初仕事14
「……もう終わり?」
攻撃した本人が、困ったように声を上げる。
けれども、そんなはずはない。
まだ周囲の重苦しい空気は変わっていないのだから。
「危ないっ!」
「え?」
僕の警告の声に、しかし夏希の反応は間に合わなかった。
一度は散り散りになった黒い水が、再び寄り集まる。
元の場所に収束し、人の形になっていく。
夏希を巻き込んで。
「な、何これ!? 身動きが……!」
ものの数秒で復活した悪霊は、夏希の体を半分ほど埋め込んでしまっていた。
抜け出そうともがくが、むしろ徐々に飲み込まれていく。
「っ! まとわりついて……離れない!?」
焦った声を上げる夏希に、悪霊の女性は楽しげに口角を上げる。
――ウフフ、捕マエた
「こいつ……っ!」
苦い顔をしていた夏希が諦めたように、もがくのを止めた。
しかし、その瞳にはまだ熱が残っている。
諦めたといっても、逃げ出すのを諦めたという感じだった。
そうして、気合いを入れるように短く息を吐く。
「こんなものっ!」
まだギリギリ飲み込まれていなかった左手に力を込める。
オーラのようなものが、可視化されるほど集中しているのがわかった。
「死ねぇ!」
全力で左拳が振るわれる。
――フフ、無ダ……ム意味……
これにも、悪霊はなんの対応もしなかった。
それはそうだ。
流動する体には、夏希のパンチも効果がない。そのことは一撃目で証明されてしまった。
「意味はある!」
だが、夏希もバカではない。
夏希の拳が女性の体を貫く。
そして、その風圧で悪霊の体を作っていた黒い水が、バラバラに飛び散っていった。
夏希の体にまとわりついていたモノも。
「出れたっ」
その場にいたらまた捕まるかもしれないと考えたのか、夏希は即座にバックステップで距離を取る。
僕の隣まで退避してきた彼女は、素早く拳を構えた。まだまだ戦えると主張するように。
しかし、やはり抜け出すのに体力を使ったのか、呼吸が荒い。
「手伝おうか?」
心配になって声をかける。
「平気。あなたは黙ってて」
「……」
冷たく返されてしまった。
夏希はあくまでも自分ひとりで解決するつもりのようだ。
まぁ、本人がそう望むのなら、僕も無理に手伝おうとは思わない。
けれども心配なものは心配だ。
実際、ついさっきまで悪霊の体内に取り込まれていたし、あのまま全身を飲み込まれていたら取り返しのつかない事態になっていただろう。
一時的とはいえ、悪霊の体内に入ったことで、肉体に影響が出ている可能性もある。
「さっきのでケガとか――」
無事を確認するため、悪霊のほうを警戒しながら彼女に視線を向ける。
そこで、僕はとんでもないものを目にしてしまった。
「な、夏希!? 服が……っ!」
「え?」
指摘を受けて、彼女が視線を下ろす。
自分の状態を確かめると、
「きゃあーっ!?」
年相応の可愛らしい悲鳴を上げた。
夏希もそんな声を出すのか、と驚く。その反面で、状況が状況なのでこの反応も納得できた。
だって、彼女の服が溶けてしまっているのだから。




