腹ペコの貧乏神1
その発言は、突然だった。
「何日か出張してくるから~、私がいない間、事務所はお願いね~」
秋穂さんが笑顔で告げてきた。
これに、かえでと夏希は慣れた様子で答える。
「はい! 任せてください」
「いってらっしゃい。気を付けて」
何事もなかったように受け流している。
けれど、僕は首を傾げる他にない。
「出張……ですか?」
「そうなのよ~。どうしても私じゃないと解決できない、っていう事件が起きちゃったみたいで……」
それは、かなりの大事件なのでは?
「あの、僕も何か手伝いましょうか?」
「あら~、大丈夫よ。私が行って、ぱぱっと解決して帰ってくるから~」
ノリが軽い。かなり危険なことになっていると思うのだが、そんなテンションでいいのだろうか?
心配になっている僕に、夏希がそっと補足する。
「気にしないで。たまによくあることだから」
「たまによくある!?」
明らかに日本語がおかしい。
けれど夏希はそんなこと気にする様子もなく、続けた。
「姉さんの名前は、業界では割と有名だから急な応援要請が来ることも多くて」
「あぁ、なるほど」
すぐに納得できた。
秋穂さんの実力は一部しか見ていないが、それでも引く手あまたであることは容易に想像できる。
「うふふ、そういうわけで~、しばらく事務所を留守にするから、よろしくね~」
ほがらかな笑顔を残して、秋穂さんのいない日常が始まったのだった。
それから三日。
特に変わったことは起きなかった。
なにか事件が起きるわけでもなく、平和な毎日が続いている。
秋穂さんがいないことで事務所の業務が止まる、といったこともなかった。
そもそもほとんど依頼の来ない霊能事務所だ。
この三日、相談に来る人は、一人もいなかった。
とはいえ、そんな状況でもヒマを持て余していたわけではない。
「よしっ! キレイになった」
僕は毎日せっせと掃除をしていた。
雑用にも慣れたものだ。
床も机の上も、書類棚もホコリひとつ残らないようにピカピカにしておいた。
「次は、外かな」
事務所である以上、入口は清潔にしておいたほうがいいだろう。
お客なんて滅多に来ないけれど……。
とはいえ、それはそれだ。どうせヒマなのだから、なにかしていないと落ち着かないし。
ホウキとチリトリを手に、事務所を出る。
事務所は二階にあるので、一階に下りてから通りのゴミを拾っていこう。
しかし階段を下りようとした時だ。
「うぅ……」
上から声がした。
居住スペースである上階への階段に目を向ける。
そこに、女の子がいた。
見た目は中学生くらいで、濡れ羽色の髪は足首に届くほど長く、黒を基調とした着物と紺色の帯。
古風な日本人形を思わせる女の子だった。
全体的に幸が薄い印象の彼女は、ミヤビという名前の子だ。
霊能事務所の一員であり、僕と同じ神様の従業員でもある。
貧乏神だけれど。
「珍しいな」
素直な感想が、口をついて出る。
ミヤビはなぜが僕のことを怖がっているらしく、あまり姿を現してくれない。
物陰に隠れて、遠くから見てくるのが精々だ。
いつもそんな感じなのだが、今日はちょっと様子が違った。
「……うぅ」
明らかに顔色が悪い。
ふらついていて、足元がおぼつかない。
どこか体調でも悪いのだろうか?
「えっと――」
心配になって声をかけようとすると、
「もう……だめ……」
小さくつぶやいて、彼女の全身から力が抜けていった。




