プロローグ
俺が彼女に会ったのは1年前。
彼女はその時、俺を見上げてこう言った。
「私は君を知ってるよ」
言われた時は初対面であったため、一目見た時の感想が余韻として残る中、意味不明で頭の中が混乱した。
ざわめきが止まない教室の中で、ただ2人、たったの2人が、不思議な空間に包まれる。
「えっと...ごめん。俺は君のこと知らないや」
言うと彼女はガーンの効果音が似合う落ち込み顔をした。
何故そんなに落ち込む?当然の事だろ?高校生活最初の行事である入学式なんだから。
彼女は俯いた顔を上げて、「あと..えっと」と慌てた様子になって言葉に迷っているようだ。
助けてあげたいがこちらとしても何を言えばいいのか分からない。
俺も若干あたふたしながら彼女を落ち着かせるために、顔の引き攣った無理やりな笑顔を見せる。
するとそれに安心したのかどうなのか知らないが、「ご、ごめん」とか細い声音で謝ってきた。
「俺は...別に気にしないんだけどさ、えっと...俺の事を知ってるって?」
「未原くんのことを知ってるってのは...その...」
彼女はまた言葉を詰まらせた。
多分話が噛み合っていないことにどう分かりやすく説明すれば良いのか分からないのだろう。
彼女の言いたいことはさっぱりなのだが、セミロングの茶髪に、少しだけ紅潮する頬、キラリとしたまつ毛が黒く輝く瞳を映えさせる。そんなまた俯く彼女に、心臓がドクンッと高鳴った。
「だ、大丈夫だよ?これから友達として上手くやっていけば良いんだからさ、ね?。それにさ、知ってくれてたならこっちとしても嬉しいしありがたいよ。名前も知ってくれてるみたいだし!」
思わずオタクみたいな早口になってしまった。
でも彼女はそんなのが面白かったらしくクスッと笑って「未原くんって面白いんだね」とありがたいお言葉を貰う。
まぁ、彼女の綺麗な笑いを買えたのだから結果的に良し。と結果論で脳内を片付け、釣られて俺もクスッと笑ってしまった。
でもひとつ引っかかることがあった。
『未原くんって面白いんだね』って事は、中身までは知らない。即ち外見だけを知っていて、当然のことに話したことは無いと表明しているようなもの。
彼女はポケットから携帯を出して、視線をそっちに向けるとカツカツ爪を尖らせる。
「あのさ、LINE交換しよ?」
「...あ、おう」
器用に言葉を発するもんだな。と感心しているとそれが疑問形だったのを思い出して、慌てて同じように携帯を出す。
その時、教室の後方からバンッ!と弾発的な音が響いて、一気に注目が集まるのをよそに入ってきた1人の女子生徒がこっちにダッシュで向かってくる。
一方、目の前の彼女はそれに視線を向けることなく、あたかも当然かのように「はい」とQRコードを見せる。
「宝月彩奈〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「え、ちょ、おい、そんなことっ!」
瞬時に彼女を守ろうとしたが遅かった。
さっきの髪をポニーテールにまとめた女子生徒がガバッと目の前の宝月...だったか?彼女に抱きついて、そのまま俺の方に倒れてくる。
ドタドタドタと物うるさい机が床を擦る音、後ろの机が横の机にぶつかる音。そしてぷにゅっとした両手の感触。
...ん?
「み、未原くん...」
「あ、いや!違うんだ!守ろうとしただけで...」
とっさに彼女の胸から手を引く。おそらくE。
この俺、未原海斗は人生で初めて女子の胸を揉み、父親でもなんでもない彼女、宝月彩奈にビンタされた。
その音は綺麗で彼女にふさわしく、見事に手形で残った俺の頬と彼女の頬は朱色に赤く帯びている。
その感触は1年経った今でも忘れられないものとなったのだった。