初仕事2
「ヤツカちゃん、ごめんなさいね~」
姉としての責任からか、秋穂さんが代わりに謝罪して、申し訳なさそうに続ける。
「夏希ちゃんも悪い子じゃないのよ~。いまちょっと忙しくて、余裕がなくなっちゃってるだけよね?」
「姉さん、変なこと言わないで。私はまだまだ余裕だから」
視線をそらしながら反論する夏希に、秋穂さんは少しだけ笑みを深めた。
「あら? かえでちゃんのために、校内に悪霊がいないか毎日見回りして~。危険な悪霊退治を毎晩してて~。なにより私からの地獄の修行メニューをこなしているのに?」
「へぇ……」
自然と声がもれていた。
秋穂さんが並べた情報だけでは、それぞれがどれだけ大変なのか僕には想像できない。
だから夏希が忙しいかどうかは判断できないが、ひとつ気になったものがあった。
悪霊がいないか校内を見回っている、という話についてだ。
「そういえば、二人は同じ学校だったか」
かえでも夏希も平日は橙色のブレザーを着用している。まったく同じ制服であることから、通っている高校も同じということはわかっていた。
「にしても、毎日見回りしてるって……すごいな」
率直な感想を述べた僕に、夏希はなんてことはないとでも言いたげに返す。
「かえでのためだから」
優しい響きを持った声。
それを聞くだけで、彼女がかえでのことをどれだけ大事に思っているか伝わってくる。
なぜだか嬉しく感じていると、僕と同じ気持ちになっている人物がいた。
「ふふ」
秋穂さんが微笑ましそうな目で夏希を見つめて、笑みを漏らす。
「そうよね~、夏希ちゃんはかえでちゃんのためなら、すっごい頑張れるのよね~」
しかし、その笑みが徐々に、何かを企んでいるような気配を帯びていく。
「悪霊がいないか見回りするのもそうだけど、私の組んだ地獄の修行メニューを受けているのも、かえでちゃんを守れるくらい強くなるためだものね~?」
「……そうだけど、急にどうしたの?」
「ううん、どうもしないわよ~。ただ、学校に通いながら事務所のお仕事して、しかも修行までして、すっごく大変よね~」
「姉さん……?」
秋穂さんの意図が理解できず、夏希が首を傾げる。
僕も真意が読めず、見守ることしかできない。
そんな僕たちを前に、秋穂さんが笑みを深める。
「だから今の夏希ちゃんは、余裕がなくなってると思ってたのよね~」
さきほどと同じ評価が繰り返された。
これに、夏希も同じ言葉で答える。
「言ったでしょ。私はまだまだ余裕。こんなことくらいで音を上げてる場合じゃないもの」
その返事を待ってましたとばかりに、秋穂さんが嬉しそうに手を合わせる。
「さすが夏希ちゃんね~! 頑張り屋さんで、姉として嬉しいわ~」
心底誇らしげに言ってから、その笑みに少しだけイタズラ心が宿ったように感じられた。
そして、それがただの勘違いでないことは、すぐに証明された。
彼女は笑顔のまま、実の妹に告げる。
「じゃあ、追加の課題を出そうかしら~」
心底、楽しそうだった。
そんな秋穂さんとは対照的に、夏希の顔が引きつる。
「え……!?」
反射的に声がもれた、という感じだった。
予想外の事態に、困惑するように。
この妹の反応を見て、姉のほうは笑顔のまま首を傾げる。
「あら~? 無理なのかしら~? だって、まだまだ余裕なのよね?」
挑発するようでもなく、試すようでもなく。
ただただいつも通りのにこやかな笑顔で、秋穂さんが続ける。
「それとも、やっぱり余裕がないってことかしら~?」
「……そ、そんなことない! 追加の課題だろうとなんだろうと、やりきってみせる」
売り言葉に買い言葉という感じだった。
この返事に、秋穂さんが嬉しそうに微笑む。
「よかったわ~。じゃあ、遠慮なく追加しちゃうわね~」
この姉妹のやり取りを見て――
「…………」
僕は何も言えなかった。
笑顔に対して怖いという感情を抱いたのは、初めてだ。
なんだか見てはいけないものを見てしまったような気分になる。
正直、すぐにこの場を後にしたい。
その思いに任せて、ゆっくりと事務所の扉へ移動している時だった。
秋穂さんが意外なことを言い出す。
「じゃあ、追加の課題だけど~、今日のお仕事はヤツカちゃんと一緒に行ってきてもらうわね~」




