表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

ー精霊の地ー

ヒュウウゥッと風が鳴る音が響く。

一体何の音かと警戒(けいかい)しつつ耳を澄ました元彌(もとや)の前に、視界を(さえぎ)る分厚い水の壁があった。

元彌(もとや)の守護精霊である凍舞(トウマ)の作り出したその壁は、敵から元彌(もとや)達を守りつつ、彼等をどこか別の場所に運んでくれているようである。その目的地がどこかまでは知らなかったが、凍舞(トウマ)に絶大な信頼を寄せている元彌(もとや)は、何の不安も抱いていなかった。

『どこに…行くんだろう。トラビィサに戻るんじゃないのか…?』

確か移動する前は、他の奴隷の子達はトラビィサの城へ転送したと凍舞(トウマ)は言っていた。

だから自分達もそこに行くものだと思っていたのに、どうやらどこか違う場所に運ばれているらしいと感じた元彌(もとや)は、勘が外れた事に首を傾げつつも、特に焦るでもなく隣に立つ凍舞(トウマ)に目をやる。

そしてごく自然にこう尋ねた。

「ねぇ、凍舞(トウマ)。どこに向かってるの?何となくだけど、トラビィサの城じゃないよね?」

「ああ…違う」

相変わらず短い応えと共に、凍舞(トウマ)の透き通るような青い瞳が元彌(もとや)に向けられる。男とわかっていても、一瞬ドキリとするほど美しいその顔に、(わず)かに(うれ)いの表情を浮かべながら、凍舞(トウマ)は淡々とこう語った。

「…このまま大地の女王の元へ行く」

「はぁっ⁉︎ちょ、ちょっと待って?大地の女王がどこに居るのか知ってんの、凍舞(トウマ)⁉︎」

「もちろん知っている」

「もちろんって…じゃあなんで最初からそう言ってくれないの⁉︎」


思わず元彌(もとや)がそう叫ぶ。確か大地の女王以下、すべての大地の精霊が国から消えたとダーミッシュ伯爵が語った時、凍舞(トウマ)は特に何の反応も示さなかった。

だから凍舞(トウマ)も女王達の行方は知らないものだと元彌(もとや)は思い込んでいたが、実は居場所は知っていたという。

そうなるとなぜあの場で何も言わなかったのかという事になるのだが、その理由を凍舞(トウマ)は何でもない事のようにこう答えた。

「特に聞かれなかったからな。それにあの段階で居場所だけわかっても、何の(えき)もない」

「いやいやいや…女王の居場所がわかってるのとわかってないのでは、行って来るほど違うからね⁉居場所さえわかっていれば、俺だって旅立つ前にもう少し詳しい話も聞けたし、この子だってもっと穏便な方法で助けられたかもしれないだろう?」

そう言って元彌(もとや)(まく)し立てたが、凍舞(トウマ)の方はまったく動揺も見せずにこう答える。

「無理だな…。あの段階で女王の前に立とうものなら、一瞬で八つ裂きにされる」

「え?またまた、そんな…」

「言っただろう?精霊は自分の欲求に素直だと。我が子を奪われて、逆上している女王に会ったところで話など出来ん。腹いせで八つ裂きにされるのがオチだ」

きっぱりとそう言われ、さすがにそれはないだろう言いかけた元彌(もとや)に、彼等の近くに控えていた精霊の子がやんわりと肯定する。

「そうですね。母ならきっとそうすると思います」

「…わぁお、なかなかにハードなご性格のようで…」

ダラダラと(あお)ざめた顔に冷や汗を流しつつ、元彌(もとや)は引きつった笑いを浮かべてそう呟く。

いくら何でもハード過ぎだろっ⁉︎とツッコミたいところだが、種族が違えば常識も違う。

だから人間ではない彼等にとって、それは当たり前の感覚なのかもしれない。そう思ってはみたが、それでも心のどこかで納得出来ずにいる元彌(もとや)に、さすがに言葉足らずだと気付いたのか、凍舞(トウマ)が静かにこう付け加えた。


「それほど精霊にとって、子は大事だという事だ。我々は人間に比べてかなり長寿だが、その分 繁殖力はかなり低い。子が生まれる事など、種族全体でも数百年に一度あるかないかだ」

