【やらせ】の記者会見
青井奈々のオペを終えた裕也が日本を発ったその翌日のことであった。
かつて彼が追われた伐々大学病院では、新たに学部長に就任した滝宮教授の記者会見が行われていた。
通常、この程度のことでプレス関係者は顔を出さないが、招待があった以上、顔を出しておかなければ、後々の情報収集に影響があることを懸念した者達が集まっていた。
中には、質問原稿まで渡されている者がいて、まさに【やらせ】の記者会見であった。
「ご質問のある方はいらっしゃいますか?」司会者の発言と同時に
「学部長、【悪魔の手先】が一時帰国していたことをご存知ですか?」
フリーライターの星野が手を上げると同時に立ち上がって叫んだ。
会場が一瞬静まり返り、滝宮が目を見開いて驚くと
「七年前、あなたが教授に昇進するとすぐに、【悪魔の手先】だと罵倒して大学を追い出した長島裕也が、ある女性をオペするために一時帰国していたことをご存知ですか?」長島が詰め寄った。
「私と何の関係があるのかね」新学部長は冷静を装って尋ね返したが
「日本の医師からは見放された女性の手術を、わずか六時間で済ませましたよ。二日前のことですよっ。 この手術で彼は第一助手に海堂彩を指名したんですが、彼女もそうですよね。【神の指先】を持つ女、海堂彩も、あなたが七年前に追いだしたんですよねっ」
長島は姿勢を緩めない。
「きっ、君、学部長就任に伴う記者会見と何の関係があるんですか」
司会者が慌てて止めに入ったが
「関係がありますよ、大ありですよ。学部長が【悪魔の手先】といってこの大学病院を追いだした医師、長島裕也の手術を、いま、アメリカでは何ヶ月も待っている患者がいるんですよ。日本の医師では誰もできないオペを、彼はたったの六時間で済ませたんですよ。 七年前、あなたは愚かにも自分を基準として、彼のオペが無謀だと評したんですよ。自分では手もだせないようなところに平気でメスをいれることができる彼の才能を、人の命を命とも思わない【悪魔の手先】だと言ってこの病院から追い出したんですよ。【悪魔の手先】どころか、日本医学会の宝だったじゃないですかっ! 海堂彩だって、彼女の名前を知らなくても、【神の指先】をもつ女を知らない人はいませんよ! そんな二人を追いだしたあなたが学部長になって、この大学病院は大丈夫なんですかっ!」
星野が声を荒げて襲いかかった。
「あまりにも失礼な質問が出てしまって、他にはないようなのでここで終わらせていただきます」
新学部長からにらまれた司会者は、慌てて会見を打ち切ろうとしたが
「逃げるんですかっ、でも私はこの愚かな真実を書きますよっ! あなたは准教授時代から、長島裕也と海堂彩を大事に育てていた高島前教授を非難していましたよね。彼の突然死だって怪しいものだ。あの死亡診断書を書いたのは、他の病院にいたとは言え、あなたの弟子ですよね。本当に心筋梗塞だったんですかっ!」長島は語気を強めた。
「君っ、失礼じゃないか!」司会者が声を荒げるが
「真実はわかりませんけどね、でも天は罪を許しませんよっ!」
「おい、どこにも出版させるんじゃないぞっ、根回ししておけよ」
彼は会場を後にしながら小声で司会を務めたその講師に念を押したが、その狼狽ぶりは誰の目にも明らかであった。
会場内が唖然としてざわつく中、怒りの収まらない星野は
「あなた達は、長島裕也の真実を知らないっ! 」大声を発すると静かに会場を後にした。




