ー水の精霊王 凍舞ー
俺は斎藤 元彌、日本人。
年齢は二十九歳で独身、容姿はまぁ人並だが、三流大学出のしがないサラリーマンだ。
好きなものはゲームとアニメ、いわゆる世間様に “オタク” と呼ばれる人種である。
だから恋人はよくある二次元の美少女キャラで、この歳までただの一度も “彼女” というものが居た事がない親泣かせの男であった。
だがどうせ居たところで、給料のほとんどはゲームやフィギュア、イベントへの遠征費やグッズへと消えるため、正直 三次元の女とデートをしている暇も無ければ金もない。
そして周りにどう思われようが、俺は俺なりに自分の人生を謳歌しているつもりだった。
ところがある日のイベント帰り、ウキウキといつもの路地を曲がった俺は、いきなり現れた黒い穴へと落ちてしまった。
そして辿り着いた先は、何故か天井までキラキラと凍りついている不思議な氷の洞窟で、これはゲームやアニメの中である、異次元へのトリップかな?とは思いつつも、いわゆる世間的には脇役に過ぎない自分が、何故こんなご大層な事態に巻き込まれているのかと、大真面目に首を捻った。
しかし人間という生き物は、自分の想像を遥かに超える事態に直面すると、真面に考える事すら放棄してしまうものらしい。
しばらくしてポンっと一つ手を叩いた元彌は、あっさりとこう呟いたのだった。
「あ、わかった!俺、頭打って意識失ったんだ?だからこれは夢なんだ、きっと」
そう言いながら、元彌は自分の出したもっともらしい答えに満足する。
これが夢なら、黒い穴に落ちてこの洞窟に来た事も、自分が今まるで物語の主人公のようになっている事も、すべてに納得が出来た。
そうでなければおかしいだろうと思いつつ、元彌は勝手にそう結論付ける。
何故なら今、自分の目の前に居るのは、キラッキラな容姿の見たこともない美形。
艶やかに流れる癖のない美しいプラチナブロンドに、白磁の如く白く滑らかな肌。
鼻筋はすっきりと通っており、口唇は薄めで上品に形良く整っている。
そして目はキリリとしたアーモンド形で、そこに最高級のサファイアを連想させる、美しい透き通るような青い瞳が嵌っていた。
おそらく男性でなければ、間違いなく “傾国の美女” と称されてもおかしくないだろう。
それほどの絶世の美貌だった。
しかしいくら美形とはいえ、あくまでも普通な元彌は、『間違いなく男なんだろうけど、そこらの女より綺麗な顔だなぁ』と思ったぐらいで、特に何の感情も湧かなかった。
だから元彌は呑気な口調で、正直に思った事をそのまま口にしてしまう。
「いやぁ、これまたおっそろしいほど綺麗な顔した兄さんだねぇ…。まるでゲームかアニメの王子様キャラじゃないか。俺は男に興味なんかないけど、それでもこれはもう普通にちょっと得した気分だな」
そう言って何気なく相手の顔に手を伸ばすと、途端にパシッと素気無く叩かれる。
手に鋭い痛みを感じ、元彌は叩かれた右手をジッと見つめながらポツリとこう呟いた。
「なんか…リアル?ホントに痛いんだけど」
「…さっきから、何を訳分からん事をほざいているんだ、貴様は」
突然目の前の美形が、顔に似合わないキツい口調で、元彌に対して文句を垂れる。
それを呆然と見返しながら、元彌はあれぇ?と思いこう呟いた。
「…なんかまた随分とリアルな夢だなぁ。こんな感じのキャラが出てくるゲームって、俺やった事あったっけ…?」
「夢?ゲーム?何を言ってるんだ、貴様は。頭がおかしいのか?」
怪訝な顔で相手が睨みつけてくるが、これを現実だと思っていない元彌は、完全にそれを無視して一人で軽く首を傾げる。
「うーん…思い出せないなぁ。名前を聞いたら思い出すかな?兄さん、お名前は?」
「…あるわけないだろう。そもそもあったとしても、何でわざわざ貴様にそれを教えなければならんのだ?」
ムッとしながらそう答える相手に、思わず元彌はキョトンとした顔をする。
「え、名前ないの?」
「だから、あるわけないと言ってるだろう!私は人に仕えてるわけでもないし。そもそも勝手に人の上に降ってきた不審者のくせに、何を好き勝手にほざいているんだ⁉︎」
幾分イライラした口調で相手の美形は怒っているが、まったく空気が読めない元彌は、あっさりとこう告げる。
