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神の指先がささやく  作者: 此道一歩
第7章 見えない異国
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見えない両親の真実


「どうぞ……」玲子は自信をもって入れてきたコーヒーだったが

「あっ、おいしいです。ありがとうございます」一口飲んで、そう口にした彩の様子を見て

「だめみたいね……」残念そうに玲子が(つぶや)いた。

「いえ、おいしいですよ」

「彩ちゃん、正直に言って……!」

「ごめんなさい、おいしいんですけど、酸味が足りないって言うか……」

「そうなの…… なかなか彩ちゃんの舌にあうものがないわね……」

 玲子は残念そうに呟いた。


 そんな玲子を見つめた彩が

「七年前、伐々大学病院を去る時に、総合診療科の松山教授のところでとてもおいしいコーヒーをいただいたことがあるんです。その時に、教授が、色んな所でモカを飲んでみるといいよ、いつか自分にあったものに巡り会えるからって…… でも未だに巡り会えていないんです」遠くを見つめるように話した。


「そうなの、七年もたっているのにねー、難しいわね」

「その時に教授が『人生もコーヒーと同じだよ。いつか、君のいるべき場所にたどり着くよ。腐ったらだめだ、とにかく経験を積みなさい…… そうすれば、必ず見えてくるものがある、そして必然的に自分のいるべき場所も見えてくるよ』って、言って下さったんです」

 彼女の瞼には、優しく励ましてくれた松山教授の笑顔が浮かんでいた。


「そうなの、すごい方ね」

「コーヒーにはまだ巡り会えないけど、でも自分のいるべき場所にはたどり着きましたよ」

 彩が玲子に訴えるように微笑むと

「彩ちゃん……」玲子はほんのりと涙を浮かべていた。


「だけどおばさん、お父さんの両親のことはご存知なんですか?」

「ごめんなさい、大事なこと忘れていたわね…… 私は自分の辛い部分ばかり気になっていて、ごめんなさい。あなたのお父さんのご両親、つまり彩ちゃんの父方の祖父母はね、あなたのお父さんが中学生の時に事故で亡くなって、二人とも親族が遠かったこともあって、親友だった私の父が引き取って、私と兄妹みたいにして育ったの……」

「なんか、家族で中山総合病院にお世話になっていたんですね」

「そんなことはないのよ、あなたのお父さんは頭のいい人で、確か高校を卒業するまでずっと一番だったと思う」

「へえー、凄いですね」

「指先の器用な人で、彩ちゃんの【神の指先】はお父さん譲りね」

「そうなんですか……」

「私の父は、本当は私と一緒にさせたかったのよ」

 玲子が微笑んで話した。

「えっ」

「私はね、そうなるんだろうって思っていたし、それでいいって思っていたの。でも、私はあなたのお父さんのタイプではなかったのね」

「ええっー、どう答えたらいいのかわかんないです」

「いいのよ、私も死ぬほど愛していた訳じゃないし、そういう風に流れて行くんだろうなって思っていただけだから……」

「……」

「ある日、父から、あなたのお父さんと一緒になるか? って打診されて、『いいわよ』って答えたら、その夜、あなたのお父さんが部屋に来て、あなたのお母さんと付き合いたいから、何とかしろって……」玲子は当時を思いだしているのかとても楽しそうだった。

