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神の指先がささやく  作者: 此道一歩
第7章 見えない異国
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神の国

 その二日後、中山総合病院にやって来た星野は、三人を前に話し始めた。


「決して危険な国ではないと思うのです。王子が高校三年間と大学の四年間を日本で過ごしています」

「ええっ、じゃあ、国交があるんでしょ」

「いや、国交はありません。身分を隠して生活していたようです」

「でも、七年ってすごいですよね」彩が言葉を挟む。

「交流のあった人達からの話によると、彼は日本を【神の国】と言っていたそうです」

「神の国ですか?」

「シベリアの抑留史を読んで驚いたそうです。日本は確かに戦争という過ちを犯した。様々な国でひどいこともした。しかし、その報いを受けて、どん底から皆が立ち上がり、神の国を築いた。そして今なお、その罪を償おうと懸命に努力を続けている。しかし、その国の敗戦に際し、降伏した何十万人にも及ぶ国民を、ロシアは奴隷のように扱い、凍えるような寒さの中で暖も取らさず、十分な食事も与えず、合法的にその残虐行為を平然と行った。 遠い作業場へ列を作って行進させられ、列を乱す者は直ちに射殺された。つまずいた者さえ射殺された。人のなせる業ではない。 そして、領土まで奪われたのに、日本はその国と仲良くしようとしている。その国で原発事故があった時、日本の医師団は搬送されてきた患者を懸命に治療した。最初、日本人は馬鹿なのかって思ったらしい」

「……」

「また、近隣諸国と島の所有権をめぐって論争が激化していた時、その国にいる日本人は危険で外出することができなかったのに、日本にいるその国々の人は、平然と街を歩き、夜の外出も平気だった。日本では国同士の論争でその国の個人を責めるようなことは絶対にしない。なぜそんな心でいられるのか不思議がっていたそうです。東北大震災の時、誰もが助け合い、多くの家が空き家になったが、誰も盗みを行うものはいなかった。この魂は何なんだって、周りの人に問いかけていたらしい」彼はメモを見ながら訴えるように話した。

「すごいところに目を付けるんですね」

「そうだね、日本人ではないからこそ、見えるものがあるんだろうね。それにね、他の国ではわからないことがあれば、そんなことも知らないで私の国に来たのかって馬鹿にされたらしい。でも日本人は、外国から来たのだから、わからないでしょ、たいへんでしょ、と言って必ず誰かが助けてくれたらしい」

「確かに、日本人はそういう風に考えますよね」

「最後には、ここは【神の国】だ、私は神を冒涜した。罰が当たるかもしれない、そう言っていたらしい」

「なんか、すごい話ですね。でも良く調べましたねー」彩が感心していた。

「そりゃ、時間も相当にかかりました」

「その王子はどうなったのですか?」奈津子が尋ねたが、玲子は不安そうな顔をして見つめるだけであった。

「大学卒業後、体調を崩して帰国したらしいけど、この罰が国民に、そして子や孫に及ばないようにけじめを付けなくてはいけない、そう言っていたらしいよ」

「よくわかんないですね」奈津子には想像がつかなかった。

「彩先生のご両親と何か関係があるかもしれないって思ったけど、そこから先はわからなかった」彼が彩に微笑んだ。

「とても参考になりました。ほんとに感謝します」

「とんでもないです」

「でも、星野さんが子供の頃の話ですよね、どうしてこんなに……」

「私の父親も医師で、ボランティアに参加した二十六人の内の一人でした」

「ええっ、なんか奇遇ですよね」

「そうじゃないんです。奇遇ではないのです。私の父は瀬戸内海の小島から出た人間でしたから、何の後ろ盾もなく、ボランティアから帰ると、席も無くなっていて、生まれ故郷に戻って島の診療所で一生を終わりました。でも、その父が亡くなる三年ぐらい前に、アフリカで亡くなった海堂夫妻のことを話し始めたんです」彼は亡き父の悲しそうな表情を瞼に浮かべていた。

「えっ、お父様は両親のことを知っていたんですか?」

「とても残念がっていました。無念だとも言っていました。だけどその父が彼らには五歳の娘さんがいたんだ。元気にしているのだろうかって、何もしてあげられなかったって、涙を流しながら話し始めたのです。それから私はこの事件を追うようになりました。だがどんなに問い合わせても、入国の許可は出ませんでした。現地まで行こうとしましたが、最寄りの空港からスゴイ王国へ向かうジェットには載せてもらえませんでした。何人かの個人パイロットにあたってみましたが、『絶対に着陸できない』と言って誰も相手にしてくれなかった。でも、長島先生を追ううちに海堂夫妻の娘さんにたどり着いて、父親に報告しました。医師として活躍しているよって伝えると、微笑んだ後、涙を流していました」


「……」


「ただ父が生前に言っていたんです……」星野は俯いて一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。


「……」


「本当に亡くなっているのかって……」

「ええっー、どっ、どういうことですかっ!」彩が目を見開いた。

「確証は何もないですよ。でも父が言うには、人命救助に来てくれた人達を他の死者と一緒に葬るか? どんな非文明国だって、そんなことはしないよ。絶対に敬意を払うよ。外交のない国だ。何もわからない。その国で医師として働かされているんじゃないのかって……」

「そっ、そんな……」

「そうして考えてみれば不思議なことがあるんですよ」

「えっ」

「その国では大学病院並の医療機器を日本の企業から購入しているんです。そんな外交のない国に、そんな機器を扱える医者がいるわけがない。だとすれば、それを使用している医師は誰なんだって言う疑問が生まれますよね」

「まさか……」

 とんでもない展開に誰もが絶句して、息を飲んだ。

「でも、その一方で、『神を冒涜した』っていう言葉で考えてみると、少し違うのかなって思うんです」

「でも七年、日本にいたとしても、そうした難しい言葉を正確に使えていたのかどうかは、わからないですよね」

「確かにおっしゃる通りです。彩先生、私はとんでもない話をしているのかもしれません。もし、これが単なる邪推だったとしたらお許しいただきたい」

「あっ、いえ、もちろんです。でも行ってみないと真実はわからないですよ」

「彩ちゃん、でも、もしそんなことをする国だったら、彩ちゃんだって何されるかわかんない……」玲子が不安そうに彼女を見つめる。

「外務省の同行も了解しているのであれば、そんなことにはならないと思いますが、でも何も根拠がないって言うのは不安ですよね」

「いや、それでも行ってみます。正直言って、幼い頃から、自分を残して亡くなってしまった両親のことを恨んでいました。中学生になったころには、様々な親子の事件が起きる中で、親って何なのって考えていました。だけど、何があっても幼い私を残して、自分勝手にしたいことをして亡くなってしまった親なんて、親の資格がない…… そんな風に考えていました」

「……」

「でも、おばさんの話に初めて耳を傾けることができて、真実を知って……」

 彼女はあふれ出る涙に一度言葉を留めた。

「……」

「お父さんの最期の言葉を聞いて…… 『ほんの少しだけ、自分たちの幸せを犠牲にすれば、救える命があるかもしれない』っていうお父さんの言葉を聞いて、その通りだって思いました。三十年もの間、その気持ちを考えもしないで、私は暗闇を引きずってきてしまった。まして、両親が生きているかもしれないなんてことがあるのだったら、絶対に、行かないなんてあり得ない」

 彩の渾身の思いが伝わってきた。


「わかりました。私ももう少し調べてみます」

「いいえ、もう十分すぎます。無理をなさらないでください」

「ええ、でも、もう一人だけ話を聞いてみたい人がいるんです」


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