神様雇います5
「ごめんなさい。夏希さんが勘違いで殴っちゃって……」
「あぁ、いや。あれは僕も悪かったから」
彼女を押し倒してしまったのは事実だ。
多少痛い目を見ても、仕方ない。
僕はまったく気にしていないのだが、かえではそれでも申し訳なさそうに横に視線を向ける。
「いえ、そうはいきません! ほら、夏希さんも謝ってください」
彼女の視線の先には、僕を殴った張本人である夏希の姿が。
彼女はバツが悪そうな表情をしているものの、僕に対してそっぽを向くように視線を合わせようとしない。
「私は襲われそうになってたかえでを助けただけ。謝るようなことなんてしてないでしょ?」
「も~……ごめんなさい、夏希さんも本当は悪いと思ってるんですよ。素直じゃないだけで」
「ちょっと、かえで! 余計なこと言わないで」
顔を真っ赤にして怒る夏希。そんな彼女に、さっきまで僕に膝枕をしていた女性が小さく笑い声を漏らす。
「仕方ないわ。夏希ちゃんが素直じゃないのは、今に始まったことじゃないものねぇ」
「姉さんまで変なこと言わないで。私は本当のことを言っただけだから」
聞き間違えでなければ、今「姉さん」と言ったか?
この二人が姉妹?
快活で気の強そうな夏希に、落ち着いた感じの母性溢れる女性……あまり似ていない姉妹だ。
不思議に思って、姉妹の顔を見比べていると、姉のほうが僕に視線を向けてきた。
「それにしても、夏希ちゃんのパンチを受けてその程度の怪我で済んでるなんて、よっぽど強い神様みたいね~」
「――っ!」
なるほど、この人たちもかえで同様、こちら側のことへ理解がある人間か。
神職の人が集まる場所以外で、そういう人に同時に出会うことは珍しい。
この場には僕を除いて四人。
僕が黒い影から守った少女、かえで。
勘違いで僕を殴った夏希。そして、その姉。
あとは、僕に濡れタオルをくれた女の子。
「……」
その四人のはずだが、どこかから別の視線を感じる。
「じー……」
視線というか、普通に声も聞こえてきた。
そちらに目を向けると、またも別の女の子が。
棚の影に隠れながら、こちらの様子をうかがっている。
見た目の年齢は中学生くらいだろうか。こちらもまた古風な子だった。
濡れ羽色の髪は足首に届くほど長く、まっすぐに下ろされたその長髪はまるで日本人形のようだ。
服装は黒を基調とした着物に、紺色の帯。全体的に幸の薄い印象だ。
物陰からこちらを見つめるその子は、どこか怯えた様子で口を開いた。
「こ、こっち見てる……! やっぱり危ない人……?」
「なんでそうなる!?」
「ひゃうっ……ど、怒鳴った……怖い人だよぉ」
「あれ、僕が悪いの!?」
勝手に危険人物認定してきたほうが悪いと思うんだが……。
戸惑っていると、姉妹の姉のほうがフォローに入ってくれた。
「あらあら、ごめんなさいね。ミヤビちゃんはすんごい人見知りで臆病なのよ~。初めて会う人には、大抵こうだから気にしないで」
「はぁ……そうですか」
人見知りにしてもひどい言い分だったと思うが、まぁここは納得しておこう。
「秋穂さん……そんな人としゃべっちゃダメ……絶対に悪い人だもん」
納得したそばから、この言い分である。
とりあえずこの素晴らしい巨にゅ……母性の持ち主が秋穂さんという名前であることがわかったから、今回の暴言は無視してあげよう。
僕がそんなことを考えていると、秋穂さんは困ったような笑みをミヤビと呼ばれた女の子に向ける。
「ミヤビちゃんは心配性ね~。怖がらなくても、大丈夫よ。この人はかえでちゃんを守ってくれた良い神様だから」
「でも……か、神様には……悪い神様だっているもん……」
「あら~? 言われてみれば、確かにそうね。悪神の側面を持っている神様も多いし」
おや、なんか疑われ始めてる?
秋穂さんは、あくまでも穏やかな笑みのまま僕に向き直った。
「ごめんなさいね。念のため、お名前を聞いてもいいかしら~?」