初仕事19
「そんなことより、手出ししたら百回ぶん殴るって話だったけど?」
「あれ!? ここで、その話を蒸し返すの!?」
「もちろん。約束は約束だし」
そうだけど、百回……百回かぁ。
絶対に命に関わる。しかし、ここで逃げ出すのも男らしくない。
「わ、わかった。一思いにやってくれ!」
覚悟を決めて、目をつぶる。
そうして待ち構える僕に、彼女は小さくつぶやいた。
「じゃあ、これから百回分、私の手伝いをして」
「……え?」
つい聞き返してしまった僕に、夏希は言い訳するように続けた。
「頼ってほしいんでしょ? いつかは姉さんみたいに、一人でなんでもできるようになりたいけど……。まだ無理みたいだから、それまでは頼ってあげる」
「……えっと」
ずっと一人でやると言っていた彼女が、何をきっかけに心変わりしたのかはわからない。どれか一つのことが心に刺さったのか、あるいは今日一日のすべてが影響しているのか。
でも理由なんて、どうでもいい。
重要なのはそこではない。
夏希が頼ってくれるようになった。
それだけがわかっていれば僕は満足だ。
「――」
なんてことを考えていると、彼女はこれまで通りの不機嫌な表情で拳を握った。
「なに? やっぱり百回殴ってほしいの?」
「いやいや、喜んで手伝います!」
反射的に返事をした。
さすがに百回も殴られたら死んでしまう。
この返事に、夏希は満足そうに頷いてから、ふと視線をそらした。
「じゃあ、さっそく一つ頼みたいんだけど……」
「ん? なに?」
一回目の頼みを待ち構える僕に、夏希はわずかに頬を染めて、僕から借りたシャツの裾を握る。
「この格好のままだと帰れないから、何か服を調達してきて……」
「あぁ、なるほど」
まだ日が暮れたばかりの時間帯だ。通りには人通りも多いだろう。
薄手のシャツ一枚で、そこを歩き回るわけにもいかない。
僕が納得している前で、夏希は再びため息をついた。
「かえでに謝らないと」
そういえば、夏希の服はかえでからの借り物だった。
かえでのことだから、謝れば許してくれると思うけど。
しかし夏希の表情は重い。
「柄にもなく、似合わない服なんて来ちゃったから、こんな目に遭ったのかな?」
僕に聞いたというより、自分自身に問いかけるようなつぶやき。
それに、僕は自然と首を傾げた。
「変なこと言うね?」
「なに? 罰が当たる、みたいな迷信めいたことを私が口にしたら、おかしい?」
いや、そっちではなくて。
待ち合わせした時にも言ったと思うけど。
「普通に似合ってたよ。可愛かったし」
「か、かわ……っ!?」
彼女は驚いたように目を見開き、顔が真っ赤に染まっていく。
それから困惑するように視線を泳がせていた夏希は――最終的に拳を握った。
「うるさい、黙れっ!」
そうして僕は、なぜか彼女にぶん殴られたのだった。




