神様雇います7
「姉さん!? そんな簡単に……」
「夏希ちゃん、すぐに人を疑うのはよくないわ~」
まだ何か言いたそうだった夏希を、朗らかな笑顔で黙らせる。
「それに、常に最悪の事態を想定したほうがいいもの~」
「だ、だから、この男がかえでを狙っていることを考えないとっ!」
「その時は、みんなで協力してヤツカちゃんを倒せば解決でしょ~?」
なんか、今さらっとひどいこと言われなかったか?
指摘したいところだが、そんな空気でもないのでガマンしておいた。
「お守りがあったのに低級霊に襲われたなら、それこそ問題なのよね~。だから、そっちの原因を突き止めるほうが先じゃないかしら?」
「……姉さんがそう言うなら」
夏希が渋々と頷くと、秋穂さんは嬉しそうに微笑んで、かえでのほうを向いた。
「かえでちゃん、お守りは?」
「あ、はい! もちろん肌身離さず持ってますよ」
かえではシャツの首元を広げて、そこに手を入れる。
胸元の肌が少しだけあらわになっていて、このまま見ていていいのかちょっと心配になる。
とはいえ、いきなり視線をそらすのも意識しているようで、夏希あたりに因縁をつけられそうだから、下手に動くのは止めておこう。
そう、あくまでも夏希対策だ。決して、僕が見ていたいわけではない。
「これです!」
とか考えていたら、かえでが服の中から何かを取り出した。
小さな布袋だ。長いヒモがついていて、首から下げていたらしい。
その袋からは結界に似た力が感じられる。
「う~ん……異常はないみたいね~」
布袋を観察していた秋穂さんが、困ったように告げた。
確かに僕の目から見ても、あのお守りは確実に効力を発揮している。
悪いモノは彼女に近づくこともできないだろう。
「なのにかえでちゃんは襲われた……不思議ね~?」
かわいらしく首をかしげる秋穂さん。
この場にいる全員が答えを出せず、わずかな沈黙が訪れた。その直後だ。
ガチャリと、ドアが開けられ何者かが入ってくる。
「答えなど明白。それは、『悪いモノを遠ざける護符』なのだからな」
入ってきたのは壮年の男だった。
二メートルを超える巨漢に、彫りの深い顔。黒い法衣をまとい、錫杖を手にしている。
どうやら、神職の人間らしい。
男の出現に、部屋全体を緊張感が満たしていく。
そんな中、秋穂さんだけがひとりほんわかとした笑みを浮かべたまま一歩進み出る。
「あら~、どちら様かしら?」
「儂か? ふむ、名乗るほどの者ではないが……さきほど、そこの娘に獣を放った者と名乗れば理解できるか?」
「……っ!」
部屋の緊張感が増した。
明確に、敵であることを宣言したのだから。
「そこの女、お主の護符は見事なものだ。しかし、『悪いモノ』を遠ざけることはできても、『悪くはないモノ』を防ぐことはできぬ」
男が手に持っている錫杖を、床に打ち付ける。
――シャンッ
鈴を鳴らしたような音が響き、そして、
――■■■■■ッッ!
あの時と同じ、影を固めて作ったような獣が姿を現した。
「これは、儂の使い魔。ゆえに『悪いモノ』ではない」
だからお守りでは防げなかった。
わざわざ説明してくれた男だが、そんなことをしている場合ではなかっただろう。
黒い獣の出現は、どう見ても戦う意志表現だ。
それにこちら側が反応しないはずがない。
いち早く、夏希が動き出す。
「かえでに手出しして、ただで済むと思わないでっ!」
駆け出す夏希。
あまりの剣幕に、僕なら逃げ出していたかもしれない。
しかし男は余裕そうな態度を崩さない。
「……ぬるいな」
再び錫杖を床に打ち付ける。
――シャンッ
またしても獣が出てくるのかと思ったが、そうはならなかった。
音が響くのと同時に、部屋の空気が一変する。
凍り付くような、ピリッと痺れるような、何とも言えない空気。
それだけなら、なんということはない。
けれど――
「なに、これ……っ! 体が、動かない!?」