かえでからの相談9
「一気に行くよ」
葉菜の部屋は四階。そこまで一度の跳躍でたどり着くために、両足に力を込める。
その瞬間だった。
「痛っっ!」
激痛が走り抜ける。
「そうだ、忘れてた……!」
今日の僕は、朝から激痛に襲われているのだ。
時間がたって、すっかり痛みが抜けていたから忘れていた。
まだ激しい動きや、全力を出すことは難しそうだ。
それだけ、かえでの力を使った反動が大きいということだろう。
彼女の体に触れただけで力が跳ね上がるから、ずいぶんとリスクが少ないと思っていたが、まさかこんな大きな後払いがあるとは。
「……ん!?」
ふと、気づく。背中から伝わってくる体温に。
そうだ。僕は今、かえでを背負っている。
体を密着させている。
触れるだけで僕の力を強化してしまう少女と。
「…………?」
けれど、体に変化はなかった。
力がみなぎってくる感覚も、神気が増していく気配もない。
背後の少女に視線を送る。
だが、かえでにも特に変わった様子はない。
昨日聞いた話では、これまで僕以外の神様が触れても力が増すことはなかったらしい。ということは、もしかして何か条件があるのか?
疑問符が頭を満たしていくなかで、僕と目が合ったかえでが小首を傾げた。
「あの、どうかしましたか? 早く葉菜さんのところに行かないと!」
「そうだった! 急ごう」
かえでの力についても気になるが、今はそれどころではない。
考えたって答えが出るわけでもないし、ひとまずこの謎は保留だ。
まずは葉菜を助けにいく。
「壁を登っていくから、落ちないようにしっかりつかまってて」
わずかなでっぱりを頼りに、家の外壁を登っていく。
指先しかかけられないような場所もあるが、このくらいなら問題なく登っていけるだろう。
「……っ」
問題があるとしたら、すこし登るたびに激痛が手足を襲うことくらいだ。
この程度の動きでも痛みが走るのか。
葉菜の部屋までたどり着いた後、もし戦闘になったらマズイかもしれない。
こんな状態では、充分に力を発揮できないだろう。
「それでも、やるしかないか」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもない」
ちょっと覚悟を決めていただけだ。
女の子が危険な状態で、体が痛いとか言っていられない。
全身の痛みに耐えて、一気に外壁を登っていく。
「うわぁ、早いです! やっぱりヤツカさんはすごいですね」
楽しそうに言ってくれるけど、実はけっこう無理をしている。全身の激痛と戦いながら登っているのだから。
とはいえ、それを教えるのはカッコ悪いので黙っているけど。
黙々と登り、十秒もかからず四階にたどり着いた。
そうして葉菜の部屋の窓に手をかける。
「よかった、ちゃんと鍵が開いてる」
窓を開き、部屋の中に飛び込む。
「――っ!?」
真っ暗な部屋のなかは、想像とは全然違う状況になっていた。
「あ、夜里さんにヤツカさん……」
出迎えてくれた葉菜は、ベッドの上にいた。ピンク色のパジャマ姿で、毛布にくるまっている。
特にケガをしている様子もないし、霊に襲われてもいない。
危機的状況でもなんでもなかった。
けれども、葉菜は怯えた様子で、ある方向を指さす。
「その……あ、あれ……!」
促されて目を向けると、それがいた。
タンスの前をうろちょろする白い影。
僕たちが来たことに気づいていないのか、子犬くらいの大きさの影は、タンスの一段目を開けようとしているみたいだった。
下着泥棒は、この影で間違いないだろう。
しかし、部屋が暗くて、相手の正体がはっきりと確認できない。
「とりあえず」
即座に動く。
まずは白い影の方ではなく、部屋の入口へ。
スイッチを入れて、部屋の明かりをつける。
――■■■ッ!
直後、影が僕に気づいて、飛びかかってきた。
とっさのことで反応が遅れて、顔面にもろに体当たりを食らってしまう。