「え、そんなに少ないの⁉︎じゃあ夫婦によっては一度も子に恵まれないって事も…?」

「…ザラにある。だからこそ生まれた子は、一族全員から大事にされる」

「そ、そっか…。それだったら確かに、めちゃくちゃ怒っても仕方ないかも…」

何となくではあるが、少し状況を飲み込めた元彌(もとや)がそう呟く。するとその言葉を受けて、精霊の子が穏やかにこう語りかけてきた。

「本当に何から何までお世話になりまして…ありがとうこざいます、元彌(もとや)様」

「へっ⁉︎いや…君を助けたのは俺じゃなくて、凍舞(トウマ)だからね⁉︎俺は何もしてないよ?」

慌ててそう否定する元彌(もとや)に、精霊の子が静かに首を横に振る。そしてはっきりと凍舞(トウマ)の事も見据(みす)えながら、穏やかにこう答えた。

「確かに直接的に助けてくださったのは、水の御方になるでしょう。でも元彌(もとや)様が願って下さらなかったら、あの御方が動く事はなかったはずです」

「そ…そんな事は…」

「いえ同じ精霊とはいえ、私達は属性が異なればお互いに関わり合いを持ちたがらない種族です。特にあの御方は、同族の方々とも距離を置かれているとお聞きしています」

「え、凍舞(トウマ)が…?」

思わずそう聞き返すと、精霊の子が静かに頷き返す。

それを受けて考え直してみた元彌(もとや)は、凍舞(トウマ)と出会った時、彼が一人で氷の洞窟に居た事を思い出した。

今まで特に気にもしていなかったが、目の前に居る精霊の子は、たくさんの同族達と一緒に暮らし、人間のように交流があるような口振りである。

そうなると出会った時に氷の洞窟に一人で居た凍舞(トウマ)は、やはり『例外』という事になるのだろうか?

そう元彌(もとや)が考えた時、その考えを吹き飛ばすかのように凍舞(トウマ)がこう告げた。

「着いたぞ」

「えっ?着いたって、どこに…?」

「決まっている。大地の女王の領域だ」

そう言うや否や、凍舞(トウマ)はスゥッと右手を横に振る。

途端に今まで元彌(もとや)達を護り運んでいた水の壁が、唐突にその姿を崩した。


ザァッとまるでカーテンを(めく)るかのように、左端から右端にかけて、水の渦が流れと共に鮮やかにその姿を消していく。代わりに目の前に広がったのは、キラキラと輝く美しい森だった。

まるで木自身がそれぞれ光を蓄えているかのように、葉の一枚一枚に至るまでほんのりと白く輝き、その下には名も知らない色とりどりの花々が、それぞれの色を主張しながら咲き誇っている。

ここがどこなのか知らなくても、一目で特別な領域だとわかるほど、美しい場所だった。

その光景に思わず圧倒されつつも、自然と元彌(もとや)の口から一つの言葉が零れ落ちる。

「ここが…大地の女王の領域…」

茫然(ぼうぜん)としながら、それ以上何も言えずに立ち尽くす元彌(もとや)に対し、相変わらず凍舞(トウマ)は何も語らない。

代わりにその場で口を開いたのは、連れて来た精霊の子の方だった。

「母様…っ!」

吾子(あこ)…‼︎』

頭の中に歓喜に満ちた心声(こえ)が響き渡る。

そしてザァッと大きく風が()ぐと、その場にたくさんの人々を従えた、一人の美しい女性が現れた。

(ゆる)やかに波打つ長い金髪に、宝石のように燦然(さんぜん)と輝く緑の瞳。理想的に配置された目鼻立ちは、色気よりむしろ神々しさを感じさせ、その完璧な身体のラインと共に女神の彫像のような印象を(かも)し出している。

例えるなら春そのものを具現化(ぐげんか)したような、そんな完璧な美貌(びぼう)を備えた美女だった。

元彌(もとや)もこの世界に来てから、たくさんの人達を見てきたが、それでも凍舞(トウマ)に匹敵するほどの美女に出会ったのはこれが初めてである。それほど彼女の美貌(びぼう)は抜きん出ており、その存在感はそこに在るすべての者達を圧倒して余りあるものだった。


そしてそんな美女向かって、お世辞にも綺麗(きれい)は言い難い身なりの子供が、勢い良く駆け寄って抱きついていく。

「母様、母様…っ!」

吾子(あこ)…!よくぞ無事で…」

ヒシッと固く抱き合う親子の姿に、思わず我が事のように気持ちがほっこりするのを感じながら、ふと元彌(もとや)は気づいてしまった。

『あれ…?さっき俺、凍舞(トウマ)に匹敵する美女だって思った…?』

間違いなく今そこに居るのは、大地の女王。

大地の精霊達のトップであり、この場でもっとも魔力に(あふ)れた存在である。魔力の強さがそのまま容姿の美しさに比例するという精霊にとって、彼女の美貌(びぼう)は圧倒的に他から抜きん出ているはずであった。

ところがそんな彼女を見て、自分は『凍舞(トウマ)に匹敵する美女』だと思った。つまりそれは凍舞(トウマ)の持つ魔力が、大地の女王のそれに匹敵しているという事になる。

「え…?それってつまり…」

思わずそう口走った元彌(もとや)の耳に、ふいに(うるわ)しい女性の声が響く。それは元彌(もとや)に対してではなく、彼の隣に立つ守護精霊に対して向けられた言葉だった。

「久方振りですね、水の御方。同じ一族の者達すら遠ざけ、結界の奥深くに(こも)って居られると聞き及んでおりましたが…一体いつから人間などに仕えるようになったのです?」

