トイレのノックに相応しいのは?
強烈なアンモニア臭が鼻を刺激する。学校のトイレは、なぜここまで汚いのだろう。掃除係の怠慢か、それともそういう性質なのか。
二人の男子高校生は個室の前に立った。
「トイレのノックって何回が良いんだろうな」
「そんなの二回しかないだろ」
トシキは指を二本立てて答える。
当たり前の回答なのだが、テルヨシは不満顔だ。
「それだと相手の思うがままだろ。絶対扉の奥でニヤニヤしてるぞ」
「トイレでそんな気味悪い争いするなよ」
トシキは手を横に振り、否定した。争いは無駄である。彼の心に、固く刻まれた瞬間であろう。
「トイレってのは心理戦だぞ」
テルヨシは声高に叫ぶ。興奮状態の彼の考えることはさっぱりわからない。
「自分でも何言ってるかわかってないだろ」
「心理ってのはトイレ戦だってんだよ」
「いや逆だから。もっと意味わからんわ」
テルヨシは小便器を指して話した。
「例えば小便器だ。普通は一つ飛ばして使うだろ?俺は二つ飛ばして使うんだよ」
「気持ち悪ッ‼︎絶対隣合わせで使わないといけないじゃないか!」
ニヤリと笑う。待っていた答えのようだ。
「それが狙いだよ。一秒でも後に入ってきた人間に小便を躊躇させる。実に不快であるだろう」
「マジでキモすぎだろ!」
最悪の持論は、当然のように否定された。
しかし、そんなのお構いなしに話を続けた。
「この間さ、久々に左手でケツ拭いたのよ」
唐突に語り出す。百人いれば百人がどうでもいいと答える始まりだ。
「そしたら、左の肩痛めたわ」
「すげえどうでもいい」
まだまだどうでもいい話は止まらない。
「トイレでノックする時に『トイレの神様』のリズムに乗せてノックしてるんだよね」
「お前トイレの神様にぶん殴られろよ」
「じゃあどのノックが良いか教えてくれよ」
「別にいいけど」
了承を得たテルヨシは、手を足の横に添えた。
「コンコン」
「ベタなボケすんな‼︎」
そう言われると、従来のノックの姿勢をし、扉を叩いた。
びょんびょん
「音キモッ!何でそんな音鳴るんだよ」
「骨の中で共鳴させあってるんだよ」
「もっとキモいわ」
ドカドン ドカドン カカドン
「太鼓の達人かよ!」
くぉんくぉん
「ネットリさせんな!」
テルヨシは、トイレの汚い空気で少し呼吸を整えると、歌い始めた。
「トイレには〜♪」
「さっき言ってたノック始めんなよ!」
「ドォン‼︎」
一帯に恐ろしい空気が流れた。ただ事ではない。明らかにやばいやつが降臨したようだ。
「私がトイレの神様だ…!女神様がいるんやで…!」
「そればあちゃんのセリフじゃねえか!ばあちゃん降臨の儀かよ!」
人には守らなければならない時間がある。不意にその時は訪れた。
キーンコンカーンコン
「ガチのチャイムじゃん!新手のノックかと思ったわ‼︎」
「授業、始まっちまったな…」
「最悪だわ。しょうもない話に付き合わなければよかった」
「この話は水に流そう。トイレだけに」
「いい加減にしろ」
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