10話
「ちょっと!! 何て酷い事をするのよ!」
私はティートをそっと手の上に乗せた。
「ティート! 大丈夫? 可哀そうに……」
「ふん! この私の顔に張り付くからよ!」
その時だった。
彼が現れたのである。
「そこまでにしてくれたまえ!」
「あら……」
彼女は何か言おうとしていたが、無視してやった。
それより、彼は私の後をつけて来ていた事に気付いた。
「私の後をつけて来てたのね!? この変態ストーカー!」
私はついそう言っていた。
「ぼ、僕はストーカーではない! 君が心配だからついて行って見守っていただけだ」
私は、はっ! と我に返り、彼にそっとティートを見せた。
「あ、ティートが……。あのクソ女に地面に叩きつけられたの……大丈夫かな?」
彼はティートを優しい眼差しで見ていた。
「大丈夫だ。後でちゃんと手当してやる」
私は彼の大丈夫だ。という言葉に安心したのだった。
「ちょっ! この私を無視するなんて! 2人して何をごちゃごちゃと! それにクソ女!? 何て小生意気な子娘なのかしら! それからテオドール。お久しぶりね。うふふふ」
「マリアナ……」
この2人は知り合いなの!?
そう思いながらも、彼女の発言にムカついていた。
「小生意気とは何よ! しかも小娘って! クソ女だから、クソ女って言っただけよ! それより、くそババァのほうがいい?」
「憎たらしい小娘! まぁいいわ。お前は私の獲物よ。さぁ、いらっしゃい!」
え、獲物!?彼女が何を言っているのかわからなかった。
「マリアナ。この子を君の獲物にするわけにはいかない。あきらめたまえ!」
彼はそう言うと、私の前に来て、庇う《かばう》ように立ったのだった。
「ねえ、獲物って、どういう事?」
「説明はあとだ!!」
彼がそう言った瞬間。
彼女は目を大きく見開いて、その目は段々と赤くなっていった。
「麗香! 彼女の目を見るんじゃない!」
彼にそう言われ、私は慌てて目を瞑った《つむった》。
ドン!!
大きな音がした。
「うっ!」
私は何が起きているのか?わからなかった。
そして、気になって目を開けた。
すると彼女は大きな木に叩きつけられたのだろうか?木の下で口から血を流し、倒れていた。
「ねえ、あの女を木に叩きつけたの? ここからじゃ、無理な距離よ?」
「念力を使っただけだ!」
私は、その念力が何か分からなかったが、何か大きな力を彼は持っているんだと思った。
「うっ! テオドール…相変わらずの強さね……ここは負けを認めるわ…」
そう言って、彼女は暗闇の中に消えて行った。
「ねえ、早くティートを手当してあげないと! このままじゃ可哀そうよ!」
「ああ、そうだな。一旦屋敷に戻ろう。麗香、いいかい?」
私はティートの事が心配だったので、一旦屋敷に戻る事に承諾した。
そして、彼は私を抱えて屋敷に戻ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
地下に行き、小さな台の上にティートを降ろした。
そして、彼はティートの口の中にあるものを垂らし入れた。
「それは何?」
「これは人間の血だ。人間の血は我々吸血鬼にとって癒しの効果もある。ティートはコウモリだ。ティートにも効くはずだ。しばらく休ませてあげれば元気になるだろう」
人間の血は吸血鬼にとって食事だけではなく、癒しの効果がある事を初めて知った。
「ねえ、あの女は、私を獲物って言ってた。どういう事なの?」
私の問いに彼は答え始めた。
「彼女の名はマリアナ。僕と同じ吸血鬼だ。だが、彼女は僕とは違う。今でも人間を襲っているようだ。森の中で君と出会い、君の血を狙っていた。だから君の事を獲物と言ったんだろう」
彼女も吸血鬼だった。
今思い返せば、彼の言う事が真実だという事に気付いた。
「じゃあ、ティートは私を守ろうとしてたの? あの女の顔に急に張り付いたの。それであの女に地面に叩きつけられて……ティート、ごめんなさい」
私は涙がポロポロと流れてきた。
あの瞬間、何もわかっていなかった。
ティートはあの女が吸血鬼だという事をちゃんとわかっていたんだ……。
私を守ろうとして、あんな酷い目に……。
痛かったろうに…。
「麗香、君はあの部屋で休むといい。もう遅い。疲れただろう?」
彼の優しさだった。
でも、私はティートが目が覚めるまで側にいたいと思った。
「嫌よ! 私はティートの側にいる。私のせいで痛い思いしたんだから……。お願い、側にいさせてちょうだい」
「わかった。君の好きにするといい。僕も側にいる」
私は軽くうなづいた。
「ティート、頑張るのよ。私が側にいるから……」
「麗香、マリアナの事だが……」
彼が彼女の事を話し始めた。
「マリアナとはもう随分と前から会っていなかった。彼女とは200年位に出会ったんだが、人間を襲っているところを僕がたまたま出くわした。それがきっかけで、彼女に何度も人間を襲わないように説得したんだ」
彼はティートを見ながら続きを話しだした。
「何とか説得してストック用の血を分けていたんだが……ある日、急に姿を現さなくなってしまった」
私は静かに聞いていた。
ティートの事を見ながら。
「僕が思うに、時々行方不明の人間が出てくるだろう? 神隠しにあったように。中々見つからないのは、その人間達はマリアナが襲って吸血鬼にした可能性が高い」
「そんな……。 献血があるじゃない!」
彼が以前、話をしてくれていた献血の事を思い返していた。
「麗香。君みたいな若い女性は気をつけたほうがいい」
「そんなのどうやって気をつけろって言うの?」
彼は優しい眼差しで私を見ていたが、ティートの事が心配だった私は、ティートを優しく撫でていた。
「僕がいるじゃないか。麗香の事は僕が守る」
彼が何か言っているようだったが、私はそのまま寝てしまった。