少し毒のある物言いで、大地の女王が自分の後ろに控える凍舞(トウマ)()め付ける。整い過ぎるほど整った容姿の女王に(すこ)まれ、美人って(すご)むとこんなに怖いのかとビビりまくる元彌(もとや)に対し、実際に敵意を向けられた凍舞(トウマ)の方はというと、どこ吹く風でこう答えた。


「ちょうど二日前からだな…。(はなは)だ不本意な事ではあるが、仕方ない」

相変わらず表情一つ変えずに淡々と事実を述べる凍舞(トウマ)に対し、元彌(もとや)凍舞(トウマ)らしいと呆れながらも、その関係性がまったく予想出来ずにひどく戸惑う。

先ほど違う種族の精霊同士は、あまり交流がないものだと聞いただけに、このよくわからない親しさは一体何なんだ?と首を(ひね)った元彌(もとや)は、ふと有り得なくもない一つの可能性に辿り着いてしまった。

『…あれ?もしかして、女王が凍舞(トウマ)の元カノって事はない…よねっ⁉︎な、何か単なる知り合いにしちゃあ、随分親しげだし?ま、まぁあの子の父親が凍舞(トウマ)って事はないとは思うけど、でもまったく普通の関係でもなさそうな…?』

元彌(もとや)が一人青くなったり赤くなったりしていると、その思考を読んだかのように女王の声が響いた。

「ふふ…っ、相変わらずな物言いですこと…。貴方のそういう所が良いと水の者達は申しますけれど、私には到底 理解出来ませんね」

サラリと言外に『凍舞(トウマ)の元カノ説』を否定されたのを感じながら、元彌(もとや)はじゃあ二人の関係は何なんだ⁉︎と自らの(かたわ)ら立つ守護精霊へと視線を送る。

すると凍舞(トウマ)は、女王の失礼な物言いも気にした風もなく、あっさりとこう答えた。

「…同感だ。私も何故あいつらが、そうまでして私に(こだわ)り続けるのかがわからない」

相変わらず他人事のようにそう言い放つと、凍舞(トウマ)はひどく面倒くさそうに溜め息をつく。

その本気でどうでも良さそうな態度に、元彌(もとや)は思わず心の中でツッコミを入れていた。


『あの…もしもし凍舞(トウマ)さん?もしかしてとは思いますが、貴方かなりおモテになるんでしょうかね?そりゃ男にしとくのが惜しいほどの美人だし?魔力の強さ=容姿の美しさという種族でいうなら、間違いなく俺の世界でいうところの勝ち組、エリートってやつですよねぇ?となるとあれだ。貴方はあまりもモテすぎたが故に、疲れて引きこもってしまったっていうやつなんですかねぇっ⁉︎』

若干イラッとしながら凍舞(トウマ)を睨みつけると、凍舞(トウマ)の方も視線を感じたのか無言で元彌(もとや)を見つめ返す。

完全に八つ当たりだという自覚はあったが、それでも生まれてこの方、脇役でしかなかって元彌(もとや)に言わせれば凍舞(トウマ)のそれは贅沢(ぜいたく)過ぎる悩みである。

『くぅ…っ!これだからイケメンって奴は…。数多(あまた)居る脇役達の気持ちも、少しは考えてくれよなっ⁉︎』

と心の中で悪態をついていると、凍舞(トウマ)怪訝(けげん)な顔でこう尋ねてきた。

「…私が何かしたか、元彌(もとや)?」

「いいえ〜?別に何もありませんけどぉ?」

「何もないという態度じゃないんだが…」

「あー…まぁそうっすね。うん、でも単なる(ひが)みだから気にしないで」

引きつった笑顔でそう答えると、凍舞(トウマ)はますますわからないといった顔で首を傾げる。

そもそも生まれつき持っている者に、持たざる者の気持ちを分かれというのは無理がある話だ。

だがそれでもこればっかりは、自分も人間が出来てないのだからしょうがない。


そう思って開き直っていたら、ふいに離れたところから楽しげな含み笑いが聞こえてきた。

思わず声のした方に目を向けると、なんと大地の女王が実に楽しげに笑っている。訳も分からず凍舞(トウマ)と二人、呆然とそれを見つめていると、その視線に気付いた女王が、笑いを収めてこう話しかけてきた。

「しばらくお会いしない間に、水の御方は随分と丸くなられましたね。少し前の貴方でしたら、相手の事など気にもされなかったはずですのに…。一体いつからそんなに人間臭くなられたのです?」

「人間臭い…?私が?」

「ええ…元々精霊の中でも、水の種族の者は感情の起伏が少ないと言われておりますが、その中でも貴方は特に感情が少ない方として有名でした。けれど今は、実に感情豊かに表情に出していらっしゃる。これが人間臭くなったと言わずにおられましょうか」

にこやかにそしてきっぱりと言い切る女王に、嘘はまったく感じられない。 だが元彌(もとや)は首を(ひね)る。

昔の凍舞(トウマ)は、感情の起伏がほとんどなかったと女王は言ったが、元彌(もとや)の知る限り凍舞(トウマ)は最初からこんな感じだったように思う。確かいきなり怒鳴られたし、(つか)み掛かられたし、呆れられたり馬鹿にされたりもした。