「…ホントに名前ないの?それって不便じゃない?」
そう言って大胆にも、相手の肩にポンっと右手を置くと、元彌はにこやかにこう話す。
「あんただったら俺と違って、例えば “凍舞” とか、そういった華麗な名前が似合いそうだけどな」
「…!お前…っ」
目の前の美形が蒼ざめた瞬間、バチィッ!と雷が落ちたかのような衝撃が走り、元彌は思わずその場に崩れ落ちた。
「…いったぁ!な、なんだ?静電気か⁉︎」
慌てて衝撃を受けた右手を見た元彌は、そこにあり得ない物を発見して思わず固まる。
いつの間にか元彌の右手の中指には、まるで氷から掘り出したように美しい、透明に輝く鉱石の指輪が嵌っていた。
もちろん人並みの容姿との自覚のある元彌が、オシャレで嵌めていた物ではない。
自分で言うのもなんだが、多分結婚するまで指輪なんて物とは縁がないと思っていただけに、元彌は自分の指に嵌っている物に気付くと同時に、思わず驚きの声を上げる。
「ゆ、指輪ぁ⁉︎なんだこれ?いつの間に俺の指にこんな物がぁっ⁉︎」
わたわたと慌てる元彌の目の前に、突然ゆらりと誰かの影が立ちはだかる。
何気なく振り仰いだ元彌は、そこに怒りに肩を震わせながら、もの凄い形相で元彌を睨みつけている例の美形を見つけ固まる。
さすがの元彌も何か仕出かしたのだろうか?と不安になったが、その美形は突然、元彌の襟元を絞めあげるとこう詰り始めたのだ。
「騙し討ちとは卑怯な…!ただの馬鹿かと思って油断した…っ!まさか強制的に契約を結ばれるとは…」
「は…?契約?」
「とぼけるなっ!先程勝手に、私に名付けただろう!」
「ん?名付けた…?」
言われている意味がわからず、キョトンとする元彌に美形が告げる。
「先程私の肩に手を置きながら、勝手に名を口にしただろうが!」
「…あぁ。もしかして、例えば “凍舞” って言ったあれ…?」
そう不思議そうに聞き返した途端、目の前の美形の目が驚きのあまり見開かれる。
そして信じられないといった様子で、彼は絞り出すような声でこう呟いた。
「…ま…さか、何も知らずに、この私に名付けを行ったのかっ⁉︎」
「名付けって…単にそういう名前が似合いそうって言っただけじゃん?それともホントにあんたの名前、“凍舞” だったの…?」
不思議そうにそう聞き返すと、途端にガクッと相手がその場に崩れ落ちる。
何だかよくわからなかったが、目の前の美形は相当のショックを受けているようで、完全に元彌の前に座り込み、頭を抱えていた。
それを見て何となく気の毒になった元彌は、美形に合わせて自らもしゃがむと、視線を合わせながらこう尋ねる。
「…あの、なんか俺やっちゃったの?」
その台詞に相手が盛大な溜め息をつく。
その様子を見て、どうも何かやってはいけない事をしたらしいと察した元彌は、日本人らしく、とりあえず謝っておく事にした。
「あの…何やらかしたかはさっぱりわかんないんだけど、とりあえず…ごめんな?一応謝っとくわ」
「…謝られたところで何の解決にもならん」
不機嫌そうにそう告げる相手に、思わず元彌がムッとする。
人が素直に謝っているのに、こいつは一体何様なんだ⁉︎とは思ったが、その後に続いた相手の台詞に、さすがの元彌も蒼くなった。
「もう貴様とは、主従関係が結ばれてしまったしな…」
「はっ?主従関係…?」
そう聞き返すと、スッと相手が元彌の右手に嵌っている指輪を指差す。
そして心底気に入らないとばかりに、視線を外しつつ、溜め息混じりにこう告げた。
「…その指輪だ。それは私との契約の指輪。貴様が安易に私の身体に触れ、勝手に名付けた事で主従契約が結ばれてしまったんだ」
「は…あぁぁあ⁉︎そ、そんな事でっ⁉︎」
「そんな事とは何だ!本来名など持たない精霊に、敢えて “真名” を授ける事で、その精霊を自分の支配下に置くというのは、貴様ら人間が編み出した邪法だろうが」
キッと相手に強く睨みつけられ、元彌は慌てて両手と首を同時に振る。
「し、知らない、知らないって!そんなRPGみたいな事になるなんて、知らなかったし!あ、あと俺、別に精霊とか要らないし!」
「…だが実際に契約は結ばれ、私はお前の支配下に入れられてしまったんだ」
不機嫌そうにそう呟く相手に、元彌は必死で訴えかける。