「言葉が出ない、ごめんなさい」彩が俯いた。

「とんでもないわよ、それですぐに父の所へ行って、事情を話して、このことは二人の胸にしまったの」

「その後、付き合って結婚したんですか?」

「うん、だけど、結婚の申し込みに行くと、お祖父ちゃんが……」

「えっ、反対したんですか」

「いや、反対したわけじゃないんだけど、信心深い人だったから、両親が亡くなっているのにお墓も作らずに、順番が違うだろって……」

「お祖父ちゃんらしいですね……」

「それでお父さんは直ぐにお墓作って、一ヶ月後には結婚したのよ」

「それが、あの海堂家のお墓なんですね……」

「そう、一樹さんの奥さんが、いつもきれいにしてくれているでしょ」

「えっ、叔母さんが…… そんなこと考えたこともなかった……」

 彩は思ってもみなかったことを知らされ、遠くを見つめた。

「だから、あのお墓には、彩ちゃんの両親と、お父さんの両親の四人が祀られているのよ、両親の遺骨はないけど、魂は籠っていると思うのよ」

「だけど、ご両親の遺骨はどうなったんですか?」

 突然、奈津子が気になることを尋ねた。

「それがね、大混乱の中で、焼却することが急務だったので、遺骨の選別は不可能だったって言われて……」

「ええっ、国の名前はわかっているんですか?」

「スゴイ王国っていう人口一万人に満たない小さな国だったの」

「なんか、聞いたこともないですね」奈津子は不思議そうだった。

「当時、日本から派遣された医師、看護師二十六名のうち、帰ってこなかったのは彩ちゃんの両親だけだったから、当時の厚生省も、外務省も懸命に情報収集してくれたんだけど、とにかく外交のない国で、外国人はほとんど入国できない国だったから、どうにもならなくて、ましてこちらがどんなに努力しても答えの出ないことだから、何ともできなくて、その内に国の中でもこの話は風化してしまって……」玲子が辛そうに話しすと

「ひどい話ですね。人命救助のために訪れたのに、そんなに邪険に扱われて……」奈津子も呆れた様子だった。

「最後にね、遺骨の選別は困難ですが、合同墓地に埋葬して、毎年、供養しますって…… あちらの国から外務省に手紙が届いて、彩ちゃんのお祖父ちゃんやお祖母ちゃんも、そして一樹さんも、もう諦めるしかなかったのよ……」

「なんて国なのっ!」

 奈津子が怒りを露わにした。

「それでね、あのオペの日、彩ちゃんがいつか訪れてみたいって言ってくれたから、うれしくなっていろいろ調べたのよ」

「えっ、ありがとうございます」

「だけど、まず旅行会社はどこも相手にしてくれなくて、厚生労働省に電話したら、外務省の方がいいですねって言われて電話したの」

「それでどうだったんですか?」奈津子は興味津々だった

「外務省があちらの国に問い合わせてくれてね、三十年前、人命救助のためそちらに向った医師と看護師、海堂夫妻の一人娘が、両親の眠る地にお参りすることを望んでいます。入国させていただけますかって問い合わせてくれたら、瞬時に返事が返って来て、海堂夫妻の娘さんであれば、丁重にお迎えさせていただきますって返ってきたの! だけど国の事情がよくわからないのでもう少し待ってほしいって言われて、その回答が昨日あったの」

「どんな国なんですか」

「スゴイ王国、王が治める小さな国で、油田があるためとても裕福な国らしい。決して危険な国だとは思えないが、全く国交のない国なので、絶対的な保証はない。ただ、文明、文化は進んでいて、日本から医療機器を購入したこともあるらしいって」

「そうですか……」

「ただ、外務省の方が言うには、今までも何度か入国について打診したことがあるらしいけど、こんなに丁寧な回答が、それもこんなに素早く返って来たことはないらしくて、それはやはり海堂夫妻の娘さんならではのことだろう、三十年近く経った今も、この国では海堂夫妻の名前が風化していない、夫妻に感謝しているということではないでしょうか…… そうとしか考えられないって言っていた」玲子の雰囲気が少し変わってきた。

「彩……」

「いつでもお迎えしますって……」

「彩、私もついて行くよ、だから……」

「ありがとう。行ってみます。二人が眠る地で手を合わせてみます」彩は唇をかみしめて決意に近い思いを語った。

「わかったわ、病院の方は順調だし、十月の半ばを目途に十日間ぐらい休みが取れるように手配するから、それから行くときには、外務省の人も同行しますって言っていたわよ」

「はい、ご迷惑をおかけします」

「とんでもないわよ、裕也さんも一月には帰ってくるんだから、それまでに気持ちの整理はしておく方がいいわよね」

「はい、ただこのことについてはもう一人、話を聞いてみたい人がいて……」

「えっ、誰なの?」驚いた奈津子が尋ねる。

「フリーの医療ジャーナリストで星野さんていう方なの……」

「どうしてそんな人と知り合いなの?」

「裕也さんがよく知っている人で、もしアフリカに行ってみようって考える時が来たら、彼から話を聞いた方がいいって、相当な情報を持っているらしくて……」

 彩はふっと裕也の笑顔を思い浮かべた。


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