初仕事12
夏希の手が伸びてくる。
ゆっくりと近づいてくる手に、心臓が早鐘を打ち始めた。
いつもは恐怖心を与えてくる彼女の手だが、今回は違う。
これから、腕を組むのだ。
夏希も言っていたが、腕を組むということは体を密着させるしかない。
女の子とくっ付くなんて、緊張せずにいられるだろうか? いや、いられない。
相手は夏希だし、散々殴られたり冷たい態度を取られたりしていたが、それはそれだ。彼女だって、ちゃんと女の子なのだから。
ドキドキが止まらない。
とはいえ、それを夏希に悟られるのは悔しい。
呼吸を整えて、必死に平常心を保つ。
なんてことはないという態度で待ち構えていると、彼女の指先が僕に触れた。
「……っ」
触れた瞬間に、わずかに引っ込められた手は、しかし躊躇いながらも再び近づいてくる。
なでるように彼女の手が回りこんできて。
そして――
「ッ! 痛い痛い痛いっ!」
ヒジに激痛が走った。
「うるさい、騒がないで。腕を組んだくらいで」
「違うっ! これは関節技だ!」
がっちりホールドされているから抜け出せない上に、とんでもない痛みが襲ってきている。
「腕を絡めてるんだから、似たようなものでしょ」
「全然違うよ!?」
腕を組むのと、関節技では天地ほどの差がある。
甘酸っぱい男女の行為と、そんな野蛮な攻撃を一緒にしないでほしい。
「いいから、さっさと歩く! デートっぽく見せないといけないんだから」
「関節技キメながら歩くデートなんて、この世界にはないって!」
「どうして言い切れるの? そういう趣味のカップルだっているかもしれないじゃない」
「だとしても、わざわざそんなカップルを演じたいとは思わないよ!」
マニアックにもほどがある。
僕はもっとノーマルなデートがいい。
「いちいちうるさい……協力する気あるの?」
「あるから言ってるんだけど!?」
デートっぽく見せないと、悪霊は出てこない。
「関節技なんてしても――」
出てくるわけがない、と続けようとした時だった。
ふと、不穏な気配を感じる。
「――っ!」
夏希の体が、警戒するように跳ねた。
彼女も何かを感じ取ったようだ。
その直後、空気が変わった。
ねっとりと肌にまとわりつくような、重くねばっこい空気。
さらに、視界は煙り始める。
いつの間にか、僕たちの周囲に霧状の黒いモノが広がっていた。
「ケガレが集まってる……」
負のエネルギーの塊。
まだ、形を成して人に危害を加えるほどの濃度にはなっていないケガレが、辺りを満たしていく。
この現象が起きる原因を、僕は知っていた。
それは夏希も同様だったようで、やる気に目を輝かせている。
「悪霊が来たみたい」
「らしいね」
悪霊が近づいてきたことで、ケガレが引き寄せられたのだろう。
そしてケガレのせいで、周囲の空気まで重苦しいものに変わってしまった。
「ここからは私ひとりでやる。下がってて」
夏希が前に進み出る。
そこでやっと僕の腕が解放された。
「まさか、関節技でおびき出せるなんて……」
散々締め上げられたヒジをなでながら、つぶやく。
それでいいのか、悪霊? とか、考えてしまう。
「私の選択が正しかったってことでしょ」
「いや……それはどうなんだろう?」
「なに? 文句でもあるの?」
夏希が拳を握って、こちらを睨んでくる。
そうやってすぐ暴力に訴えるのは止めていただきたい……。




