わたしが姫ってどういうことですか?
「……あの、人違いではありませんか? わたしの産みの母は、フィーっていう名前の庶民だし、わたしは姫っていうよりも……うーん、『肉乙女』?」
その時、誰かが「に、肉? 肉乙女? ぶふっ」と噴き出したような声を聞いたような気がしたが、はっとして周りを見回しても、皆真面目な顔をしていたので、気のせいだったのだろう。
しかし、跪いた年上の方の貴族の紳士は、立ち上がったもののわたしの手を両手ですっぽりと包み込むようにして訴えた。
「いいえ、いいえ! あなたはまさしく『王家の至宝』なのです。その髪とその瞳は、エルスタン王家の血を引く姫にしか現れない徴なのですから」
「でも……」
いきなりそんなことを言われても困るのだ。わたしは『緑の風亭』の腕利き料理人、包丁の魔術師アナベルなのだから……あ、ちょっと盛っちゃったね。えへ。
そして知らないおじさん、うら若き乙女の手を握るのはやめてください。
愛用の包丁を突き付けますよ?
きっちり血抜きして捌きますよ?
「あの、伯爵さま、立ち話もなんですから、粗末な場所で恐れ入りますが店の中へお入りになりませんか?」
エマ母さんがそう言った隙に手を取り返し、貴族のふたりとわたしたち一家、そして、同い年くらいの護衛らしい赤毛の青年騎士が食堂に入り、護衛の騎士以外はみんな椅子にかけた。
「お姉ちゃん……」
いきなり現れた、身分の高そうな大人たち(またの名を、怪しいおじさん)に怯えているらしく、小さなメリーはわたしの手を握って離さない。
7つ下の、可愛い可愛い、目の中に入れても痛くないほど可愛い、わたしの妹のメリー。この子はわたしが守る。
「大丈夫よ、お姉ちゃんを信じなさい。お姉ちゃんは強いからね」
「……うん」
潤んだ鳶色の瞳が、精一杯の信頼を込めてわたしを見つめた。きゅっと力を入れて、手を握る妹の姿がいじらしくて、わたしは突然現れてわけのわからないことを言う貴族に腹が立った。背筋をピンと伸ばし、2組の淡いブルーの瞳を見据えて言った。
「いくら貴族さまでも、先触れもなしに突然紋章入りの馬車で乗りつけるとは、いささか不躾ではありませんか? わたしを王家の姫だとみなしているのなら、これは余計に失礼な振る舞いに思えます。確かに、わたしたちは身分の低い庶民ですが、日々真っ当に生きています。このような仕打ちをされるいわれはありません」
ふふふ、だてにお姫さまが出てくる小説を読んでませんよ!
このくらい、ゲームと本で貴族の令嬢の高飛車なセリフに馴染んでいる莉緒さんにはお手の物だ。
「なっ、宰相閣下に向かって、なんたることを!」
まだ若い赤毛の騎士がそう言って一歩前に踏み出したので、わたしは彼の目をまっすぐに見た。彼も、わたしを睨むように見た。
「宰相閣下に……不敬な……」
「不敬?」
なにそれ美味しいの? と、こてんと頭を倒して、ひたすら目を見返す。
「ふ……く……」
騎士は苦しげな声を出し、ギュッと拳を握る。
そうして緑の瞳としばらく見合っていたが、やがて彼の瞳が揺らぎ、赤い顔をして目を逸らした。
「くうっ、なんてことだ……」
身体をふらりと揺らし、テーブルに手を付いて身を支えた。
そんな騎士のことを見ていた年上の方の貴族が、ふっと笑った。
「フレデリックよ、動揺することはない。この方は王家の瞳を持つ方なのだからな、まだ歳若いお前が圧されても当然のことなのだ」
「……それは……恐れ入ります、宰相閣下……」
「あら、わたしはそんなに怖い顔をしていたのかしら? 心外だわ」
「いやっ、それは、その、違うのだが」
あれれ、このイケメン騎士はどうしちゃったんだろう?
何かわたしに言い返そうとしたのに、目が合うと腰砕けになって「違う、恐れているのではなくて、その……」なんてもごもご言って、急に挙動不審になっちゃった。
それに、なんだか……彼の顔に見覚えがあるのよね……騎士の知り合いなんていないんだけどな。
わたしが首を傾げながら、記憶を探ろうと騎士の顔をじっと見ていると、彼はいたたまれないようにそわそわし始め、その様子を見た伯爵さまが、今度は声に出して笑った。
「アナベル姫、どうか彼を勘弁してやってください。ほら、フレデリック」
「姫、失礼な態度をとったことを謝罪いたします!」
直立不動で謝る騎士に「あの、別に腹をたてているんじゃないんですよ、そうじゃなくって……あなたとはどこかでお会いしたことがありますか?」と尋ねると、赤い髪に赤い顔をしたイケメン騎士はとうとう「本当に申し訳ありません」とその場に跪いてしまった。
「どうかお許しを」
うーん、話が頭に入ってないみたいだなー、責めたわけじゃないんだけどなー。
「姫?」
ちょっとおじさん、そんな目でわたしを見ないでよ、意地悪をしているわけではないんだからね。
ああもう!