でもなんだかんだ言いつつも、元彌(もとや)を見捨てずこうして護り助けてくれている。だから口数こそ少ないが、むしろ感情は豊かな方だと思っていたのだが、周りの精霊達の凍舞(トウマ)に対する印象は一体どういう事なんだ⁉︎


そう思った元彌(もとや)は、思わずその疑問を口にしていた。

「こいつが感情に(とぼ)しい…?確かに口数は少ないし、表情にも出にくいみたいだけど…でも別に感情がない訳じゃないのは、見ればすぐわかるじゃないか」

不審そうにそう呟くと、途端に大地の女王がさらに楽しげに、そして凍舞(トウマ)がひどく嫌そうな表情になる。

その理由がよくわからず、元彌(もとや)怪訝(けげん)な表情を見せると、女王がにこやかにこう話しかけてきた。

「なるほど…元彌(もとや)様からご覧になると、水の御方は感情が表情に出にくいだけですか」

「うん。ちょっとわかりにくいだけで、むしろ感情は豊かな方だと思うんだけど…」

そう正直に答えると、元彌(もとや)の意見を補足するからのように、横から精霊の子が口を開く。

「お母様…。元彌(もとや)様の(おっしゃ)られる通り、水の御方は変わられました。私を人買い達からお救い下さったのは、元彌(もとや)様と水の御方です」

そう子供が話すと、女王はふいに一人の母親の顔で愛しげに我が子の頭を撫で、その後スッと元彌(もとや)凍舞(トウマ)に向き直ると(こうべ)を垂れて(ひざまず)いた。

そしてそんな女王に(なら)って、その場に居た全ての大地の精霊がザッと同じように頭を垂れて跪く。

その突然の行動に、呆気に取られる元彌(もとや)に対し、女王はそのまま優雅に口上を述べ始めた。

元彌(もとや)様、水の御方…。我が吾子(あこ)を人間達から取り戻していただき感謝致します」

「あ…いや、元々の原因は一部の良くない人達が仕出(しで)かした事であって、礼を言われるほどの事は何も…。それにこの子を助けてくれたのは凍舞(トウマ)であって、俺は何もしてないよ」


慌ててそう否定する元彌(もとや)に対し、女王は静かに首を横に振る。そして確信めいた口調でこう続けた。

「いいえ…元彌(もとや)様は飢える我が子に、快く食べ物を分け与えてくださいました。そして自らの危険も(かえり)みずに、助けに行ってくださいました。元彌(もとや)様がいらっしゃらなかったら、こうして吾子(あこ)が無事に戻ってくる事はありませんでした。このお礼はいかにして、お返ししたらよろしいでしょうか?」

「あ。それだったら大地の精霊の皆さんに、元の土地に戻るよう言って貰えます?人買い達のせいで、たくさんの関係ない人達が困ってるみたいなので」

そう元彌(もとや)が答えると、女王が驚きで目を見張る。

それを見て、何か変な事でも言ったか?と首を傾げる元彌(もとや)に、女王は信じられないとばかりにこう呟いた。

「…そんな事でよろしいのですか?」

「え?逆にそれ以外に何かある?」

「例えばお金や宝物、特別な守護や永遠の命など…もっとこう、ご自身の為になるようなものは願われないので…?」

そう提案した女王に対し、元彌(もとや)は実にあっけらかんとした態度でこう答える。

「うーん…でもお金は必要以上にあってもしょうがないし、宝物は持ち歩くの面倒そうだし…?あと凍舞(トウマ)が居るから守護も必要ないし、個人的に永遠の命とかも興味ないんだよね」

そうさらりと元彌(もとや)が答えると、今度は他の精霊達が驚きで絶句する。だが元彌(もとや)は元々楽しく生きられれば、物欲も名誉欲もないタイプだったので、急に何でもしてやると言われても特に何も思いつかないのだ。

それだったら確実に困っている人達の願いを叶えた方が、よっぽど有意義だろうと思ったのだが、何かそれがおかしかったのだろうか?と妙な不安に駆られたところで、女王が急に笑い出した。


突然の事に、今度は元彌(もとや)の方が唖然として黙り込んでいると、女王の方がやけに納得したようにこう呟く。

「さすがは水の御方の選んだ主人。人間とは欲の塊とばかり思っておりましたが、元彌(もとや)様のような方もいらっしゃるのですね…」

「え、変かな…?」

「いえ、我々精霊にとっては非常に好ましい御方かと。ただその分、ご苦労もされておられるのではないかと推察致します」

にこやかに悪気なくそう答えられ、元彌(もとや)はそうかな?と首を(ひね)る。まぁそう言われてみれば、学生時代はバイト先のさして仲良くもない同僚に、金を貸してくれと頼み込まれ、貸したらそのまま行方をくらまされた事は何度かあった。あとある友人に貸したはずの物が、いつの間にか全然関係もない奴等の間に回覧されてて、そのまま戻って来なかった事もよくあった。

他にも部屋に遊びに来た知人に、勝手に服やら鞄やらを持ち去られた事もあったし、ちょっといいなと思っていた女性に、良いようにアゴで使われた挙句、あっさりと捨てられた事もあった。

その都度、自分なりに落ち込んだり腹を立ててみたりもしたが、結局すぐどうでも良くなって、特に問題視もしていなかったのだが、もしかしてこれは普通ではないのだろうか?

