所長とコーヒー6
「……でも、疲れた」
やはり疲労だけは隠すことができない。
なんとか閉店作業を終わらせた僕は、倒れるようにしてカウンターに突っ伏していた。
一緒に閉店作業をしていた秋穂さんが、ほがらかな笑みを向けてくれる。
「本当にお疲れさま。ヤツカちゃんがいてくれて、助かったわ~」
「いや……結局素人なんで、調理の邪魔になってなかったか心配です……」
「あら~、そんなことないわ。小鈴ちゃん、筋が良いって褒めてたわよ~」
「へぇ、小鈴が……」
料理上手から料理のことを褒められるのは、なんだか嬉しい気分になる。
そして、なぜか僕以上に秋穂さんが嬉しそうだった。
「ほら~、やっぱり何かに優れている人は、他のこともできちゃうのよ~」
僕に喫茶店の手伝いをさせる時に言っていた言葉だ。
しかし……
「秋穂さんには当てはまってないですよね?」
「あら~、バレちゃった?」
彼女は困ったように笑っているが、なぜバレないと思ったのか?
「私、ずっと退魔師としての修行しかしてこなかったから、他のことがからきしなのよね~。お家を継ぐうえで、それ以外の技能って必要なかったし~」
「え? 退魔師の家柄なんですか?」
「知らなかったの?」
「知らなかったですね」
只者ではないと思っていたけれど、そういう家の生まれだったのか。
まぁそうでもないと、こちらの世界のことを知ることはないだろうけど。
それでも驚きを隠せずにいると、秋穂さんの笑みに困惑が混じる。
「え~っと……藤堂家っていえば、こちら側では結構有名よ?」
藤堂は秋穂さんの苗字だ。
よく知られた退魔師の家系らしい。
口ぶりから察するに、こちらの世界では「藤堂」と聞いただけで退魔師だとわかる、ということなのだろう。
知っていて当然だから、説明されていなかったようだ。
「……僕、ド田舎の社にずっといたので」
世間の情報には疎い。
お隣さんの社まで車で数時間だから、他の神との交流もなかったし。
「そうだったのね~。じゃあ説明が遅れちゃったわね。私と夏希ちゃんは、藤堂の本家の跡取りだったのよ~」
「なるほど」
姉妹そろって強い理由がわかった。
藤堂家のことは詳しくないが、退魔師の家系なら元々の素質が高かったはずだ。そこに加えて「本家の跡取りだった」ということなので、かなり厳しい修行を受けてきたことだろう。
「……ん? 跡取り……だった?」
ちょっと引っかかる言い回しだ。
なぜ過去形なのだろう?
これに秋穂さんが笑みを深める。どこか意味深な笑顔に見える。
「私たち、藤堂の家を出ちゃったのよ~」
「……はい!?」
ただ家の外に出ただけ、という話ではないだろう。
藤堂家という退魔師の家門から縁を切ったということだ。
跡取りということは、次期当主だったにも関わらず。
恵まれた環境にいたのに、それを自ら捨てたということか?
「どうして、そんなことを?」
「う~ん……藤堂の方針が合わなかったのよね~」
秋穂さんはあっさりとした様子で語る。
「藤堂って、悪霊なら問答無用で退治する方針なのよ」
「夏希みたいに?」
すぐに手が出る夏希に、僕は何度も殴られた。
「そうね~、夏希ちゃんを百倍問答無用にした感じかしら~」
「……命がいくつあっても足りないですね」
僕の素直な感想に、秋穂さんは笑みを漏らしてから続ける。
「私もずっと藤堂の教えの通りに悪霊を退治してたわ。でも、ある任務の時に大怪我をしちゃったのよ」
秋穂さんが右の脇腹をかばうように押さえる。
「その時に助けてくれたのが、藤堂の討伐リストに名前が載っている悪霊だったの」
悪霊が人間を助ける。
別にありえない話ではない。
悪霊というが、善悪の判断は人間がしているだけだ。
人助けをする悪霊だって、中にはいるだろう。
「こんな悪霊もいるんだ~、ってビックリしたわ。それから、段々と藤堂のやり方に疑問が増えてきて……」
そうして、ついには家を出てしまった、と?
すごい行動力だ。
「藤堂を出たことに後悔はないけど……夏希ちゃんには悪いことしちゃったわね~」
言葉の通り、秋穂さんの笑顔に申し訳なさが浮かぶ。
「私に付き合わせちゃったし……見逃してもらう代わりに本家から押し付けられてる依頼を、ほとんど一人でやってくれるし」
「あぁ」
思い当たるものがあった。
事務所には依頼が全然来ないのに、夏希はいつも忙しそうにしている。
それは藤堂家から押し付けられた依頼をこなしていたわけか。
「あの子だけでもお家に残してきたら、もっと違う人生を生きてたんでしょうけど……」
いつも笑顔の秋穂さんが、珍しく真剣な表情でうつむく。
跡取りの秋穂さんがいなくなれば、順当に言って次の跡取りは夏希になるだろう。
退魔師の名門一家で当主になっていたかもしれないのに、実際はその家から押し付けられている仕事をこなす日々。
確かにかなり状況が違っている。
とはいえ、秋穂さんの心配が僕にはわからない。
「でも……」
声をかけようと思ったのだが、秋穂さんのほうが早かった。
「暗い話は止めましょうか~。ヤツカちゃん、仕事終わりにコーヒーでも飲む? 私が淹れてあげるわ」
「……え」
秋穂さんのコーヒー。
とても危険な予感がする。
しかし止める間もなく、彼女は調理場へと消えていってしまった。