「だからごめんって!ホントに知らなかったんだって!な、なぁ、今からでもその契約だかって解除出来ないの?ほ、ほら通販でも、クーリングオフ制度とかあって、七日以内なら返品出来るじゃん?あれみたいに、やっぱ無しって事に出来ないのかよ…?」
「そのクーリング何とかってのはよくわからんが、 ”真名” の契約は絶対だ。主人であるお前が死ぬまで、この契約は解除出来ない」
「そ、そんなぁ!例え事故の契約でも⁉︎」
「それでもだ。一度結ばれてしまった契約は絶対だ。もっとも私がお前を殺してしまえば、自動解除されるがな…」
唐突に物騒な事を告げられ、元彌は蒼白な顔で両手を上げながら首を横に振る。
「え、遠慮しときます…。俺、まだやり残した事もあるし…」
「…私も無駄に命を取るつもりはない。お前自身に悪気がなかった事もわかったしな…。ただ “真名” の契約も知らず、私の領域に突然出現した事といい…お前は一体何者だ?」
綺麗な青い瞳に見つめられ、そう問われた元彌は少し考えこう答える。
「えー…っと、俺は会社のシステム管理をするのが仕事のサラリーマン…、つまり企業戦士…です」
「企業…?よくわからないが、“戦士” という事でいいのか?名前は?」
「斎藤 元彌…です」
相手が盛大に勘違いしている事は、何となく分かったが、だからといって何をどう説明したらいいのかもわからない。
間違いなくファンタジーな事になってきたなと思いつつ、とりあえず自分が支配下に置いてしまったという相手を見つめる。
自分の事を精霊だと言った美形は、明らかに整い過ぎるほど整った容姿をしている他は、特に自分と変わりがないように見えた。
別に耳が尖ってるわけでもないし、背中に羽根があるとか、爪が長くて鋭いとか、牙や尻尾が生えてるってわけでもない。
『つまり見た目は人間と同じだけど、魔法が使える系って事でいいのかな?こいつ…一体何が出来るんだ?』
これは事前に確認しておく必要があるなと、元彌が思った時だった。
突然バチバチィッという激しい音と共に、洞窟の壁が青くスパークしながら裂けたかと思うと、ポッカリと空いたその黒い空間から、複数の武装した兵士が現れた。
まるで中世ヨーロッパの騎士のように剣と盾を手に、鎧兜を纏った兵士達が七〜八名ほどと、その後に長い木の杖を手にした、燻んだ灰色っぽい長衣を纏った、いかにも魔法使いらしき人物が一名、その場に降り立つ。
それを見て冷や汗を掻きつつも、思わず元彌は皮肉っぽく呟いてしまった。
「わぁお、ますますファンタジーっぽくなってきた…?しかも軽くピンチ?」
その呟きが相手にまで聞こえたのかはわからなかったが、明らかにこいつが隊長だなとすぐわかる、他より豪華な鎧兜とマントを身に付けた騎士が、偉そうに前に進み出てきて、元彌達に向かってこう告げる。
「お前が噂の水の上位精霊か?喜べ、我が国の陛下がお前をご所望だ。今すぐ我等と契約を結び、我が国へ仕えよ!」
「へ?水の上位精霊って、誰が?」
呑気にそう呟いた元彌の横で、ひどく冷めた視線を向けながら、例の美形がこう告げる。
「…私に決まっているだろう、阿呆が。まったく今日は珍客が多すぎる。どいつもこいつも勝手に人の領域に上がり込んで、契約しろなどと、非常識極まりない…」
明らかにイラついている美形に、元彌の顔色がサーッと蒼ざめる。
そして慌てて彼のご機嫌を取るかのように、元彌は精一杯の言い訳を並べ始めた。
「だからぁ、ごめんって!あれは事故だし、ここに来たのだって、ついうっかり黒い穴に落ちちゃっただけで、気が付いたらここに着いてただけなんだって!」
慌ててそう説明するが、相手は相当怒っているらしく、ツンとそっぽを向いてしまう。
まだ知り合ったばかりだが、それでも目に見えて邪険にされると、人間それなりに傷付くものなんだなと元彌は哀しく思った。
しかしそれに対し、敵の隊長はイラついたように剣を壁に叩きつけると、二人に向かってこう怒鳴り散らす。
「おいっ、我々を無視するんじゃない!特にそこの精霊!さっさと我等と契約を結ばないと、その命を貰うぞ?我等の力にならないのならば、危険な芽は詰むに限るからな!」
その横暴過ぎる台詞を聞いた瞬間、ふいに元彌の怒りが爆発する。
今この男は何と言った?
