神様雇います8
夏希が、駆け出した態勢のまま固まっていた。
自力で動きを止めるには、あまりにも不自然な姿勢だ。なにかしらの力が働いていることは確かだろう。
しかもそれは夏希だけではない。
「あら~? 困ったわね……」
「秋穂さん、夏希さん、どうしましょう! 体が固まっちゃいましたよ!?」
この場にいる全員が、男の術中らしい。
「儂は何十年も死ぬ思いで修行をしてきた。身動きを封じるくらい、造作もない」
勝ち誇った笑みを浮かべ、男が悠々と歩みを進める。
「これで誰も抵抗できんだろう。その娘は儂がいただいていく」
ここまで黙って見ていた僕も、さすがにまずそうな状況だったので口をはさむことにした。
「あのさ、どうしてかえでを狙うんだ?」
「わからぬのか? その娘の肉体は、あまりにも力が強すぎる。悪霊に利用される前に処分しなければならない」
「……?」
かえでの力とか、悪霊が利用とか、いまいち理解できない。
でも、ひとつだけわかったことがある。
「お前はかえでを殺すつもりってことか」
「ふん、だからどうした? 儂を止めるか? 術で縛られた体では抵抗することなど――」
「あぁ、この縛り? とっくに解いたけど」
「…………は?」
信じられないといった様子の男に対して、僕は準備運動するように手足をプラプラさせてみせる。
「な、なぜだ!? 儂の術は、中位の神でも破ることはできぬはずっ!?」
「いや、それ自分で答え言ってるでしょ。つまり上位の神なら、破れるんだろ?」
具体的にどの程度の位までが対象になるかはわからないが、少なくとも僕には効果がなかったということだ。
ちゃんと体が動くのを確認して、僕は左腰に両手を構えた。まるで刀を抜こうをするように。
「さて、僕は本来、人間を守る側の神なんだけど……あんたのことは、敵ってことで倒していいんだよね?」
「くっ……!」
戦闘態勢に入った僕に、男が初めて表情をゆがめた。
「ま、まだだ! まだ儂には使い魔がおる!」
――シャン、シャンッ
錫杖が鳴らされる。
音に引き寄せられるように、男の足元に影が集まり、固まり、獣の形を作っていく。
その数、四体。
すでに呼び出していたモノも合わせて合計五体になる。
「それだけの使い魔を一度に操るなんて、人間にしては大したものだね」
「ふはは、儂の本気をなめるなよ! いくら神といえど、一度にこれだけの使い魔を相手取るのは難しかろう」
「確かにね……」
数が多いほうが有利なのは、大抵のことに当てはまるだろう。もちろん戦闘でだって、同じことが言える。
「でも、忘れてないかな?」
右手をゆっくりと動かす。剣を抜くように。
その動きに合わせて、光り輝く直刀が姿を現した。
そして――
「そいつらは、僕の神気に耐えられないんだよ」
直刀から放たれる光を浴びて、影の獣たちはあっという間に霧散してしまった。
「なっ!? こ、これほどの神が、なぜこんなところに……っ!」
男は焦った様子で、停戦を求めるように手のひらを突き付けてくる。
「待て! その娘は本当に危険なのだ。儂の話を聞けば、お主も納得する!」
話し合いを求める男。
しかし彼の手は武器である錫杖を握ったままだし、かえでたちへの術も解いてはいない。
そんな奴の言葉を聞く必要があるか? いや、あるわけがない。
「問答無用!」
一歩で距離を詰める。
人間相手に直刀を使うわけにはいかない。
だから、全身全霊を込めた拳でぶん殴る!
「僕を敵に回したのが、運の尽きだ」
振り抜いた拳が、男の頬を捉えた。