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第十五話 練習の一夜

 レンは約束どおり、リョクの家に泊まる事にした。業務終了後にリョクと共に宮廷を出て、ジョ家の門を潜った。

 レンは、リョクとハクと共に夕食を摂った。ハクは今日もレンに酒を勧めてきたが、レンは丁重に断った。今日は頭をはっきりさせておいた方が良いと思ったからだ。

 寝室は、前に泊まった時と同じ部屋だった。今日も寝具はくっついた状態で用意されている。

 部屋に入って二人きりになると、リョクは寝具の上に正座して、レンと向き合った。思わずレンもつられて正座した。

 リョクがレンに、

「今日はよろしく」と言って頭を下げた。その様子に、レンは思わず吹き出した。

「剣術の指南でも受けるのか?」

「そ、そうか……」

 リョクが恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 レンは足を崩した。

「あまり深く考えるなよ。たぶん俺が教える必要なんてそもそもないんだ。好きな人が近くにいたら自然と、その人と触れ合いたいと思うから。みんなただ、したいと思うからそうしているだけなんだ。演技では難しいかもしれないけど、いざとなったら、好きな人が目の前にいる事を想像してみればいいよ」

 リョクがレンの方に正座のまま近づき、レンを抱きしめた。

「こんな風に?」

「あ、ああ。そんな風に」

 リョクがレンを離すと、

「あの……」と言いにくそうな様子で目を伏せた。

「何?」

「レンは、口づけはした事あるか?」

「あるよ」

「やっぱり、あるよな」

「リョクは……ないよな?」

「ああ」

 リョクが覚悟を決めた様子で顔を上げ、

「練習したい」と言った。

 レンは驚いて目を丸めた。

「リョクは、した事ないんだろ?」

「ああ」

「じゃあ、やめておいた方がいい」

「どうして?」

「初めての口づけは、思い出に残るものなんだ。好きな人とするまでしない方がいい」

 レンの脳裏に、ケイと初めて口づけを交わした時の光景が蘇ってきた。あれは今でも美しい思い出だ。

 リョクは真剣な表情で、

「大丈夫だ。だから、頼む」と言った。

「いや、でも……」

 レンがためらっていると、リョクが不意にレンに顔を近づけ、レンの唇に自らの唇を押し当ててきた。

 レンは驚いて言葉を失った。しかし、徐々に冷静さを取り戻すと、全然だめだと思った。力強く押し当てられすぎて、全く気持ち良くないし、情感のかけらもない。

 レンは、両手でリョクの両腕をつかんで、リョクを引き離した。

「だめか?」

 レンに拒否されたと思ったのか、リョクが落胆した様子でうなだれた。それを見て、レンはリョクが気の毒になり、もうどうにでもなれと思った。

 今度は、レンの方からリョクに近付き、リョクの頬に手を添えた。そして、リョクの唇に自らの唇を優しく重ねた。

「――――!」

 リョクが全身を強張らせた。緊張がレンにも伝わって来る。

 レンは一度リョクの唇から唇を離すと、リョクの頬や唇に、短くて優しい口づけを繰り返した。しばらくそれを繰り返していると、徐々にリョクの体から力が抜けていった。

 レンは、リョクの唇を再び塞ぎ、少しだけ舌を出してリョクの唇に触れた。そして、リョクの唇をゆっくりと濡らすと、舌をリョクの口の中に滑らせた。

 深い口づけを続けているうちに、リョクの体からは完全に力が抜けた。レンが離れると、リョクの顔は上気して、目が潤んでいた。

 レンはリョクに、

「どうだった?」と尋ねた。

 リョクはぼんやりとした様子で答えなかった。おそらく、リョクが思っていた感触と全く違っていたのだろう。

「ごめん。びっくりしただろ? だから止めた方がいいって言ったんだ」

 レンはリョクの肩に手を置き、

「もう今日は寝よう?」と言った。

 すると、リョクがレンに抱きついてきた。

「リョク?」

「レン、もう少し」

 レンは驚いた。リョクは口づけの快楽に堕ちてしまったのかもしれない。こういう快楽には中毒性があるから、これぐらいにしておかないとまずいとレンは思った。

「リョク。もういいだろ? もう止めて寝よう」

 レンはリョクをなだめて引き離そうとしたが、リョクは離れずに、レンに口づけをしてきた。それは、最初とは全く違う、扇情的な口づけだった。さすが頭がいいだけあって、覚えるのが早い上、応用力が高い。レンは思わずそんな風に思ってしまった。

 口づけは、相手が応えてくれた方が何倍も気持ちいい。先ほど自分が主導権を握っていた時よりも今の方がずっと気持ち良くて、レンはリョクの口づけを受け入れてしまった。

 翌日の朝。

 目覚めると、レンはリョクと抱き合うような体勢で眠っていた。昨晩、レンとリョクは口づけに夢中になって夜更かしし、いつの間にかそのまま眠ってしまったようだ。

 今になって思い出して、レンは恥ずかしくなった。

《ちょっとやりすぎたよな。だけど、なんとなくこれからは、今まで以上に恋人っぽい雰囲気を醸し出せそうな気がする》

 レンはリョクの寝顔を見ながら、そんな風に思った。

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