勝手に精霊の領域に侵入してきて、勝手に自分達の配下に降れと言って、それが出来ないなら殺す…だと⁉︎一体何様のつもりだ⁉︎
そう思った元彌は、その感情のままに敵に向かってこう叫んでいた。
「何だよ、それ⁉︎自分達の物になれとか、ならないなら殺すとか…あんた等、一体何様のつもりだ⁉︎そんなに人間が偉いのかよっ!」
「…なんだ、貴様は?人間か?」
「ああ、ただの人間だよ!三流の脇役さ!でもあんた達と一緒にしてもらっちゃ困るね?あんた等はもう人間じゃない!畜生だっ!」
「な、何だと⁉︎無礼な…!我等をカラリス王国騎士団と知って、そう言っているのか⁉︎」
完全に怒りが頂点に達した隊長が、わなわなと震えながら元彌を睨みつける。
それが怖くないわけではなかったが、それでも同じ人間として、彼等の間違った行動と言動を許すわけにはいかなかった。
そして元彌はブルブルと震えながらも、両手を大きく広げて、背後に美貌の精霊を庇う。
「…こいつは連れて行かせない!こいつが望んでもいない事を、お前等が無理強いするなんておかしいんだ!恥を知れ!」
そう威勢良く啖呵を切ってみたものの、実は元彌の頭の中はすでに後悔で一杯である。
『あー、もう何やってんだぁ、俺は⁉︎絶対もう終わった!ジ・エンドだ!殺されるっ!』
そう思ってギュッと強く目を瞑ったところで、いきなり背後から実に軽快な笑い声が、聞こえてくる。
そうっと振り返ると、例の美貌の精霊が何故か実に楽しげに、大笑いをしていた。
それを見た途端、あまりの理不尽さに思わず元彌は泣きたくなる。
「ちょ…ちょっと、あんた⁉︎人に庇ってもらってんのに、その態度って何っ⁉︎」
「ははは、別に私が頼んだわけじゃないぞ?あとそこの馬鹿ども!ここまで来てもらってなんだが、私はすでに主人持ちでな…。お前達の国王だかには仕えられんよ」
「な、何だと⁉︎いつの間に契約したのだ!」
突然の精霊からの告白に、王国騎士団と名乗る連中に衝撃が走る。
それを見た瞬間、更に元彌は後悔した。
『やっべー…。これ、絶対に俺が殺されるパターンだ…』
泣きそうになりながらそう思ったところで、騎士の一人が目敏く、元彌の右手の中指に輝く契約の指輪に目を止める。
「おい、あれはまさか契約の指輪⁉︎もしかして貴様が、そこの精霊の主人か⁉︎」
そう怒鳴られ、元彌は『もうバレた!』と蒼くなって固まったが、その時ふわりと目の前に、綺麗なプラチナブロンドの髪が流れた。
そして信じられない事に、彼の美貌の精霊が元彌を庇うように敵の前に立ちはだかる。
そして驚いて固まる元彌に向かい、その精霊は不敵に笑うと、楽しげにこう告げたのだ。
「元彌…と言ったか?お前は人間にしては、なかなか面白い奴だな。正直契約は破棄しようかと迷っていたが…気が変わった。どうせお前の寿命が尽きるまで、百年ほどの事だ。それまでお前の人生に付き合ってやるよ」
「…え?」
信じられない思いで元彌がそう呟くと、美貌の精霊 “凍舞” が、実に優雅な仕草で、元彌の右手の甲に口付ける。
その途端パァッと契約の指輪から、眩いばかりの閃光が放たれ、そしてすうっと目の前の精霊の雰囲気が変わった。
見た目がどうこうと言うわけではない。
うまく言えないが、元彌と精霊の何かが内面的に繋がったような、そういった不思議な感覚が身体の内側を走り抜け、それと共に精霊の中の何かが確かに変わったのだ。
