神様雇います6
名前……名前かぁ。
できれば、あの名は口にしたくないのだが。
「や、ヤツカ、です」
「あら、偽名は困るわ~」
何の迷いもなく指摘されてしまった。
確かにヤツカとは、僕の本名ではないが……。
「どうして、わかったんですか?」
「うふふ、そのくらいわかって当然よ」
「……」
朗らかな笑みを浮かべているが、とんでもないことを言っている。
神様が名乗った名前が本物かどうか見極められるくらい、強い力を持っているということだ。
神職でもかなり高位の人、それこそ神主の最高位である特級でもなければ不可能だろう。
若い女性で、しかも神職という雰囲気でもない。そんな人が、特級レベルの力を持っているのは驚異的だ。
大人しそうな人というイメージがガラッと変わってしまった。そんな秋穂さんは、悩むように手を合わせている。
「う~ん……本名を名乗りたくない事情があるみたいね」
納得した様子で頷いて、彼女はすこしだけ真剣な表情を向けてきた。
「じゃあ、名乗る代わりに、ひとつだけ聞かせてくれる? あなたほどの力を持った神様がどうして自分以外の土地に来ているのかしら?」
「……」
理由を話せと?
しかし名前を言うよりは、まだマシか。
「出稼ぎに来ました」
「…………はい?」
怪訝な顔をされてしまった。
「信仰が薄れて、お賽銭が減ったので、生活費を稼ぐために出稼ぎに来ました」
「あらあら、それは……大変そうね~」
困ったような笑顔を向けられる。
本当のことを正直に言ったら、同情されてしまった。
まぁ仕方ないか。神様がお金に困っているなんて、あまりにも残念すぎる。
適当にそれらしい嘘をついておいたほうがよかったかな?
そう後悔したくなるような微妙な空気が流れる中、かえでだけが満面の笑みを浮かべていた。
「秋穂さん、ちょうどいいじゃないですか。ここで働いてもらいましょうよ!」
「その手があったわね~」
ん? ここで働く? どういうこと?
戸惑う僕には何の説明もないまま、今度は夏希が割り込んできた。
「ちょっとかえで、何言ってるの? 私は反対だから!」
「でも、こんなチラシを作るくらい、人手不足じゃないですか」
そう言ってかえでが取り出したのは簡素なチラシだった。
バイト募集のチラシのようだが、そこにはデカデカと『神様雇います』と書かれていた。
これが本当なら、仕事を探している僕にとっては好都合だ。
しかし、反対派が声を荒げる。
「こんな、どこの神かもわからないような男、雇うべきじゃない。役に立つかもわからないのに」
「大丈夫です! ヤツカさんは本当に強いんですよ。黒い犬さんをあっという間に倒しちゃったんですから。きっとみなさんのお役に立ちますよ!」
「私が見たのはかえでが襲われてたところだけだし」
「だ、だから襲われてませんよ。誤解ですから!」
あの時のことを思い出してしまったのか、かえでが顔を真っ赤にしている。
正直、僕も体温が急上昇した気がする……。
そんな僕に、夏希が詰め寄ってきた。
「その黒い犬って、あなたの自作自演なんじゃない?」
「え? なんで僕がそんなことを……?」
「あなたの事情なんて知らない。でも、そうでもないと説明がつかないのよ」
どういうことなのか、話が見えてこない。
反応に困っていると、夏希が強気に付け加えた。
「かえでは姉さんが作った特製のお守りを持ってる。低級霊は近づくこともできない」
なるほど、秋穂さんほどの力の持ち主なら、それくらいは作れそうだ。
「黒い犬って、あなたが刀を抜いただけで消えたんでしょ? そんな簡単に消えるような霊が、かえでを襲うなんてありえない」
「そう言われても、襲われてたのは事実だし……」
僕の言い分に、夏希は「だから自作自演だろう」という疑いのまなざしを向けてくる。
対照的に秋穂さんは、頷きをひとつ返してくれた。
「えぇ、あなたの言うことを信じるわ」