ホモニナール
気が合う男性との距離感が近すぎるのか、たまに「お前らデキてるのか?」と言われます。
これって僻みですか?
深夜の実験室にて怪しく光る眼鏡。ニヤリと笑みを浮かべた表情は邪悪なるアルケミストの化身さながらの様相を呈しており、その手に持つ妖しげな錠剤は世にも不思議な異臭を放っていた…………。
「ついにこの時が来たわ……。これぞ我が最高傑作【ホモニナール】よ!!」
白衣を纏いし少女は、錠剤を袋に入れ静かに理科室を後にした―――
「おはよう」
爽やかな朝に輝く美しい笑顔。鍋島高校三年二組柏崎夏希はクラスの人気者として男女問わず絶大な支持を得ていた。
博学才英な上に体術にも長けており、家事全般も自分で熟しモデル並みの容姿で正にパーフェクトソルジャーである。
「…………ッス……」
彼女に比べ、同じく三年二組の丸手太芽男は勉強も出来ず運動神経は最悪。家事は何一つ熟せず容姿すらもかなり酷い正にワーストソルジャーであった。
「ほら太芽男君。頭に目玉焼きが乗ってるわよ?」
「えっ?」
太芽男の頭から冷えた目玉焼きを取る夏希。爽やかな笑顔でそれを太芽男に手渡す。
「朝ご飯の時に急に無くなったと思ったらこんな所にあったんだ…………」
「ふふ、太芽男君らしくて良いと思うな」
「そ、そうかな……はは」
人類カーストの最下層に位置する太芽男にすら優しく声を掛ける夏希は、クラスの天使様として誰からも愛されていた。
(夏希ちゃん……)
太芽男はそんな夏希に恋心を抱いていたが、月とスッポンどころか大宇宙と微粒子レベルで付き合いが取れないと分かっていたため、その恋心が実ることは無いと諦めていた。
「それでは32Pから……夏希さんに読んでもらおうかな」
「はい」
教科書の朗読になるとクラス中が夏希の声に耳を傾け、静かに至福の時を過ごす。
「―――それ以来私は口を開けば「んほぉぉぉぉ!!」と勝手に発してしまう病気になってしまった。正直名家の恥として今すぐにでも自害したい程だが、奴を仕留めるまでは死ねん!!
「アルフィーナ様! 奴の潜伏先が分かりました!!」
「何!? 今すぐ行くぞんほぉぉぉぉ!!」
私は早馬を繰り、奴の潜伏先へと駆け付けた!
(ここか…………)
そこは崖の下に作られた洞窟の様だった。ロープを垂らし慎重に洞窟へと降り立つ―――」
「はい、ありがとう」
太芽男もご多分に漏れず夏希の朗読に心引かれ、コッソリと机の下でボイスレコーダーによる録音を行っていた。
──キーン コーン カーン コーーン……
「おっと、それじゃココまで!」
(よし、トイレでコッソリと聞こうっと!)
太芽男はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべ教室を後にした。
──ガッ!
「!?」
トイレへ入る直前に白衣を着た少女に後ろから襟を捕まれ、太芽男はズルズルと空き教室へと連れ去られる。
「な、何ですか!?」
「大人しくしろ」
教室へ連れ込まれるなり手足を拘束された太芽男。白衣の少女はニヤリと笑みを浮かべた。
「三年二組の丸手太芽男だな?」
「え、ええ……はい」
「お前は選ばれた」
「……は?」
訳が分からないと言った顔で少女を見る太芽男。少女は気にせず話を始めた。
「お前はその身に何が起きても大丈夫だろ? アホでクズでまるでダメだからな……クク」
「何なんですか!? 離して下さい!!」
「お前……ホモにならないか?」
「はぁ!?」
呆ける太芽男にポケットから妖しい錠剤を取り出す少女。
「一粒飲めば忽ちホモなる薬【ホモニナール】だ」
「なりませんよ!!」
「主成分であるホモトキシンが脳細胞に作用して、男好きにしてくれる優れ物だ!」
説明の最中に眼鏡の奥に見えるドス黒いマッド精神。太芽男は少女から唯ならぬ気配を察した。
「昨日完成したばかりのお前が実験第一号だ! どうだ嬉しいだろぅ?」
「結構です……」
「……そうか」
少女はポケットからボイスレコーダーを取り出した。
「!! それは俺の……!!」
少女が再生ボタンを押すと、夏希の美しい朗読が聞こえだす。太芽男の顔はみるみると青ざめ、少女は水を得た魚の如く活き活きとしている。
「選べ。飲むのか飲まないのか……」
「…………飲みます」
盗聴の証拠を取られた太芽男。ゆっくりと口を開き少女が錠剤を一つ口へと放り込んだ。
──ゴクッ
しっかりと飲み込んだ事を確認すると太芽男の拘束を解き、ノートを片手に事の経過を観察し始めた。
「……うっ!」
「おお、始まったか♪」
眼鏡を光らせ科学者冥利に尽きると言わんばかりの少女。
「うう! 何故か……何故か男の裸体ばかり考えてしまう……!!」
「そうかそうか!」
胸に手を当て苦しむ太芽男。フラフラと彷徨い少女へと近付いてゆく。
(こ、このままだと本当にホモになってしまいそうだ…………!!)
太芽男は必死に夏希の事を考えようとするが、褌姿のアニキ達が脳内で暴れ回り夏希は何処かへと消えてしまう…………。
「さあさあさあ! ホモになりなさーい♪」
「く、くう……!!」
太芽男は邪念を振り払おうと無我夢中で手を伸ばしたその時―――!!