だが元彌(もとや)にしてみれば、いくら後悔してみたところで、起こってしまった事実は変えられないし、結果にはすべてそれに伴う原因もある。

自分の場合は、そうやって相手につけ込まれる隙があったからで、そして心のどこかでそうなっても仕方ないとしていた自分が居たからだと思う。

なので責任の一端は、自分にもあると思っていたのだが、普通はそうではないのだろうか…?

そう思っていたら、その考えを読んだかのように女王がこう語りかけてきた。


「あるがままを受け入れ、物事を冷静に判断する…。欲深い人間にとって、それはとても難しい事だと思いませんか?」

「はい?」

急に謎かけのような言葉を言われ、一体何の事かわからず元彌(もとや)がそう聞き返すと、女王は特に気にした風もなくこう続ける。

「人間は自分が不利益を(こうむ)った場合、何かと理由をつけては、それを他者や運のせいにしたがるものです。けれど元彌(もとや)様は冷静に状況を判断され、自身の非をお認めになる事も(いと)わない…。なかなか出来る事ではありませんよ」

そう美人な女王に褒められ、元彌(もとや)は少し照れながらも盛大に首を横に振る。何故か女王の中で、自分への評価が高くなっているようだが、そもそも自分はさして立派な人間ではない。今回の件も、たまたまそ日本人特有の気質で物事を曖昧(あいまい)にしてきた結果、たまたま良い方向に向かっただけの話だ。崇高(すうこう)な目的もなければ、特に褒められるほどの内容でもない。

それに自分の行動自体が、刷り込みのように教えられてきた日本人の道徳観に()るものなので、正直それがこの世界の常識に当てはまっているとは言い難い。

ただ自分がそれ以外の価値観を知らないので、自然とそうしてしまうだけなのである。

『まぁ物事を白黒だけで判断するという精霊にとって、グレーな考え方をするってのは、予想もつかない事なんだろうな。Noと言えない日本人は、欧米人にとっても異色な人種らしいし…。ましてや住んでいる世界も種族も違う者が、到底理解出来るはずもない』

そう元彌(もとや)は判断したが、女王の反応は違っていた。


彼女は(ひざまず)いたまま、再び深く(こえべ)を垂れると、よく通る美しい声でこう宣言したのだ。

元彌(もとや)様…。改めて吾子(あこ)をお救いいただき、御礼を申し上げます。此度(こたび)の事は非常に許し難き事なれど、それでも貴方様がそう申されるのならば、全てを水に流し、配下の者達を元の土地に戻しましょう」

「あ…うん。そうしてくれると助かるかな」

思わず気圧されつつも、元彌(もとや)呑気(のんき)にそう答えると、それを受けて女王がニッコリと笑う。

その笑顔に何となく嫌な予感を感じた途端、女王が実にとんでもない事を言い出したのだ。

「つきましては、元彌(もとや)様。私からも少々お願い事がございまして…」

「お、お願い…?俺に??」

「はい。ここに居る我が吾子(あこ)を、ぜひ貴方様の同行者として、お連れいただけないでしょうか?」

一瞬何を言われたのか、わからなかった。

聞こえなかったわけではないが、脳が理解を拒否したような気がして、ゆっくりと頭の中で女王に言われた言葉を反芻(はんすう)してみる。

『…えーっと、女王は何て言った?確かここに居る自分の子を俺の同行者に…そう、同行者…。んんっ⁉︎ど、同行者ぁっ⁉︎』

その言葉の意味を理解した途端、思わず元彌(もとや)の口から驚きの叫びが漏れる。

「は…ぁあああっ⁉︎」

「よろしいでしょうか?」

「はっ?え?よ、よろしいも何も…えぇっ⁉︎な、何がどうしてそうなったのっ⁉︎」


軽くパニックになりながらもそう尋ねると、女王はにべもなくこう答える。

元彌(もとや)様は…吾子(あこ)をお助けくださった礼は、元の土地に精霊が戻る事だけでいいと仰る。しかしそれだと、元彌(もとや)様ご自身への還元にはなっておりません」

「え…っと…まぁ、そうなるの…かな?」

「はい。そして元彌(もとや)様はお金や宝物、特別な守護や永遠の命など、普通の人間が欲しがるような物には興味がないと(おっしゃ)る。となると、我々には現時点で元彌(もとや)様にお返しできるものが、何もございません」

