第三話 『SIREN』
新キャラがちょびっと出ます(5秒くらい)
帰宅後、ベッドに寝そべって天井を仰ぐ。
魔境、詞鏡、喰らい魔、キャンセラー……。
…頭の中を単語がぐるぐる駆け巡って落ち着かない。
ひょっとして今日起きたことは全て妄想なのかもしれない。あまりに味気のない日常を送りすぎて、自分が作り上げた幻覚。
だとしたら雨野の存在も納得出来る。あんな不自然なまでに整った顔面、まさに二次元の住人だ。
――つまり、進級してからひと月の間ずっと俺は幻を見ている。
「そんなわけあるかよ……」
さっきからこんな調子で、仮説を立てては否定しての繰り返し。
クラスメイトも、四年間通い続けている喫茶店のマスターも別世界の住人だったなんて。今日の出来事で俺の世界が目まぐるしいほどに変わってしまった。
悪夢のような金曜日だ。考えるのに疲れてそのまま眠りについた俺は、せっかくの土日も上の空で過ごすことになる。
そして月曜、家を出た瞬間から何かに遭遇しないか不安で仕方なかったが、何事もないまま学校に着いた。
ほっと一息つき、鞄を下ろす。
「何を暗い顔してるのさ」
席に回り込んできたのは、小学校からの幼馴染である三神隼人だ。
ふわふわな金髪に中性的な顔立ち。童顔で男にしては背が低めな彼は、その甘いマスクから寄ってくる女子が後を絶たない。
幼馴染である所以は、小二の時にこいつが近所に越してきたというだけ。
「別に……いつもとそう変わらないだろ」
「確かにね。てか聞いてよ! また雨野さんにデート断られたんだけど!? 」
バンと机を叩かれる。さりげなく肯定するな。
ああもう、今その名前を聞くと金曜の記憶が蘇って頭痛がしそうだ。
「諦めろって。無理だあれは」
「嫌だよ!あんな絶世の美女と話せる空間にいるんだよ? 全力を尽くさないと一生後悔するね」
同じ空間にいるどころか、別世界の人間なんだよ。と突っ込みたい衝動を抑える。
「……ん? 雨野ってもう来てるのか? 」
「うん。さっき購買で会ったよ」
「そうか……購買でデートに誘うなよ」
周りの目を気にしないのがこいつの長所であり短所でもある。
「キャー!!雨野さんよ!!」
「今日も美しいっす!」
「こっち向いてー!」
……ああ来た。あいつは毎朝登校するだけで廊下が大騒ぎだ。
そんな学園のアイドルは、
「おはよう」
と熱い視線を浴びながら教室に入ってくるや否や、俺の名を口にした。
「連、ちょっといいかな」
歓声が止む。
――――何故に呼び捨て?
「はあああああああ? どういうことだよ!」
隼人から驚きと怒りに満ちた表情を向けられる。いや、クラスの男子全員からだった。
「用があるの。早く来て」
「わか、わかったって」
逃げるように教室を出る。「裏切り者!絶交だからな!」という三上の遠吠えが聞こえた。
「何だよ」
早歩きで周囲の目をまく雨野について行く。そのまま今はまだ利用者のいない連絡通路まで来た。
「これ朝霧さんから」
携帯電話と、シルバーの腕輪が渡される。
電話は所謂ガラケーというやつで、しかもストレート端末の古いタイプだ。やけにシンプルで飾り気が無い腕輪は、見覚えがある。
「これ、雨野もつけてる……」
今もその細い左腕に同じものがはめられていた。
「これは普通のケータイを改造して、近くの喰らい魔の位置とランクを把握出来るようになってるの」
「……出た、喰らい魔……」
頭痛がしてきた。
「ランクとかあるのか? 」
「勿論。強さ順に下からE、上はSまであるよ。あまりに大物だとこんなの無くてもわかるけど、詞鏡は魔力量が少ないから、基本下級しか出ないみたい」
そいつぁ良かった。
「で? こいつに知らされたからと言って、その、ホイホイ動けるわけじゃないぞ」
戦う覚悟などてんで無い旨を伝えると、雨野はなんとはなしに言った。
「平気だよ。喰らい魔に取り憑かれる人なんて、事件起こす一歩手前くらいのレベルなの。近辺にそんなしょっちゅう現れるわけじゃ……」
途中、「ビーッ、ビーッ」という警報音のような音に遮られる。発信源は俺の手の上……握られている携帯電話だった。画面には「対魔反応確認」の文字がでかでかと表示されている。
青い瞳と視線がぶつかる。彼女は残念そうに整った形の眉を下げた。
「ツイてないね」
次回どうにかして戦います