8話
私は食事を終えると、彼に聞いてみる事にした。
「1つ聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」
「何だい? 何でも聞いてくれたまえ」
そう言うと椅子に座ったのだった。
「ちょっと疑問に思った事があるの。私は確かにアキバでメイドのバイトをしていたけど、あなたの言うメイドとは、何か違う気がしたの」
彼は私の言う事に耳を傾け、話し始めた。
「麗香。君はメイドだろう? メイドだからバイトをしていたんじゃなかったのかい?」
やっぱりこの人は大きな勘違いをしている。
その事に気付いた瞬間だった。
「それは違うわ。メイド喫茶でメイドとしてバイトをしていただけで、普段は普通の高校生よ」
彼は不思議そうにしていた。
「君はメイドではないのかい?」
「だから違うって言ってるでしょ! 私はごく普通の高校生で、メイド姿が好きだからバイトをしていただけよ」
そう言うと、彼はびっくりしている様子だった。
「麗香、どういう事だ! 僕はてっきり君はメイドだと。それに秋葉原にはメイドがたくさんいる。あのメイド達も君と同じだというのかい?」
「そうよ。そもそも、あなたの言うメイドってどういう事を言っているの?」
彼はどこか残念そうな顔をしていた。
「麗香、少し話が長くなるがいいかい?」
長い話になるのか~。
少しめんどくさっ! と思ったが、ここはしっかりと話を聞くべきだと思った。
「僕は元々は人間だった……」
私はその言葉にびっくりした。
「え? 人間だったの? どうして吸血鬼になってしまったの?」
「そうだ。僕は最初から吸血鬼だったわけではない。千年以上も前の話になるが、僕は代々伝わるフランスの貴族の家系で生まれ育った。小さい頃からメイドや執事のいる生活を送っていたのだ」
貴族? ああ、だからこういう大きな屋敷に住んでるのかしら。
しかもフランス…
「僕にも両親がいた。だが、子供の頃から僕の面倒を見てくれていたのはメイドや執事だった。その中でも1人のメイドに僕は凄く懐いていた。そのメイドがいつも側にいてくれていたんだよ。朝起きた時も側にいた。夜は絵本を読んでくれて、僕が寝るまで側に……それが当たり前の事だと僕は思って育ったんだ」
私は彼の話を聞いて、彼が思うメイドとは。
ご主人様に忠誠を誓い、側にいるメイドの事なのだとやっとわかった気がした。
「私はあなたが思うメイドではないわ。あなたがいうメイドというのはご主人様に忠誠を誓い、ずっと側にいるメイドの事でしょう?」
「その通りだ……僕は成人して社交界に出始めた頃、忙しい毎日を過ごしていたんだ。ある日帰りが遅くなり、馬車に乗って帰る途中に吸血鬼に襲われた。そして、目が覚めると知らない屋敷の地下の棺桶の中にいたんだ」
最初は長い話を聞くのは正直めんどくさいと思っていたが、彼の話にどんどん興味が湧いてきた。
「その後、僕を襲った吸血鬼と一緒に暮らすしかなかった。僕は吸血鬼になった以上、家には戻れなかったからだ。最初は死にたいとまで思いつめたさ。しかし、僕は吸血鬼として生きる事を選んだ。その屋敷にも当然のようにメイドがいて、僕を励ましてくれたからさ」
私は少し彼に同情し始めている事に気付く。
人間だった彼が突然吸血鬼になり、家族に会えなくなった事を思えば、吸血鬼として生きて行く決心をした事は、簡単では言い表せない事だと思ったからだ。
「僕にとってのメイドは、君が言う通り、僕に忠誠を誓い、いつも側にいるメイドの事だ。ずっと、命ある限り」
え? 命ある限り? え~~~っ!! 嘘でしょ!?
こいつ、ヤバイ……。
そう思った私は彼の発言に、バイト感覚で気軽にメイドとしてここで働く事を決めた事に、後悔した。
「悪いけど、あなたの言うメイドと私は違う。ここで働く事を辞めさせてもらうわ。家に帰る」
そう言うと、彼は急に慌てた様子だった。
「待ちたまえ。君の思っているメイドとは違う事は理解した。だが、この僕に忠誠を誓い僕だけのメイドになって欲しい」
またそういう事を。
忠誠を誓って、側にいろと?
そんなのまっぴらごめんだわ!
彼の経緯には同情はするが、そこまでしてここにいる必要はないと思った。
「あのさ~。どうして私があなたに忠誠を誓わなきゃならないの? そんな事してメイドとしてあなたの側にいたら、私の青春はどうなるのよ! おばあちゃんになって死ぬまでここにいろって言うの? 私だって将来の夢があるし、普通の生活がしたいの」
彼は一瞬、悲しそうな顔をした。
「しかしだな…」
あ~!! もう! 諦めの悪いやつ!!
私は彼が何か言おうとした事を遮った。
「しつこい男は嫌いよ! 今まで私の事を勘違いして、ずっとここにいさせようとしてたのね」
私は今すぐ帰ろうと思った。
そして、私のために用意していた部屋に行って、荷物をまとめてとっととこの屋敷を出ようと思ったのだった。
「だが僕は、君に家族に会う事を許したし、学校にだって行っていいと言ったじゃないか」
ゆ、許した!?
めっちゃ腹立つ!!
「許したですって!? ばっかじゃないの?」
私はその発言で怒りが頂点に達していった。
「あ~。はいはい。勝手に言ってなさいよ。私は今すぐ家に帰るの!」
彼はこれ以上、私に何を言っても無駄なのだとやっとわかったのだろう。
「そこまで言うなら仕方ない。僕は紳士だ! 悪かった。無理強いはしないよ。君は家に帰るといい。送っていくよ」
「結構よ!! もう私に関わらないで! この超勘違い吸血鬼男!」
そう言って、自分の部屋へ走って行った。