──ムニッ……
その手が偶然少女の胸に当たった。
「……!?」
「な、何をするかこの痴れ者!!」
一瞬褌姿のアニキ達が太芽男の脳内から消えた。
(こ、これだ……!!)
──ムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニ!!!!!!!!!!!!
太芽男は必死で少女の胸を揉みまくった!!
「や、やめい!!!!」
恥じらう少女! 苦悶の顔で揉み続ける太芽男!
……が!!
太芽男は気付く―――
(今揉んでるのブラじゃ……?)
そう!!
少女はパッド盛り盛りだったのだ!!!!
自分が必死で揉んでいたのが虚無だった気付くや否や褌姿のアニキ達は再び太芽男の脳内で暴れ出した!!
「くっ……!」
「ククク……! やはりホモニナールには抗えぬ定めよ!!」
──ガラッ!
空き教室の扉が開き、夏希がひょっこりと現れた!
「!?」
鬼の形相で少女の胸を揉む太芽男を見て、夏希は驚き咄嗟に間に割って入った!
「だめぇぇぇぇ!!!!」
「ナイスカットだ夏希!」
「な、夏希ちゃん……!!」
揉む物が無くなりアニキ達に酷く蝕まれる太芽男。最早ホモになるのも時間の問題だ。
「何してるの太芽男君!? 三組の由紀ちゃんの胸を揉むなんて!!」
「助けてくれ夏希! 此奴私の胸を急に!」
ひっそりと夏希の後ろに隠れる少女、由紀。彼女の正体は隣のクラスに席を置く【和合由紀】であった。
よりによって好きな夏希に痴態を知られた上にホモになりそうになり、太芽男の脳内は崩壊寸前であった…………。
「な、夏希ちゃん!! 夏希ちゃんの胸を貸してくれないか!?」
「な、何を言ってるの!?」
咄嗟に胸を両腕で隠す夏希。
「早くしないと俺がホモになってしまうんだ!!」
「訳が分からないわ!? 先生を呼ぶわよ!!」
「おっ! 先生との禁断のボーイズラブが見られそうだぞ……!!」
「そ、そうはさせない……!!」
太芽男は少女に飛び掛かり、ポケットからホモニナールを奪い取った!
「太芽男君!?」
「此奴! 何をする気だ!?」
「へへ、へへへ…………」
──バリッ! バリボリ!!
何をとち狂ったのか、太芽男はホモニナールを大量に摂取し始めた!!
「太芽男君!?」
「そんな事をしてもホモになるだけだぞ!?」
「いや……一粒で忽ちにホモになるならば、二粒で瞬時に。三粒なら光速で。それ以上なら光速を超えて相対性理論的にホモトキシン逆行になるかホモトキシン天元突破するはずだ!!!!」
そして太芽男の脳内に多量のホモトキシンが一気に解き放たれる―――!!
ホモゲージ
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「ケケ……」
「だ、太芽男……くん?」
「何やら様子が変だぞおい」
太芽男はホモ宇宙の始まりを超え、ついに終末から始祖へと旅立った!!
――ホモの法則が乱れる!!――
ホモを超えノンケになった太芽男にもう怖い物は何も無い!!
「夏希ちゃん!!!!」
「は、はいぃ!!」
突然の大声にビックリする夏希。
「夏希ちゃんが好きです!! 付き合って下さい!!!!」
「ゴメンナサイ!!!!」
夏希はいたたまれなくなり教室から逃げ出した!!
「なんだなんだ? 急に告白なんぞ……ホモニナールのキメすぎで頭がおかしく―――」
「う、うう……!!」
ボタボタと涙を零し始めた太芽男。その涙には大量のホモトキシンが含まれている。
「な、泣くな! 女に振られたくらいで泣くな!!」
狼狽える由紀。自らの行動の果てがこうなるとは予想もしておらず、泣きじゃくり膝を抱え始めた太芽男の背中を摩り始めた。
「うわーん!!!!」
「あーもう! 泣くなよ! 私が悪かったよ!!」
由紀は毒気を奪われ、ひたすらに太芽男を慰めた。
「幾ら勉強してもテストは毎回0点だし!!」
「絶対零度ならぬ絶対零点かな……ほら、-273.15点もあるぞ?」
「止まってるサッカーボールすら真面に蹴れないし!!」
「物理の法則すら無視する男気溢れる精神だと思うぞ?」
「ご飯を炊けばいつもベチャベチャかガチガチ!!」
「ご飯を炊くのは意外と難しいんだぞ?」
「夏希ちゃんにもフラれたし、俺は何をやってもダメなんだぁぁぁぁ!!!!」
「…………」
──スリスリ……
太芽男の背中を摩りながら、由紀は静かに語り始めた。
「今日、産まれて初めてホモトキシンの効果に抗う為に私の胸を揉む男を見た。それはかなり凄い事だと思うぞ? 結果的にお前はフラれたけど、こうやって私と出会ったのも何かの縁だ。良かったら今度は勉強や運動が出来る薬でも作ってやるよ……そうだ、今日私の家に来いよ。私の助手にしてやるから一緒に実験しないか?」
「…………それなら……」
「ん、なんだ?」
「胸を大きくする薬を作って飲んでよ…………」
「(#^ω^)ほほう……それは良い考えだ」
こうして、太芽男は由紀の助手として実験に明け暮れた。やがて太芽男は『ガスの元栓を閉めたかどうか心配しなくなる薬』
を開発するのだが、それは遠い遠い未来の話―――




