地下倉庫の悪霊8
双方の合意が取れたところで、秋穂さんが僕たち二人の前に進み出る。
「じゃあ、勝負内容は私が決めるわね~」
「……」
わずかに緊張が走る。
内容によっては、かなり不利になる可能性もあるのだから。
単純な殴り合いとかになったら、特に困る。夏希のパンチは痛すぎるし、女の子相手に反撃するわけにもいかない。
僕を雇うつもりでいる秋穂さんだったが、夏希の姉でもある。夏希に有利な勝負になる可能性も十分にある。
「姉さん……それで、内容は?」
似たようなことを考えているのか、夏希の声にもどこか緊張感があった。
「勝負の内容は――」
真剣に身構える僕たちに、秋穂さんは満面の笑みで宣言した。
「地下の倉庫に契約書があるから、先にそれを取ってきたほうが勝ちよ」
「……え、それだけ?」
ただのスピード勝負。借り物競争に近いかもしれない。
しかし、これなら有利不利は少なく済みそうだし、公平な勝負になる気もする。
秋穂さんの意図はそういうところにあるのかな、と考えていた僕だが……。
「姉さん、本気!?」
「秋穂さん、危ないですよ!」
夏希とかえでの驚く表情に、状況が理解できなくなった。
ただ、倉庫に物を取りに行くだけなのに、なぜ二人はあんな深刻な表情に?
「あら? ヤツカちゃんなら、問題ないと思うわよ~」
「確かにヤツカさんは強いので、大丈夫だと思いますけど……」
よくわかっていない僕を置き去りにして、勝手に話が進んでいく。
「もしかして、夏希ちゃんは自信がないのかしら~?」
ちょっとイジワルな笑顔を返す秋穂さんに、夏希はすこし険しい表情になった。
「そんなことない。私のほうが先に取ってきてみせる!」
ちょろい。あっさりと挑発に乗って、承諾してしまった。
「じゃあ、決まりね~。すぐに始めましょ」
いや、決めないでほしい。説明がほしい。
「秋穂さん、地下の倉庫って、何かあるんですか?」
「えぇ~、大したことのない普通の倉庫よ」
絶対ウソだ。
かえでと夏希の顔を見ればわかる。
「で、本当のところはどうなんですか?」
「本当に、普通の倉庫よ。ちょっぴり危険な悪霊が住み着いてるけど~」
「それは普通とは言わないですっ!」
地下という暗くジメジメした印象がある場所に住み着いた悪霊。そういうのは大抵やっかいなモノであることが多い。
「どうして、退治しないんですか? 秋穂さんでも、敵わないほど強いとか?」
だとしたら、できれば行きたくはない。
「いいえ~、私が本気を出せば簡単に退治できると思うわ。でも、あの子はそこにいるだけで悪さはしてないもの~」
「……はい?」
何を言っているのだろう?
「悪霊でも、人に危害を加えないなら、退治する理由はないでしょ?」
「は、はぁ……」
そういうものだろうか? 理屈はわからなくもないが。
「まぁ、倉庫に入ってきた人は無差別に襲っちゃうんだけどね~」
「危害加えてるじゃないですか!?」
「でも倉庫は元々あの子のものだったみたいだから、よそ者はこっちなのよね~。相手の事情を考えるなら、仕方ないわ」
悪霊の事情を考えるなんて、思っていた以上に優しい人だ。
その秋穂さんが、子どもに注意をするように人差し指を立てる。
「いい、ヤツカちゃん。そういうわけだから、悪霊は退治しちゃダメよ。ヤツカちゃんだと、気をつけておかないとうっかり倒しちゃうかもしれないし」
「襲ってくるのに、こっちは反撃できないってことですか?」
「本体以外は攻撃しても大丈夫よ。悪霊の本体は倉庫の一番奥から動かないから、それだけ注意して、契約書を取ってきてね~」
「……なかなか難しいことを言いますね」
ただ退治するよりも大変な気がする。
加減しながら戦うのは、意外と面倒だ。
どうしたものかと苦笑していると、夏希が挑戦的な目を向けてくる。
「なに、諦めるの? 私は行くけど」
「そうは言ってない。僕も負けるわけにはいかないんだ」
雇ってもらうために!




