初仕事4
ついつい取り乱してしまった。
以前夏希に殴られた後遺症かもしれない。
そうなってもおかしくないくらいに、彼女のパンチは強力だ。
しかしいつまでも恐怖しているわけにはいかない。
心を落ち着けるために、一度深く呼吸をする。
「いや、でも待てよ」
思考がクリアになって、冷静に考えられるようになると、あることに気づいた。
今日に関しては、夏希の存在が実に頼もしいということに。
一緒に仕事をこなす仲間としては、あれだけの戦闘力を持っていることはありがたい。
秋穂さんから言われた仕事なのだから、おそらくは悪霊退治などの荒事になるだろうし。
僕が同行することになったのも、それが理由かもしれない。危険な相手なら、一人で挑むのはよくないだろう。
ふと、送り出すときの秋穂さんの言葉が思い出された。
――ヤツカちゃんにとっては初仕事になるわね~。
「気合い入れるか」
自然と拳に力が入る。
初仕事なのだから、なるべくいい結果で終わらせたい。
やる気が出てしまうのも仕方ないだろう。
とはいえ、まずは夏希から今日の仕事内容を聞かないことには始まらない。
「なんだけど……」
夏希がまだ来ない。
準備に時間がかかると言っていたが、いったいなんの準備をしているのか?
もうそろそろ近くに来ているのではないかと、周囲に視線を走らせる。
しかし、夏希の姿は見当たらない。
確認できるのはスーツ姿のサラリーマンや、学生と思われる若者たち、観光に来た外国人などなど。
駅前だけあって、多くの人が行き交っている。
そんな人込みのなかで、ふと見知った人物を見つけた気がした。
「かえで……?」
確かに彼女がいたように感じた。
改めて、その人物に視線を向ける。
けれどもよくよく見れば、まったくの人違いだった。
かえでよりもいくらか身長が高く、艶やかな黒髪はセミロングでかえでとは長さが違う。
整った顔立ちは凛々しい印象で、素肌をさらしている手足は健康的に引き締まっている。
どこからどう見ても、かえでとは別人だ。
見間違えてしまったのは、服装の問題かもしれない。
その女性はノースリーブの白いブラウスに、桜色のスカートを合わせていた。
少し大きめのリボンがついたヘアクリップで髪をまとめ、肩からクリーム色のポシェットを下げている。
全体的に落ち着いた、儚い印象を受ける。
先日遊園地で見たかえでの私服とイメージが近かった。
「だから、間違えたのか」
服の印象というのは恐ろしい。
まったくの別人を、かえでと勘違いさせるほどなのだから。
もしかしたら夏希も、かえでのような服を着たら、少しは暴力的な印象が消えて落ち着いているように見えるのかもしれない。
それこそ、僕がかえでと見間違えた女性のように。
信号を渡って、駅に向かっているその女性は、凛々しく強い人という感じだ。けれども服の効果もあって、かえでのような弱々しい気配も漂わせている。
「……ん?」
などと考えを巡らせていると、不思議なことが起こった。
「こっちに向かってきてる?」
その女性が、僕のほうに近づいているのだ。
僕は駅の入口からは少し離れた壁際に立っている。
こちら側には道もないし、なにか店舗があるわけでもない。
わざわざこっちに歩いてくる人がいるはずがない。
それこそ、僕に用がない限りは。
疑問に思っていると、女性はそのまま僕の目の前まで進んできた。
「……あんまりじろじろ見ないでくれる?」
「あれ……!?」
最初は、勝手に見ていた僕に文句を言いに来たのかと思った。
だが、彼女の声には聞き覚えがあった。
「もしかして……夏希?」
「他に誰がいるの?」
あたり前のように返事が返ってきた。
よく見れば、確かに彼女は待ち合わせの相手である夏希本人だ。