そして水の上位精霊 “凍舞” は、すっと敵に向き直ると、その見た目通りに美しく、優雅な仕草で右手を軽く一振りした。
その途端、ドォ…ンと何かか崩れるような大きな音がして、まるで滝のような勢いの水が敵の一団に降りかかる。
あっという間に洞窟の中は水で一杯となり、偉そうにしていた敵の一団は、洪水の流れと共に強引に外へと押し出されていった。
その光景を呆然と眺めながら、元彌は凍舞の作ったと思われる、丸い防御壁に囲まれた空間の中で、一滴も濡れてない自分の身体を不思議そうに確認する。
そして改めて、自分が “凍舞” と名付けた精霊の方を、信じられない表情で見返した。
『ひょっとして…こいつかなり強いんじゃ?あんな簡単に洪水起こすなんて…』
そう元彌が思ったところで、再び凍舞が軽く手を振る。
するとピタリと嘘のように増水が止み、まるでビデオを巻き戻すかのように、みるみる水が引いて、元の氷の洞窟へと戻った。
そしてそれを確認したかのように、フッと元彌の周りの防御壁が消える。
まるで先程の光景が夢であったかのように、シンと静まり返った氷の洞窟の中で、元彌は美し過ぎる凍舞の横顔を無言で見つめた。
するとその視線に気付いたのか、凍舞がふと元彌の方に視線を返す。
「…どうした?驚いて声も出ないのか?」
そう尋ねた凍舞に対し、元彌はハッと我に返ると、急に先程の技について、頰を紅潮させながらこう語りだした。
「あ…んた、すげぇんだなっ!さっきの奴等が上位精霊とかって言ってたけど、上位になるとあんな事まで出来るのかよ?」
そう言って、興奮気味に詰め寄ってくる元彌に対し、凍舞は幾分呆れたようにこう返す。
「別に…あの程度の事なら、中位程度の精霊でも出来る。別段難しい事でもない」
「え、あれで中級レベルなの⁉︎あれでも十分すごい技じゃん?俺出来ないし!」
そう言って褒めちぎる元彌に、凍舞は照れたように視線を外しつつ、こう答える。
「…当たり前だ、そもそも種族が違う。私は水の精霊、言うなれば水そのものが形を成したようなものだ。それよりも先程の連中が、まだ懲りずに結界の外をウロついているぞ。これ以上、ここには長く留まらない方がいいと思うが…」
「え、そんな事までわかんの?」
そう元彌が尋ねると、凍舞はまた溜め息をつきつつ、こう答える。
「当たり前だ。ここは私が作った結界領域。自分の領域内なら、手に取るようにわかる」
「へー…、防犯センサー要らずだな。便利なもんだ」
感心してそう答えると、それを聞いた凍舞が不審げに首を傾げる。
「…先程から思っていたのだが、お前は時々よくわからない事を言うな…?お前、一体どこから来た?」
突然 核心を突かれ、元彌は自分なりに推測していた結論を、そのまま正直に口にする。
「…えーっと…多分、異世界から…?」
「なるほど、“彷徨い人” か」
自分でさえ自信がない結論だったのに、何故かあっさりと凍舞に受け入れられてしまい、今度は逆に元彌が驚く。
「えっ、あっさり信じちゃうの⁉︎」
「嘘なのか?」
「い、いや違うけど、でもその…普通は胡散臭いとか言われるものかと…」
そう正直に告げると、凍舞は実にさらりとこう答える。
「別に異世界からの来訪者は、お前の他にも居るからな。この世界は他の世界に比べて、かなり不安定らしくてな。定期的に他の世界と繋がってしまうんだ。そしてそこから色々なものが落ちてくる。物や動物、植物、時には人間もな。だからお前も、そういった次元の穴の一つから、ここに来たのだろう」
