客はほとんど無かった。
いつもは、畑で採れた野菜を持ってくるお年寄り達も、ほとんど顔を見せていない。
アルバイトの俺たちにとっては、畑仕事のお手伝いもない、店もヒマとなれば嬉しい限りであるのだが、こういう時に限って厄介ごとはやって来るものだ。
昼過ぎになると、俺たちと檀家集の主だった者達が集められ、和尚が重苦しい雰囲気で話し始めた。
「皆んな大雨の中、集まってもらってすまない。実は村役場の方から連絡があって、気象庁の予測で、この辺り一帯に集中豪雨が発生する恐れがあるらしい」
「ワシもテレビを見とって、そろそろ危ないかと思うとったが、やっぱりか」
マタやんも苦々しい顔で和尚に応じる。
「そうなんじゃ。役場の話では、今夜が峠になりそうなんで、村人を昼間のうちに避難させたいと。そこで、役場の避難所は広さが足りんので、村の四ヶ寺で残りを収容することになった」
「むう〜〜、やむを得んな。それより、四神川が氾濫せんか、そちらの方が心配じゃ」
「四神川って?」
思わず俺が聴いたところ、ゴロウどんが「あの村の真ん中を流れとる川のことじゃ」と説明してくれる。
「四神川の中洲に四神様を祀った御堂があるんじゃが、大雨が降ると四神様が暴れて川が氾濫するって昔からの言い伝えでなあ」
「それで、我が白虎寺、青龍寺、朱雀寺、玄武寺の四ヶ寺で四神様をお鎮めしとるのよ」
和尚の説明に俺たちがなる程と納得していると、マタやんが「何が四神様じゃ。あれは疫病神じゃい。あんなのはぶっ壊して川に流してやればええんじゃ!」と息巻いた。
「そんな事をしたらバチが当たるぞ。四神様は恐ろしいんじゃ。いつぞやも川の堤防を工事しようとしたら、重機が壊れて動かなくなったり、ケガ人が続出して工事出来なんだだろ。四神様が怒ったんじゃ」
和尚は「まあまあ」とマタやんとゴロウどんの言い合いをなだめると「という訳で、この寺に避難して来る人の誘導と、手伝いをお願いしたい」と話を締めくくり、今後の細かな打ち合わせに入った。
………
俺たちが避難の段取りについて話し合っていたちょうどその頃、四神川の中洲にある四神様を祀った御堂では、大雨が御堂の屋根を激しく叩いていた。
もちろん、そんな大雨の中訪れる人の姿は無かったが、お堂の中から誰かが呟く声が聞こえた。
『むう〜〜、これはまずいでごさる。また川の水かさが増えてきた。急がなければ……』
………
夕方になり、村人達が続々と白虎寺にやって来た。皆雨に濡れて疲れた様子である。
「このまま雨が降り続ければ、四神川の決壊は間違いなさそうだの」
マタやんが降り続く雨を見ながらつぶやくと、ゴロウどんがガックリと肩を落とした。
「せっかく丹精こめた野菜が全部流されてしまうのう」
「なぁに、お前んとこのカボチャは簡単に流されはせん。ワシも持ち上げるのに難儀するしろものじゃからのう」
「そうかのう」
ガッカリするゴロウどんを、マタやんが励ましている。
そんな様子を眺めながら、俺たちは顔を見合わせて、こっそりと誰もいない本堂へやって来た。
お寺全体が村人達の避難所となっていたが、さすがにご本尊を祀る本堂を避難場所とはできず、ここには誰もいなかった。
「さて、どうする?」
「どうするって言っても、あたし達のできることは限られてるわよ。逃げ遅れた人の救助とかなら簡単だけど」
「そうやな、魔族に伝わる極大魔法でも、天候を左右する程の威力は無いしな」
「……四神川の決壊する場所が分かるのなら、ロックウォールの魔法で堤防を補強できるかもしれないけど……」
敏夫のつぶやきに、祐希くんが手を挙げる。
「あ、あの! 僕、中学校で配られた村の災害史って資料を持ってて、それに四神川の決壊した年と場所が記されてるっす。それを使ってなんとか出来ないっすか?」
「私もできる事なら何とかしたいでヤンす。何とか皆で力を合わせてこの村を救えないでヤンすか?」
祐希くんとヒッキーの言葉に、俺たち四人は顔を見合わせると、すでに全員の眼がやる気に満ちていた。
「分かった、やろう! それじゃあユウキは災害史を持って来て、ヒッキーと決壊しそうな場所を特定してくれ。俺たちはこれから四神川に行って、川の様子を確認しよう」
