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所長とコーヒー5


 すぐに不具合が起きた。


「あら~? 小鈴ちゃん、パフェがひとつ足りてないわよ?」


「ん……っ!」


 調理場から慌てた声だけが返ってくる。

 そう、先にパンクしたのは小鈴のほうだった。


 ホールはまだ僕と秋穂さんで担当しているのでなんとかなっているが、調理場は小鈴一人だ。


 とてもさばききれる注文数ではないだろう。

 徐々に出来上がりが遅くなっているし、ミスも増えている。


 このままでは、すべての注文に対応できない。


「――」


 お客さんたちは、秋穂さんが目的だから、対応が遅れても問題はないと思うが……。とはいえ、秋穂さんと小鈴は気にするだろう。


 どうにかしないといけない。

 けれど、僕にはどうすることもできなくて……。


 そこで動いたのは、この店のオーナーだった。


「仕方ないわね……小鈴ちゃん、私も調理場を手伝うわ~」


 忙しいところに人員を追加するのは当然の選択だろう。秋穂さんの判断は正しい。


「ヤツカちゃん、ホールはお願いね~」


 秋穂さんがカウンターの奥、調理場へと消えていく。


 そして、店内の空気が変わった。


 お客さんたちから笑顔が消える。


 ――接客対応が、僕だけになったから。

 最初はそういう理由だと思った。


 けれど、それだけではないらしく、お客さんたちの顔色が青ざめていく。


「ど、どうしよう……帰ったほうが……っ!?」

「でも、これはこれでラッキーかも……」

「ううん……下手したら死んじゃう!」


 などと、不穏な会話が飛び交っている。

 どういうことだろう?


 不思議に思っていると、パタパタと小さな足音が聞こえてきた。


 見れば、調理場のほうから飛び出してくる小柄な女の子が。


 赤い着物にエプロンをかけた女の子は、調理場を任されていたはずの付喪神、小鈴だ。


 彼女は、とても焦った様子で僕にすがりついてくる。


「んっ! んんっ!」


「え? な、なに……?」


 身振り手振りで何かを伝えようとしているが、いまいちわからない。


 慌てる小鈴と、理解が追いつかない僕。


 だが、その構図も長くは続かなった。


 ――ボンッ

 調理場から爆発音とともに黒煙が溢れ出てくる。


「あら~、上手くいかないわね~……きゃあっ!」


 ――ドゴォン!

 さらに爆発音。


「えっと……これは……?」


 僕の問いに、答えてくれる人はいなかった。


 返事の代わりに、小鈴もお客さんたちも、この世の終わりような表情で調理場を見つめている。


 なるほど、よくわからないが……秋穂さんに料理をさせてはいけない、ということだけは理解できた。


 だったら僕のやることは一つだけだ。


「秋穂さん! 交代しましょう」



 そこからはホール作業の数倍、大変だった。


 それはそうだ。料理なんてしたことがないのだから。


 とりあえずレシピと、小鈴の身振り手振りでの指示に従って、必死で調理をしていった。


 なによりも辛かったのは、秋穂さんが作ったと思われる暗黒物質を無視することだ。


 焦げた何かのはずなのに、ぴくぴく動いているから、恐ろしい。


 下手に触れなくて、捨てることもできなかった。


 それが視界の端にずっといるから、精神的によくない。


 そんな環境に耐えつつ調理を進めて、気づけば夕方になっていた。


 ホールから秋穂さんの声が上がる。


「お疲れさま~、閉店時間よ」


 やっと終わった……。

 どうやら遅くまでやっているお店ではないらしい。

 あくまでも副業としてやっているからだろうか。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。いま僕が考えられるのは一つだけだ。


「……つ、疲れた」


 とにかく疲れた。

 慣れないことはするものではない。


 飲食店での仕事がこんなに大変だとは思いもしなかった。


 この事務所に来るまでに、何件かバイト面接を受けたが、そのどれもが飲食店だった。あの時に採用されてなくて、本当によかったと思ってしまう。


 そのくらい辛かった……。

「――」

 けれど、まぁ悪いことばかりでもなかったか。



 それは僕が調理場に移ってからのことだった。


「ありがとうございます、助かりました!」


 お客さんのうち何組かが、帰り際に調理場をのぞき込んで、そう声をかけてくれた。


 あの暗黒物質を食べさせられるかもしれなかったのだから、お客さんたちの恐怖はかなりのものだっただろう。


 調理場の仕事は大変だったが、誰かの役に立てたなら、それだけ満足感も大きい。


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