神様雇います1
ほどほどの幸せでいい。
二百年生きて、僕が行きついた答えはそれだった。
最初の百年はよかった。お社は新しく、村人みんなが僕を信仰してくれる。
お供え物も多く、幸福すぎる生活だった。
だが、それがよくなかった。
徐々に信仰は薄れ、都心から微妙に離れた田舎だったため人口も減少。
祭りはなくなり、お賽銭も週に一度あるかないか……。
社もずいぶんボロボロになったが、修繕されることはなく……雨風をしのぐのも難しい状態。
神様だって、ごはんを食べるし買い物だってしたいしゲームに課金とかしたい。
つまり何が言いたいかというと……
――お金がないと困る。
元が贅沢な生活だったから、落差に戸惑っている部分もある。最初から貧乏生活だったなら、ここまで辛くはなかっただろう。
信仰されていたころにため込んでおいた貯蓄が、徐々に減っていく様子はかなりの恐怖体験だ……。
この貯蓄がなくなったら、僕はどうなってしまうのだろう、と。
そして先日、貯蓄が尽きた。
「…………」
どうにもならなかった。ただ、お金がないだけ。
とはいえ、このままでは飢え死にしてしまう。神様がそんな理由で命を落とすとか、笑い話にもならない。
だから、僕はついに決心した。
「よし、出稼ぎに行こう!」
都心に出れば、働き口も多いだろう。
そう考えていた僕は浅はかだった……。
東京都台東区にある街、上野で僕はひとり途方に暮れていた。
JR線の高架沿いを力なく進んでいく。
「また不採用か……」
本日七回目のバイト面接も失敗に終わった。
どこも僕を雇ってくれない。
ただ、理由が明確だから僕も受け入れるしかない。
面接した人はみんな同じことを言ってきた。
――身分証明書がないと雇えない。
「神様にそんなもんあるかっ!」
文句も言いたくなるが、そういうルールなら仕方ない。
身分証がなくても働ける危ないお仕事もあるようだが……神様の僕がそういう仕事をするのはさすがによろしくないだろう。
「都合よく神様を雇ってくれるとこ、ないかなぁ」
あるはずがないとわかっているが、ついつい願望がもれてしまう。
こういう時、ほかの神様はどうしているのだろうか?
「神様の友人でもいれば、聞けるんだけど……」
残念なことに僕は友だちどころか、知り合いもいない。近くに別の神社とかなかったし。
「というか……そもそもバイトしようとする神様なんて、僕くらいか。まともな神様ならお金に困ることなんて、ありえないし……」
つまり、僕はまともな神様じゃないってことだ。
言ってて、自分で悲しくなってくる。
自然と落ち込んでしまった、その時だった。
「きゃあっ!」
女の子の悲鳴。
かなりの危機感が伝わってくる声だった。
「――っ!」
その声に、反射的に体が動く。
こんなでも神様の端くれだ。困っている人がいるのなら、駆けつけずにはいられない。
声のした横道へ入る。
そこには高校生くらいの女の子がいた。橙色のブレザーを着ているから、学生であることは確かだ。
よく手入れされた髪はとても長く、腰まで届いている。顔立ちは整っていて、僕がこれまでに出会った人の中ではトップクラスの美人と言っていいだろう。
少し小柄で、手足も細くて、一見すると弱々しい印象がある。
そんな女の子の正面に、黒い影がいた。
猫のような狐のような……影を固めて作ったいびつな動物が、少女を威嚇するように立ちふさがっている。