そうして俺は聖鎧をまとい、隆二はエルダーリッチの姿に、京子は獣人の姿に、敏夫はゴーレムを異空間から取り出して乗り込むと、嵐の中を四神川へ突き進んだ。
………
四神川は、降り続く雨にいよいよ水量が増加して、中洲にある四神様の御堂のある塚も水没しそうな状況となっていた。
『まずいでござる、まずいでござる。川の水がいよいよ……、オワーッ、御堂の中まで浸水してきた!』
御堂の中で誰かが騒いでいるちょうどその時、俺たち四人は御堂の前に降り立った。
「これが四神様の御堂か。掘建小屋みたいな大きさだな。もう流される寸前みたいだけど大丈夫……」
「シッ! 今、中から誰かの声が聞こえたんだけど」
京子がケモ耳をピクピクさせ、慌てて俺の話をさえぎる。
しばらく待ってみるも、大雨が御堂の屋根を叩く音と、川の濁流の音しか聞こえない。
「おかしいわね。確かに聞こえたんだけど」
「御堂ごと避難させるかどうかは別にして、取り敢えず中を確認してみようか」
俺たちが御堂の扉を開き中を確認すると、その御堂の中には、四神様の像が一体、置かれていた。
「なあ、これ……」
「ええ、まさかと思うけど……」
「……」
「なんで、こんなところにガーゴイルがおんねん!」
御堂の中には、竜のような頭を持ち、背中からは鳥のような翼を広げ、身体は亀の甲羅のように強固で、下半身は虎のような足が伸びて蛇のような尻尾が生えている石像が鎮座していた。
明らかに、異世界の石像の魔物ガーゴイルである。
『……、わ、我は四神様でござる。ガーゴイルなどと、不敬であろう』
「何が『我は四神様』だ。そもそも自分に様をつけるところからして、ボロが出てるじゃないか」
「それで? いつから四神様とすり替わったの?」
京子が獣人のたくましい右腕でガーゴイルの首根っこを押さえながら聴く。
『す、すり替わってなどおらん! さ、最初からでござる』
「最初から? 異世界の魔物のはずだけど、いつからこの世界に?」
『せっしゃ、確かに異世界のガーゴイルでござる。あれは、今から三百年前の事でござった。我らの世界の魔王様が、勝手に異世界転生をなされて、どこに行ったか分からなくなったでござる。それで、各世界を魔族が手分けして探しているのでござる。しかし、魔王様は見つからないのでござる』
ガーゴイルはしょんぼりとうつむいた。
「見つからないなら、早く異世界に帰れば良いじゃない」
『帰れないでござる! せっしゃ、所詮はガーゴイルでござる。見つかれば魔王様と一緒に帰れるでござるが、見つからなければ使い捨てでござる』
ガーゴイルの哀れな状況に皆が同情したのか、場がしんみりとした。
『最初は、難儀しとる村人達を手助けしたのが始まりでござる。それ以来、四神様と呼ばれるようになり、畑で採れた作物などがお供えされるようになったでござる』
なんだか哀れに思えてきて「なんだ、良いこともしてるじゃないか」と言うものの、京子はその掴んだ首根っこを離さない。
「それで? この川の水かさが増えると、堤防がたびたび決壊するのはなぜ?」
『……さ、さあ、なぜでしょう?』
「本当のことを言わないと、ぶっ壊して粉々に潰す!」
『ま、待つのでござる! 川が増水すると、この御堂が流されるので、ちょこっと堤防を壊しただけでござる!』
ガーゴイルの告白を聞いた京子は、ようやくガーゴイルの掴んでいた首根っこを手放した。
「やっと正直に話したね。安心しな、御堂ごと川の外に運んでやるから」
京子は優しい目をしてそう言うと、俺たちの方を向いた。
京子の言いたい事は、もうすでに俺たち全員が分かっている。以心伝心というやつだろう。
「それじゃあ、あんたはここでじっとしてな! ちょっと揺れるよ!」
俺たち四人は御堂の外に出て、四隅の柱をがっしりと掴んで、御堂ごと地面から引き抜いて空に浮かぶ。
辺りは暴風雨となって、御堂が右へ左へと揺れるものの、俺たち勇者の力で空を飛べば、なんて事ない。
そして、中洲から下流に行った四神川の大きく蛇行している箇所の、堤防のすぐ脇に無事に着地した。
『こ、ここは?』
御堂から出てきたガーゴイルが、怪訝な表情で周りを見渡している。
「さっき空から見てたら、ここが一番決壊しそうだったから、ここにしたよ」