「は…はぁ」

「そこで受けたご恩を返し終わるまで、吾子(あこ)元彌(もとや)様に同行させたく…お許しいただけますでしょうか?」

突然思ってもいなかった提案をされ、元彌(もとや)はパニクりつつも必死でそれを断ろうとした。

そもそもやっと親元に帰れた子を、また親から引き離して連れ歩くだなんて、とんでもない話だ。

子供は親と共に在るべきで、自分なんかと共に居るべきではない。そう思うのに、なんと(くだん)の精霊の子からも、元彌(もとや)への不満の言葉が(こぼ)れ落ちる。

元彌(もとや)様…私では足手(あしで)(まと)いでしょうか?確かに元彌(もとや)様には、すでに水の御方がいらっしゃいますが…」

「へっ?いや…その…せっかくお母さんの元に戻れたのに、なんでまた俺と旅に出る必要があるの?ここに帰りたかったんでしょ?」

思わずそう突っ込むと、精霊の子は人懐っこい笑みを浮かべながらこう答える。


「…確かに突然連れ去られましたので、帰りたいとは思っていました。けれど元々近いうちに、旅立つ予定ではあったのです」

「へ⁉︎どういう事⁉︎」

突然思いもかけない事を言われ、元彌(もとや)がわかりやすく動揺する。すると精霊の子は、丁寧にわかりやすくその理由を教えてくれた。

「我々大地の精霊は、成人する際に二つの道のどちらかを選びます。一つはこの聖域で、女王と共に世界を支える(いしずえ)となる事。もう一つはこの地を離れ、自分に合う土地へと移動しそこに根ざす事。ただし私の場合は女王の後を継ぐ者ですので、後者の道を選ぶ事は出来ません」

淡々とそう語りながら、精霊の子がひどく大人びた表情を見せる。そして子供はにべもなく、こう告げた。

「しかし母女王が健在の今、この地で私がすべき事はあまりないのです。ですからこういう時期の次代は、知見(ちけん)を広める上でもあえてこの地を離れ、世界を旅して回るのです」

「え?そ、そうなんだ??」

「はい。ですので特に行き先も決まってない旅ですので、ご恩をお返しがてら元彌(もとや)様に同行させていただければ、私も助かります」

ニッコリと微笑みながら、精霊の子がそう告げる。

見た目こそまだ幼い子供だが、そこは何百年と生きる精霊、考えも口調もすでに大人のそれであった。


それを受けて、元彌(もとや)は迷ったように自らの後ろに控える凍舞(トウマ)へと視線を送る。するとその意を汲んで、凍舞(トウマ)が彼らしく淡々とこう答えた。

「…好きにするといい。私は気にしない」

「ホントに…?無理してない?」

「別に私の事を気にする必要はないと言っただろう?お前の旅なんだ、好きにするといい」

そう冷たく言い放った凍舞(トウマ)だったが、元彌(もとや)は納得いかないとばかりに詰め寄って来る。

「いや、凍舞(トウマ)の旅でもあるだろ?それに俺のせいで、行きたくもない旅に連れ出してるわけだし…。それに凍舞(トウマ)は俺が来るまで、ずっと一人で引き(こも)ってたそうじゃないか。そんなぼっち大好き凍舞(トウマ)に、無駄に精神的な苦痛を与え続けるわけにはいかないんだよ!」

そう真面目に元彌(もとや)が言い(つの)ると、途端に周囲から実に楽しげな含み笑いが聞こえてくる。

びっくりして周りを見回すと、女王を始めその場に居た全員が、笑いを(こら)えきれずに肩を震わせていた。

そんな中、凍舞(トウマ)だけがまるで苦虫を噛み潰したような表情で、そこに立っている。

そして心底嫌そうな顔ですら見惚れるほど美しい凍舞(トウマ)が、呆れたような溜め息と共にこう呟いた。

元彌(もとや)、お前は私を何だと思ってるんだ?」

「んー…ヒッキーでコミュ障なツンデレ?」

「ヒッキー…?コミュ障?なんだそれは?」

「あ、ヒッキーってのはね、引き(こも)りの人の事ね。コミュ障はコミュニケーション障害の略、ツンデレは思ってる事と逆な事をしたり言ったりする、とっても素直じゃない人の事だよ」


そう元彌(もとや)が解説すると、(こら)え切れなくなった大地の精霊達が、声を上げて笑い出す。

そして何がおかしかったのかと首を傾げる元彌(もとや)に向かい、軽く額に手を添えた凍舞(トウマ)がボソッとこう呟いた。

「…つまりお前から見た私の印象は、そういう感じなんだな…?」

「え?逆に他の人にはどう見えてんの?」

そう元彌(もとや)が聞き返すと、その疑問に応えるべく、笑いをおさめて女王が口を開く。

「ふふ…っ、失礼ながら水の御方をそう評するのは、世界広しと言えど元彌(もとや)様だけでしょうね」

「え、嘘?俺だけなのっ⁉︎」

「はい。そもそも元彌(もとや)様は、彼の御方が表現するのが苦手なだけで、実に感情豊かだと言っておられましたが、少なくとも私達の知るこの御方は、そういう方ではありません」

