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さまざまな恋の短編集:ノーマル版

彼女は可愛い王子様

作者: 道乃歩

 帰り道、すれ違う他人がいちいちこちらを振り返るたび、恥ずかしくてなんでもないと言い訳したくなる。

 それでも、一度こうなってしまった彼女を止める手立ては、自然と熱を覚まさせる以外になかった。

「もうさ! どうしてわたしに黙って飲み会なんかに参加するのよ?」

「こうなるってわかってたし、俺がお前をああいう場に参加させたくないってのもわかってるだろ?」

 彼女の勢いは、わかりやすくほんの少しだけ弱まった。



 断ることが多いゼミの飲み会にこの日参加したのは、たまには顔を出せと友人にせっつかれたからだった。

 確かに、いつも世話になっている仲間たちとの付き合いは大事だと思って承諾したものの……驚いた。

 待ち合わせ場所に着くと、まるで「わたしも呼ばれていました」と言わんばかりに、ゼミのメンバーでない彼女もその場にいたのだから。にこやかに近寄ってきたときは正直背筋がかゆくなった。

「お前に声かけたあと知ったんだけど、いつの間にかメンバーに入ってたんだよ。黙ってたのは悪かったけど、まあ、仲良くさせてもらってるからいいかなって。華やかにもなるしさ」

 それが表面だけの謝罪だと知っている。

 俺が言うのもなんだが、彼女はモテる。瞳は感情をはっきり伝えるように大きく、目蓋も羨ましがられる二重。活発な性格らしく肩まで伸ばした髪は生まれながらの栗色で、男女分け隔てなく接するからか基本的に嫌味がない。

 だからこういう異性が大勢いるような場所にはなるべく参加させない、仕方なく参加した場合は俺がさりげない盾役となって守ると決めていた。

 この「さりげない」は結構大変だからこそ――なにせ敵をなるべく作らないようにしながら任務を遂行するのだ――内緒にしていたのに、一体どこから嗅ぎつけたのか。


「わかってないのはそっちもだからね」

 弱まったといっても他人に興味を持たれるほどの勢いには変わりないので、偶然見つけた公園に連れて行くことにした。ここで互いに頭を冷やしたほうがいいだろう。

「そっちも大概モテるの知ってるよね? わたしが言い寄ってくる女たちをブロックしまくってるの知らないの?」

 人差し指を額にぐいぐい押し付けて、間近で睨みつけてくる。そんな顔も可愛いから本気で怒れない、と素直に告げたら調子に乗りそうなので当然飲み込む。

「知ってるよ。感謝してる」

 そっとおろした人差し指を、手ごと包み込んで告げる。照れを隠すためか、彼女は思いきりそっぽを向いた。

 俺の隣をキープし続けて、友人たちとの会話が途切れた、あるいは混ざれそうな瞬間を狙って来ようものならすぐさま彼女が横槍にはいる。横槍、というとあからさまな印象を受けるが、俺もそうと自信が持てないくらい自然に意識を逸らしていた。


 自分で言うのはもっとどうかと思うが、俺もなかなかにモテる。彼女が言うには、女子ウケしそうな甘めのマスクで、腹が立つくらい文武両道、なのに驕る部分がないから同性からも嫌われにくくて、それがさらにモテる要因となっているらしい。

「久しぶりの王子様登場だったから、今日は一段とすごかったわよ。さすがにわたしのことマジウザって思われてもおかしくないかもね」

 そのわりには全く意に介していない。さすが、鋼の精神をもつだけある。

「俺も、久々のお姫様登場って感じだったから紹介してくれだのID渡してくれだのアピールがすごかったぞ。受け流すの大変だった」

 悪く言えば八方美人だから、「俺にも脈があるかも」と勘違いするのだろう。今まで一度も誰それが気になる、といった類の話を聞いたことのない身としては、ただただご愁傷様と拝むしかできない。

 まあ、仮にそんな話をしたものなら、相手が待っているのは破滅だけかもしれないが。


「お姫様とか……やめてよ。そういう柄じゃないわ」

 外灯に照らされた彼女の頬は、わずかに赤く染まっていた。伏せた目線も、普段とのギャップを考えると実に可愛らしい。

 実に女らしい反応に微笑ましくなる。目にした誰もがきっと、一発で恋に落ちるだろう。

 だから俺がいる。

「俺だって王子様なんて肩書、全然ふさわしくないね」

 俺を見上げた彼女は、悪戯をしかける子供のような笑みで頬をつついてきた。

「確かに、腹の中はいろいろ渦巻いてるものね~。わたし以上にエグい守り方するときもあるぐらいだし?」

「人聞きが悪いな。今日は一緒に頑張ってる仲間たちだったから、優しく丁重にお断りしたさ」

「エグい」方法を取るときは、彼女を好きな気持ちが暴走しているヤツを相手にするとき限定だ。例を挙げたら信用を失いそうだから心の中にしまっておく。


「とにかく。こういう飲み会にどうしても参加するときは、絶対わたしにも声かけて」

 目をそらすことを許さないとばかりに、頬を包み込まれてしまう。

「下手な虫がついてきたら困るでしょ。信じてるけど、やっぱり不安なの。わたしの目の届くところで守りたいの」

 大きな双眸がまっすぐに俺を射抜く。ある意味、王子様という称号は彼女にこそふさわしいとこういうときは特に思う。

「わかったよ。下手な誤魔化しはやっぱり通用しないみたいだし?」

「当たり前じゃない。何年同じ屋根の下で暮らしてると思ってんのよ」

「生まれたときから一緒だもんな」

 頭を撫でると、頬を小さく膨らませて振り払う。歳が同じなのに妹扱いをするなと言いたいらしい。

 そういう反応も可愛いからついやりたくなるのだが……これも言わないほうが身のためだ。

「そういうお前こそ、うかつに飲み会に参加するなよ。参加するなら俺にちゃんと言えよ」

 先に歩き出した彼女の背中に告げると、ひらひらと手を振っただけの返事をされた。

 本当にわかっているんだろうか? つい不安になるけれど、物心ついたときから彼女の一番が俺であると知っているから、きっと疑うだけ無駄なんだろう。

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