ー最強の彷徨い人ー
風が荒れ、炎が舞う。
たくさんの悲鳴が飛び交う中、元彌もその場から逃げ出したい衝動を必死に堪えていた。
こんな常識を軽く超えるような事態に直面し、心のどこかでこれが現実だと受け止めきれないながらも、それでも元彌は実に冷静に開き直りつつあった。
まずは当座の問題として、この事態を引き起こしている、手加減知らずの二人から呼び戻してみる事にする。
「…もういいよ、神燐、隼輝。それ以上やると死んじゃうから」
その声に反応し、緩やかにうねる朱金の髪に浅黒い肌が特徴的な、炎を纏った派手な美男が盛大に不服を唱える。
「だが元彌、こいつらはお前を殺そうとしたんだぞ?始末しておかなくていいのか?」
「いいんだよ、神燐。あと隼輝!勝手に殺そうとしないで?周りの空気を戻すんだ」
そう元彌が言うと、チッという鋭い舌打ちと共に、風を纏った短い焦茶色の髪に燃えるような赤い瞳の、知的で飄々とした雰囲気の美男が、不満そうに元彌を睨みつけた。
正直怒っている美形には、一般人にはない妙な迫力があるが、すでに慣れてしまっている元彌は、そんな事では引き下がらない。
左手を腰に、そして右手の人差し指を立てつつ、毅然ともう一度同じ命令を繰り返す。
「隼輝?空気を元に戻して」
重ねてそう命令すると、仕方ないとばかりに溜め息をつきながら、隼輝と呼ばれた風を操る美男は一つパチンと指を鳴らした。
途端にゲホゲホッと派手に咳き込みながら、敵が一斉にその場に崩れ落ちる。
それをホッとして見守りながら、元彌は後ろに控える銀髪の美形にこう声をかけた。
「凍舞、悪いけど神燐の火を消してくれる?このままだと火事になって、関係のない人にまで迷惑がかかるから」
「…承知した」
短くそう答えると、銀髪に透き通るような青の瞳が美しい、まるで氷のような美貌持ち主が、スッと右手を一振りする。
すると敵の頭上の空間に、突然 大きな球状の水の塊が現れ、それがパチンと軽く弾けたかと思うと、それは極地的な土砂降りとなって一斉に敵へと降りかかった。
「ちょっ…ちょっと凍舞ぁ⁉︎消し方が荒っぽくない⁉︎」
思わずそう咎めると、ツンと素っ気なくそっぽを向きながら、凍舞と呼ばれた銀髪の美形がこう答える。
「ちゃんと火は消したぞ。やり方については、特に指示はなかったはずだが?」
「た、確かにしなかったけど、やり過ぎでしょ、もう!ごめん、咲羅!」
「はい、何でしょう?」
穏やかな女性の声がして、その場にふわりとと花のように美しい少女が現れる。
柔らかな薄い金髪に透き通るような緑の瞳、まるで春を具現化したような美少女で、心の中で『癒されるなぁ』と思いながらも、元彌はその少女にも命令を下した。
「咲羅、凍舞が水浸しにしちゃった土地を、普通に戻せる?」
「お安い御用ですわ」
そう微笑みながら答えると、少女はスッとその小さな両手を胸の前で構え、続けてそれを軽く天へと突き出した。
途端にザァッと土地から余分な水分が吐き出され、それが上空で一つに固まると、パチンと風船が弾けるかのように消えてしまう。
「これでよろしかったでしょうか?」
ニッコリ笑ってそう尋ねる美少女に、元彌はスッと手を伸ばすと、その頭を撫で撫でしながら、にこやかにこう褒めた。
「エライぞ、咲羅!良い子だな」
そう言って褒めちぎると、咲羅と呼ばれた少女は頰を染めつつ、嬉しそうに頷く。
それを見て、途端に神燐が不平を唱えた。
「おい、ズルいぞ、元彌!何で咲羅だけ褒めるんだ⁉︎俺もちゃんとやったぞ?」
「はいはい。ちょっとやり過ぎだけど、確かに頑張ったね、神燐、隼輝。ありがとう」
「おぅ!『どう致しまして』だったか?」
「そうそう。お返事もよく覚えたね、神燐。エライよ」
まるで小さい子に接するかのようにそう答えると、元彌は呆然と座り込んでいる敵に視線を戻し、静かにこう告げる。
「さて、これで俺を襲うのは得策じゃないってわかって貰えたと思うけど…まだやる?」
ブンブンと勢いよく首を横に振る敵に、元彌がニッコリと笑う。
「そう、良かった。多分次は彼等を止められないと思うから、諦めてくれて助かったよ。じゃあ、君達も気をつけて?」
そう言って立ち上がった元彌の傍に、まったくタイプの違う四人の美形が集まる。
「じゃあ行こうか?そろそろ野宿は飽きたから、ちゃんとした寝台で寝たいよ…」
そう歩きながら元彌がボヤくと、隼輝が軽く手に風を巻かせながらこう尋ねる。
「じゃあ俺がスピードアップで、街まで飛ばしてやろうか?」
「あ、うーん…やめとく。前それで酔って気持ち悪くなったし、しかも街の中心に落下して、変な注目浴びちゃったしなぁ」
そうボヤくと、キョトンとした顔で神燐がこう尋ねる。
「酔って気持ち悪かったのはともかく、何故注目浴びるのが嫌なんだ?気にしなければ良いだけの話だろう」
「あ・の・ね〜?俺は君等と違って、ごく普通の一般人なの!元の世界じゃ人混みに紛れたら、二度と見つけてもらえないような脇役なんだってばっ!だから俺は、基本人に注目された事なんてないの。それなのにいきなり街中の人に注目されたら、そりゃ固まるでしょうがっ!」
「???」
元彌の言っている事が、まったくわからないといった体で、四人の美形が首を傾げる。
それを見て、元彌は『そりゃそうだよな』と心の中で毒づいた。
何しろ全員タイプは違うが、間違いなく超がつくほどの美形揃いなのである。
これは後で知った事だが、精霊はその魔力の強さが容姿にも現れるそうで、要するに魔力が強ければ強いほど、容姿も美しいらしい。
つまり精霊の中でも最上位に位置する彼等は、間違いなく超絶美形で、同じ精霊からも憧れられるような稀有な存在だった。
そしてその魔力の特性の違いなのか、容姿の系統も綺麗系、カッコいい系、可愛い系と実に様々で、彼等を引き連れて歩いていると、ちょっとしたハーレム状態である。
だからこれはどうしようもない事なのだが、容姿が平凡な元彌は、完全に彼等から浮いてしまい、いつも肩身が狭い思いをする。
「…大体こいつ等の主人が俺だって時点で、もう十分おかしいんだけどね…」
頭を掻きつつそうボヤきながら、元彌は深い深い溜め息をつく。
ここに来るまでは美形なんて、一生縁のない雲の上の彼方の存在だったのに、何がどうしてこうなったのやら…。
ついうっかり彼等を手に入れてしまい、今となっては手放せそうもないほど情が移ってしまった自分に呆れながら、元彌は派手な四人を引き連れて次の街へと歩き続ける。
だがそんな彼自身も、世間では最上位精霊を四人も従える “精霊王” と噂され、すでに数多の冒険者達の注目を浴びているという事を、当の本人だけはまったく知らなかった。
続く