初仕事13
「……ん?」
と、その時、新たな変化が起きた。
前方の地面から、何かが湧き出してくる。
夏希もそれに気づいたのか、不思議そうに首を傾げた。
「なに、あれ? 黒い泥……?」
そう、泥に似ている。しかし明確に違う。
泥よりは水に近い。
けれど、泥以上に汚れ切った色をしている。
黒く濁った水、と表現するのが適切かもしれない。
その黒い水が、地面からどんどん湧き出してくる。
しかし、大量に噴き出す水が、周囲に広がることはなかった。
黒い水はその場に留めり、寄り集まってひとつの形を作っていく。
それが人型になろうとしていることは、すぐにわかった。
「ケガレに似てる」
そう感じた。
黒い霧に見えるケガレも、たくさん集まればひとつになって人の姿を形成する。
けれどもしかし、今回の相手はケガレではない。悪霊だ。
つまり元は人だったモノ。
それが、水のような形状を手に入れている。
魂が変質するほど、この悪霊は力を蓄えているということだ。
これまでのケガレ退治とはわけが違う。かなり危険な相手になるだろう。
「――」
緊張感に、自然と息を飲んでいた。
警戒しながら様子をうかがっていると、黒い水の流動が治まり、人の形に落ち着いた。
現れたのは、女性だった。
入院服のようなものを来た、髪の長い女性。
全身が黒い水のままなので顔は判別できないが、細身で高身長。生前は美しい姿をしていたのだろう、と予想できる。
そんな女性は僕たちを見て、怒りをぶちまけるようにケガレを噴き出した。
とてつもない圧を感じる。
これだけで、彼女の力の強さが理解できる。
僕が危機感を抱いていると、女性の顔に変化が起きた。
黒い水が横に割れていく。まるで大口を開けるように。
そうして女性が叫んだ。
――ワタシのナワバリで……イチャイチャするナッ!
「…………」
これが彼女の第一声である。
なるほど、デート中のカップルばかりが狙われる理由がわかった。
とはいえ、もっと他に恨みを向ける場所があったのではないか?
わずかに呆れてしまう僕だったが、夏希は違う感情を抱いたようだ。
「だ、誰と誰が……イチャイチャしてたって?」
彼女は拳を震わせている。
その表情には、はっきりと怒りが浮かんでいた。
――お前タチ……イチャイチャしてタ
「してないっ!」
完全に、火に油を注がれた感じだ。
夏希の全身を怒気が包む。
「ふざけたこと言ってないで、さっさと死になさい!」
そして夏希は怒りに任せるようにして、飛び出した。
握った拳を大きく振りかぶっている。
けれども、それはよくない。
「夏希、待った!」
僕はとっさに声を上げていた。
やっていることはアレだが、この悪霊の力は本物だ。
迂闊に手を出すべきではない。
だが、しかし、すでに遅かった。
動き出してしまった夏希は、今更もう止まれない。
「散れっ!」
一瞬で悪霊に接近し、渾身の右ストレートが繰り出される。
夏希の攻撃に対して悪霊は、
――フ、フフ
笑みをこぼすだけで、何もしなかった。
ただ、無防備に拳を受ける。
夏希の拳は、悪霊の体をあっさりと貫通して、あまりの威力に体を形成していた黒い水が霧散した。