『え? ちょっと? 確かに川の堤防の外ですけど、一番やばい場所でござるよ』
「そうだよ。だから、これからはアンタがこの堤防を守るのさ」
『ドドーン!』
敏夫がストーンウォールの魔法で、堤防の内側に巨大な石壁を出現させた。
しかし、川の中に建てたために、地盤が緩く、川の濁流に押されて徐々に御堂のある堤防の方に倒れて来る。
『オワーッ! せっしゃの御堂が潰されるでござる!』
ガーゴイルは慌てて石壁のとこまで行くと、堤防と石壁に挟まれるような形で石壁が倒れないように支えている。
「ヨシ! これで応急処置できたな」
皆で頷いたところで、ガーゴイルのいる方から『何がヨシじゃあーー!』と絶叫が聞こえてきた。
「これから応援を呼びに行くから、それまでお前はここを死守しとけよ!」
俺たちはそう言うと、フワリと浮かび上がり、白虎寺へ向かうのだった。
………
白虎寺に戻ると、本堂の前でヒッキーと祐希くんが待っていた。
「いやあ、お待たせ、お待たせ。ところで、どうして、本堂の外で待ってるの?」
「それが、本堂に和尚が籠って、お経をあげているでヤンす。なんでも四神様をお鎮めして、四神川の決壊を防ぐとか」
ああ、四神様が異世界の魔物でガーゴイルだって知ったら、村人達は悲しむだろうな。
しかも、川の決壊の張本人だし。
ただ、これからは、本気で川が決壊しないように頑張るとは思うけど。
「もしかして、他の寺でも?」
「確か大雨が降ると、各寺で和尚がお経をあげて、夜を明かすって聞きました」
祐希くんの話に、さてどうするかと考えていると、隆二が「ほな、ちょうどええな」と言い出した。
隆二は本堂の扉を少しだけ開け、小さく「スリープ」とつぶやくと、小さな魔法陣が右手の先に浮かび上がる。
すると、本堂の中から『ドサリ』と人の崩れ落ちる音がして、どうやら和尚に睡眠の魔法をかけたようだ。
「それじゃあこれから、四神様と仏像達に働いてもらう。とりあえず手分けして仏像にゴーレムコアを設置していこう」
俺がそう言うと、ヒッキーや祐希くんも含めた全員が、ご本尊や十二神将の仏像にゴーレムコアをセットしていく。
そうして、仏像達を引き連れて次の寺へ移動しようとしたところで、ヒッキーと祐希くんが俺たちに詰め寄ってきた。
「私もお手伝いしたいでヤンす!」
「僕もお願いします!」
「いや、しかし危ないからなぁ」
一般人が避難指示の出ている川の近くに行くのは、さすがに危ないだろう。
ところが京子が「いいじゃん。一緒に行こう!」と言い出した。
「あたし達は堤防が決壊しないよう駆け回るので手一杯だし、誰かが仏像達に指示を出さないといけないからね」
「もしもの時は、俺たちが全力で助けるから、大丈夫やないか?」
「……何かあっても二人を追跡できるようにマーキングしておくよ……」
「う〜〜ん、それじゃあ、一緒に行こう! でも、くれぐれも危ないと思ったら避難を優先してくれ」
「「はい!」」
そして俺たちは暴風雨の中、四ヶ寺の仏像達を従えて、四神川へと向かうのだった。
………
『も、もうこれ以上は無理でござる。でも御堂を失うという事は、この世界での居場所を失うという事でござる。この姿で外をうろついたら、大騒ぎに……、それだけは、ダメでござる!』
ぶつぶつ独り言をいうガーゴイルの下に、ゴーレムのような仏像の群れが地響きを立てて近付いてきた。
「おーーい、まだ生きてるか〜〜?」
『生きてるでござるーー! 早く助けてほしいでござるーー!』
「よーし、仏像の一部をガーゴイルの応援に当ててくれ!」
「四神様がしゃべってる? というか動いてる?」
「ああ、ユウキは知らなかったか。こちら四神様、元は異世界のガーゴイルだ」
「ええ〜〜、異世界の魔物?」
『驚いているところすまないでござるが、早く助けてほしいでござる!』
そして一番の難所を補強した俺たちは、四神川の決壊しそうな箇所に石壁を出現させて補強していく。
「リュウジとトシオは、ストーンウォールの魔法で石壁を出して、そのまま維持してくれ! ヒッキー達は仏像の移動を指示! 俺とキョウコは危ない箇所のサポートに回るぞ!」
「おう!!!!!」