「え、どう違うの?」

キョトンとする元彌(もとや)に、女王が穏やかに微笑みながら言葉を続ける。

「良くも悪くも全ての事に無関心…とでも申しましょうか。少なくとも以前のこの御方なら余程の事でもない限り、我等の前に姿を現わす事はなかったはずです。ましてや他の誰かの為に動いたり、関係のない者を助けたりなど、考えもされなかった事でしょう」

そう語りつつ、女王は自らの視線を元彌(もとや)へと移す。

そして女王の美しい緑の瞳が元彌(もとや)の姿を(とら)えると、彼女は静かにこう続けた。

「…貴方様が変えたのですよ、元彌(もとや)様。私は彼の御方とそれなりに長い付き合いですが、あんなに感情豊かに誰かと接する姿をを見たのは初めてです」

「え、嘘…マジで…?」

「はい、神に誓って」

あっさりと神にまで誓われ、元彌(もとや)が呆然とする。

自分と凍舞(トウマ)は、出会ってまだ二日。

誰から見ても、まだまだこれからの関係だと思う。

それなのに凍舞(トウマ)は、すでにこの場に居る誰よりも自分に心を許してくれていると言う。

その事が照れ臭くもあり、純粋に嬉しくも感じた。


でもそれは裏を返せば、それだけ今の状態が凍舞(トウマ)にとって非常に不自然だという事でもある。

なので改めて自分の仕出(しで)かした事の重大さを理解した元彌(もとや)は、誰が見てもわかるほどシュンとしながらも、凍舞(トウマ)に向かってこう呟いた。

「改めてごめん…凍舞(トウマ)。俺が考えなしだったせいで、苦手な人前に引っ張り出す事になって…」

「別に…。きっかけはお前との主従契約ではあるが、最終的にこうする事を選んだのは私自身だ。お前が気に病むことではない」

「で、でも…っ」

「私が良いと言っている。忘れたのか?私はいつでもお前との契約など反故(ほご)に出来るのだという事を…」

相変わらず淡々と、何の感情も読み取れない様子で凍舞(トウマ)が答える。それでも元彌(もとや)にはわかってしまった。

それが凍舞(トウマ)なりの精一杯の気遣いだという事を…。

だから元彌(もとや)は少し困ったような、はにかんだような表情でこう返す。

「…うん、理論的に出来るのは知ってる。でも凍舞(トウマ)反故(ほご)にはしないだろう?だって主従契約を切るには、俺を殺さないといけないからね」

そう告げた元彌(もとや)に対し、凍舞(トウマ)は何も答えなかった。

そして元彌(もとや)は、そのまま続けてこう語る。

「だから…ごめんね?俺はまだ死にたくないからさ。凍舞(トウマ)には悪いけど、当分は俺の我儘(わがまま)に付き合ってよ」

ニコッと笑ってそう言い切ると、凍舞(トウマ)は仕方ないなと言わんばかりに溜め息をつく。

そしてそれを無言の了承と受け取った元彌(もとや)は、改めて精霊の子に向き直り穏やかにこう答えた。

「恩を返すとかそういうのはどうでもいいんだけど、君が一人旅をするのは俺も心配かな…?一度攫われているわけだしね。だから君さえ良ければ歓迎するよ。旅は道連れと言うしね」

「…!ありがとうございます、元彌(もとや)様」


ぱぁっと輝くような笑顔で、精霊の子がそう答える。

薄汚れた格好に、顔の半分を(おお)うボサボサの前髪。

細かな表情まではわからなかったが、それでも全身から嬉しいという感情が溢れ出ているのがわかった。

だからそれを見た元彌(もとや)の口から、自然とこんな言葉が零れ落ちる。

「君はまるで花のように、周囲を明るく(なご)ませる力を持ってるね。それは大地の精霊だからなのかな…?」

そう言われた精霊の子は、ひどく驚いた様子で暫し固まると、次いで大人びた口調でこう答えた。

「…元彌(もとや)様はこの姿の私でも、そう仰るのですね」

「え?だって『(なご)む』ってのはその人の持つ雰囲気であって、見た目の話じゃないだろ?」

キョトンとした顔で聞き返す元彌(もとや)に、精霊の子がふわりと穏やかな笑みを見せる。そして精霊の子は、意を決したように元彌(もとや)に向き直ると、突然こう願い出た。

「…決めました。元彌(もとや)様、ぜひ私にも名付けを行っていただけませんか?」

あまりに唐突な申し出に、元彌(もとや)は一瞬何を言われたのかわからなかった。しかし暫くしてその言葉の意味を理解した途端、思わず元彌(もとや)はこう叫ぶ。

「はぁっ⁉︎ちょ、ちょっと名付けって…そんな事したら俺と主従契約が結ばれちゃって、君の自由がなくなるじゃん!」

「はい、私は貴方様にお仕えしたいのです」

「ちょ…っ待って、待って、待って⁉︎な、何でそんな事になるわけ⁉︎」

「それは私が元彌(もとや)様を気に入ったからです」

ニッコリと笑いながら、精霊の子がそう返す。

そして動揺しまくる元彌(もとや)に対し、精霊の子はあくまでも冷静にこう説明した。


元彌(もとや)様は何の見返りも求めず、私をお助けくださいました。そして出会ったばかりの私の身を案じ、旅に同行する許可もくださいました。ですから私はそんな元彌(もとや)様に、何かをお返ししたいのです。そして幸いな事に私は精霊ですので、余りあるほど長い寿命を持っています。ですので元彌(もとや)様の人生に最後までお付き合いさせて頂いたとしても、大した時間のロスにもなりません。ちょうど良いと思いませんか?」