「ええっ⁉︎俺以外にも、異世界から来た人が居るのか⁉︎」
「ああ…居る。この世界ではお前のような者は、“彷徨い人” と呼ばれ、出現した場所の者達に保護されるのが普通だ。中にはお前と同じ世界から来た者も居るだろうが、この世界のどこに居るのかまではわからない」
そう答えた凍舞の言葉に、元彌は自分だけではなかったのだと思い、勇気付けられた。
そしてその思いのままに、思わずこう呟く。
「俺…俺、会ってみたい…。この世界のどこかに居るっていう、俺と同じ世界から来た来訪者に…!」
その言葉を受けて、静かに凍舞が答える。
「…では探しに行けばいいだろう。人が居る場所に行けば、“彷徨い人” がどこに居るかの情報も手に入る。国によっては、国が保護する事になってる所もあるので、一度に多くの “彷徨い人” に会えるだろう」
そう凍舞に穏やかに後押しされ、元彌はすぐに旅立つ決意をする。
そしてふと、自分が支配下に置いてしまったという目の前の精霊に、こう声をかけた。
「えっと、“凍舞” でいいのかな?俺、俺と同じ “彷徨い人” に会ってみたい。そしていつか俺と同じ世界から来たっていう人に、巡り会ってみたい!いつまでかかる旅かもわからないけど、俺と一緒に来てくれる…?」
そう問われた凍舞が、驚きで目を見開く。
普通、人間の支配下におかれた時点で、精霊には選択権などあるはずもないのに、一体この人間は何を言っているのだろう?
だが元彌の表情は真剣そのもので、凍舞が嫌だとでも言おうものなら、本当に諦めて一人で行きそうな感じがした。
それを想像し、ふいに凍舞がくすりと笑う。
思えば元彌は最初から、精霊である自分さえも普通の人間のように扱っていた。
何の力もないくせに、命を懸けて自分の事を必死で護ろうとしたり、契約の事にしても真剣に謝ってみたり…。
例えそれが単なる世間知らず故だとしても、その心と魂は、今まで出会ったどの人間の物よりも高潔で美しかった。
だからこそ自分も彼を殺す気になれず、そのまま本当に契約する事にしたのだ。
どこまでもお人好しで、何となく放っておけない雰囲気のある元彌を、すでに自分は結構気に入っているのかもしれない。
そう思った凍舞だったが、実際に口にしたのはまったく別の言葉だった。
「…お前と契約したからな。どうせ嫌でも、一緒に付いていくしかないんだ、私は」
「あ!そっか、ごめん!俺と契約してる間は離れられないんだ?うーん、でも解約するには俺が死なないといけないって言うし…、俺もまだ死にたくないしなぁ」
そう言って真剣に悩み出した元彌に、凍舞は影でくすりと笑う。
そしてそれを元彌に悟られないよう、わざと冷たくこう言い放った。
「…今更悩んでも仕方がない事だろう。それより、行くぞ?とりあえず手近な街へ跳ぶ」
「えっ、そんな事も出来るの?」
「行きたい場所にある水と、ここにある水とを空間で繋ぐだけだ。大した事はない」
そう言うと、何故か興奮しキラキラした目をした元彌がこう叫ぶ。
「すっげぇ〜!それって完全ワープじゃん?超便利っ!」
「…お前の言っている事は、よくわからん」
呆れたように凍舞はそう言うと、まだ興奮して何かを語ろうとする元彌の手を引き、強引に手近な水溜りの中に飛び込む。
「ちょっ…と、凍舞!俺っ、カナヅチなんだけど〜っ⁉︎」
「知らん」
そういう声を残し、すうっと二人の姿が水溜りの中へと消える。
そしてその一瞬後に、凍舞の作った氷の洞窟は跡形も無く崩れ去ったのだった。
続く