四神川の水かさは増えるものの、堤防の決壊しそうな箇所を石壁で補強して仏像達が支えている。
このまま峠を越えてくれれば、と皆が思ったところで、四神川の上流の方から『ドドドーン!』という崖くずれのような音が聞こえてきた。
「なんやあれ……」
隆二が思わず呟いて見た先には、巨大な岩の塊が、四神川の濁流に押されるようにゴロゴロと転がりながら、こちらに近づいている様子が見えた。
あんなのが堤防に激突したら、ひとたまりもない。
四神川が決壊すれば、一瞬で村は洪水に見舞われるだろう。
『もう、ダメでござる! あっあっ、御堂のあった中洲の塚が!』
皆が唖然として見ている中、大岩はガーゴイルの御堂が元あった中洲の塚に激突して、中洲の塚は粉々に粉砕され濁流に流されてしまった。
このまま進めば、ガーゴイルが支える四神川の大きく蛇行した難所に、大岩が激突するだろう。
「リュウジ、トシオ! 蛇行した辺りの川の両岸全体をストーンウォールで囲ってくれ! ヒッキーとユウキは仏像を移動させて岩壁を支えて!」
俺があわてて指示を出すと、全員が一斉に動き出す。
「キョウコ、あの大岩を一瞬で良いから止められるか?」
「任しときな!」
京子はそう言うと、「コーー!」と息を吐きながら、空手の息吹のような呼吸法で力を蓄えていくと、おもむろに四神川の中に飛び込んで行き、巨大な衝撃波を巻き起こした。
「津波返し!!」
四神川の押し寄せる濁流が、突然上空に噴き上がり、川底が見える。
大岩が砕ける事は無かったが、川の流れが止まった事で、大岩の動きも止まっていた。
「これで良いかい?」
「上等!」
京子と入れ替わるように四神川に入った俺は、オーバードライブの魔法で加速する。
京子の作ってくれた、この一瞬で勝負を決めなければ。
俺は水の無くなった川底を駆けて、聖剣で大岩に切りつけた。
「ファイナルスラッシュ!!」
異世界での俺の決め技が大岩に炸裂すると、大岩にサイコロ状に亀裂が走り、粉々に砕けていった。
元々大岩であったサイコロ状の石は、その後から押し寄せる濁流に飲まれて、下流へ流れていく。
「やったでヤンすーー!」
堤防に戻った俺が振り返ると、その場にいた全員が大きく拳を振り上げて喜んでいる。
とりあえず最大の山場は、越えたようだ。
………
「んん? ワシとした事が、寝てしもうたのか?」
白虎寺の和尚は、本堂で突っ伏して寝ているところで目が覚めた。
「しもうた! 四神様をお鎮めするという大事なお役目を……、な、なんじゃあこりゃあ!」
和尚の目の前には、いつものとおりご本尊様と周りを固める十二神将の像があったものの、そのどれもが泥だらけだったのである。
つい今し方まで、暴風雨の中にいたように、全身から泥水が滴っている。
「な、何が起こったのか?」
「和尚〜〜、和尚ーー大変じゃあ!」
和尚がご本尊を眺めて唖然としているところに、マタやんが飛び込んできた。
「和尚! 四神川が、四神川が〜〜」
「マタやん? 四神川がどうしたんじゃ!」
「四神川が……、決壊しとらん!」
「そ、そうか。そりゃ良かった……」
「それだけじゃない! 四神様の御堂が、あのいつも決壊する堤防の脇に移動しとる!」
「なんじゃとーー!」
四神川の堤防には、村人が大勢押しかけてきていた。
そこには、青龍寺、玄武寺、朱雀寺の和尚達の姿も見える。
「白虎寺のも着いたかえ。夕べは何が起こったのかえ?」
朱雀寺の和尚が聴いてくるが、こちらもさっぱりである。
「いや、ワシはお経を読んどる間に寝てしもうてな。何も知らんのだ」
「ホッホッホッ。結局、誰一人として起きておられんかったようだの」
「とすると、皆寝てしもうたのか?」
皆を見回すと三人の和尚とも頷いている。
「もしかして、そちらのご本尊もかえ?」
朱雀寺の和尚の言うもしかしてとは、ご本尊が泥だらけだった事だろう。
「ああ、ご本尊だけでなく、十二神将まで泥だらけじゃった」
白虎寺の和尚の言葉に、他の和尚らも「うむ〜〜」と唸った。
堤防脇の地面には、幾つもの大きな足跡が残されている。
「まあ、何にせよ村は救われたのじゃ、これも四神様のおかげよ、ホ〜〜!」
玄武寺の和尚の言葉に、他の和尚達も頷き、四神様の御堂に向かい手を合わせるのであった。