にこやかにそして理路整然(りろせいぜん)と精霊の子がそう告げる。

あまりにもあっさり話すので、大した事ではないように感じてしまうが、よくよく考えると相手の人生の一部を支配してしまうという大変な事である。

しかも寄りにもよって、相手は次期精霊王。

言わばエリート中のエリートなわけで、そんなすごい人物を平凡としか言えない自分が、意図的に支配するだなんてとんでもない話だ。これはもう丁重にお断りするしかない!と元彌(もとや)が心の中で思っていたら、ふいに凍舞(トウマ)が予想だにしなかった言葉を口にした。

「せっかく相手がこう言っているのだから、名付けてやったらどうだ、元彌(もとや)?」

「はっ⁉︎それって有りなのっ⁉︎」

「別にお前を殺す為の口実では無さそうだし、いいんじゃないか?」

平然とそう答える凍舞(トウマ)に、思わず元彌(もとや)の方が焦る。

「え、でも名付けって主従契約なんでしょ?」

「そうだな」

「つまり凍舞(トウマ)に引き続いて、この子も俺の支配下に置いちゃうってわけで…それっていいの⁉︎」

「本人がそれで良いと言っているのだから、構わないだろう」

淡々とそう答えられ、元彌(もとや)が言葉を無くす。

そこに(たた)み掛けるように、精霊の子がこう継いだ。


「名を頂くという行為は、精霊側にとってもメリットがある話なのです」

「…え?」

「名がないという事は、個々に存在しているようでいて、全体でもあるという事です。つまり個体としての存在が非常に不安定…。けれど名を頂く事によって、その個体は確立します。つまり名付けは、個体として全体から切り分かれる行為なのです」

「…えーっと、よくわかんないんだけど、つまり名前をつけられる事で、その存在が強くなるって事…?」

「はい、簡単に言うとそうなります。例えば今こうして元彌(もとや)様と話している私は、個体として存在しているようでいて、実は他の精霊達と変わりがありません。つまり存在していないのと同じなのです」

ニコッと微笑みながら、精霊の子がそう答える。

それに対し、元彌(もとや)は困ったように視線を返した。

何となくではあるが、精霊の子が言いたい事は、理解出来たように思う。おそらく精霊は自然そのものが具現化したものだから、目の前に居る精霊の子も他の大地の精霊もさして変わらない存在なのだろう。

つまり緑豊かな大地もあれば、渇いた砂だけの大地もあるように、見た目は違えど皆同じ大地という事だ。

そう結論付けた元彌(もとや)は、自分の考えを確認するかのように、自らの精霊に向かってこう尋ねる。

「つまり凍舞(トウマ)の場合は、水の精霊ではあるけれど俺が名付けた時点で『凍舞(トウマ)』という別の存在になっているって事だよな?」

「そうだ。だが私の本質が、水に基づくものであるのは変わらない」

「じゃあこの子も…?」

「ああ、名付ける事で別個体とはなるが、次期精霊王となる存在であるのは変わらない」

淡々とそう答える凍舞(トウマ)に、元彌(もとや)は静かに頷く。

そして改めて精霊の子へと向き直ると、真剣な表情でこう訊ねた。


「その…本当にいいのか?いくらレベルアップする話だとしても、よく知りもしない人間に支配されるってのは、あまり気分が良くないものだろう?」

「そうですね。正直そこらの人間の支配下に入るのは私も御免です。でも元彌(もとや)様の下なら大歓迎です」

「…よくわからないな。いくら気に入ったからって、そんな簡単に決めちゃっていい事なのか?」

そう訊ねた元彌(もとや)に、精霊の子が明るく答える。

「多分…元彌(もとや)様が思っている以上に、私は貴方の事を理解出来ていると思いますよ?それにお互いの利害が一致するなら、精霊側から望んで主従契約を結ぶ事もあります」

「そうなの?」

「はい。だからそこまで元彌(もとや)様が、気に病まれるほどの事ではありません」

ニコニコと笑みを絶やさず、精霊の子がそう答える。

その迷いのない笑顔に、ふいに華やかに咲き誇る一つの花の姿が重なった。

『ああ、そうか…。切ないほど優しく美しく、そして見る者を全てを幻想へと誘うような花…』

そう思った元彌(もとや)の頭の中に、精霊の子に相応しい一つの名がはっきりと浮かんでいた。

続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