「許します。顔を上げなさい」
わたしは椅子にかけたまま、浮かべたイメージのお姫さまっぽく、偉そうに言った。それを聞いたイケメン騎士はパッと顔を上げて、「ありがたき幸せ!」とわたしを嬉しそうに見た。緑色の瞳がキラキラと宝石のように光る。
この男性は整った顔立ちをしているから、結構な攻撃力だよ。
うん、あなた、モテますね?
……って、え?
もしかしてこのイケメン青年、懐いた?
これは懐いたわんこの目だよ?
ちょっとあなた、騎士でしょ!
初対面の女子に懐いたらダメでしょ!
そんな彼は、下からわたしを見上げながら言った。
「美しきアナベル姫、どうかこのフレデリック・ユーリゼスにあなたをお守りする栄誉をお授けください。この剣に誓いを、どうか!」
「え? いや、その」
うわー、『真似っこ姫』の仮面があっという間にはがれちゃうよー。
「ははは、どうやら、滲み出る血筋の高貴さと、王家の姫君の品の良さは隠せないようですな。さすがはユーリゼス家のフレデリック、若いのになかなか目が高いぞ」
おじさん……じゃなくて、リシュレー伯爵は満足そうに言った。
あのね、今のは100パーはったりなんですけど。日本にいた時に読んだファンタジー小説のキャラの真似っこなのよ。だからみんな、感心したように一斉に「ほうっ」とため息をつくのはやめて。
「ほうっ……お姉ちゃん、かっこいい……」
うわあん、お口をほの字にしてわたしを尊敬の目で見るメリー、かわゆす!
お姉ちゃんのお膝に乗せちゃってもよいかな!
って、ちょっと待ってよ。
大切なことをスルーしてる気がするよ、さあ記憶を巻き戻し巻き戻し!
「あの、失礼ながら、今『宰相閣下』とおっしゃいませんでしたか?」
宰相っていうのは、国の政治に深く関わる重鎮だよね?
まさかね、まさかと思うけどね、このリシュレー伯爵って……。
伯爵さまは、落ち着いた口調で言った。
「いかにも。わたしはエルスタン国の宰相を務めさせていただいております」
マジか!
マジもんの宰相か!
なんで、そんな偉い人が、こんな町の食堂に来て、わたしに跪いて姫扱いするの?
あ、ダメだ。
なんだかすごーく嫌な予感がするよ。
ちらっと宰相の顔を見ると、彼はそれを合図のように真相を語り始めた。
現国王には、叔母がいた。彼女の名はフィリシア。そして、王家の姫だというのに平民と恋に落ちた。
わたしと同じように、金の髪と青と金の瞳を持つフィリシア姫は、『王家の至宝』だけあって大変アクティブな姫君で、両親と兄にいとまを告げると庭師だった青年と駆け落ちしてしまった。
王家は驚いたが、同時に諦めた。なにしろ、相手はじゃじゃ馬の中のじゃじゃ馬……もとい、類稀なる美しさと行動力を持つ、走り出したら誰にも止められない姫君なのだ。残念ではあったが、王位を継ぐのは彼女の兄だし、フィリシア姫は他国の王家か貴族に嫁ぐ予定であったので、みんなあっさり諦めた。そして、彼女の幸せを祈った。
フィリシアはエルスタンの最果ての地で庭師と所帯を持ち、植物を掛け合わせて新種の華やかな花々を生み出して、大変裕福に幸せに暮らした。そして、いつまでもラブラブな夫との間に多くの子をもうけたが、そのうちのひとりで『王家の至宝』の姿を持って生まれたのが、わたしの母であるオフィーリアだ。
美しく成長した母は、貧しい商人と恋に落ちた。
フィリシアおばあさまは、自分のことはちゃっかり棚に上げて、母をお金持ちのうちに嫁がせようとしたため、愛を貫くじゃじゃ馬……『王家の至宝』オフィーリア姫の母は父と駆け落ちをした。そして、皮肉にもふたりはエルスタン国王宮に近いここからすぐの町にやってきて、所帯を持った。父と母の間にわたしが生まれ、商売も段々と軌道に乗り、貧乏暮らしから急上昇でやっぱり裕福になった3人で楽しく暮らしていたのだが、馬車の事故で両親は亡くなってしまったのだ。そのごたごたの間に悪い奴に財産をかすめ取られ、残ったのは古い鏡台と娘のわたしだけだった。そして、父の遠縁のエマ母さんとレオン父さんがわたしを引き取ってくれたのだ。
2代に渡っての駆け落ちを『王家の至宝』にされたエルスタン王家が、思い立って追跡調査を行ったところ、不幸な事態になってわたしが残されたことを知り、手を差し伸べようと大慌てで宰相のリシュレー伯爵を迎えに寄越したということだ。
ちなみに、なぜわざわざ一国の宰相が来たのかというと。
彼は、エルスタン王家が所蔵するフィリシアおばあさまの肖像画を見た途端に、ハートを射抜かれてしまったそうなのだ。本物のおばあさまは、現在は普通に歳をとっているわけだが、リシュレー伯爵はあくまでも肖像画の『王家の至宝』に惚れた。
まあつまり、いわゆる、二次元萌えってやつ?
なので、リシュレー伯爵はさりげなく『王家の至宝』を調査する流れにした挙句、ピチピチの17歳である『王家の至宝』が見つかったと知って、いてもたってもいられずに、王族に直談判してリシュレー家でわたしを引き取ることを許してもらったらしい……って、エルスタン国宰相閣下、そんなんで大丈夫なの⁉︎
で、同行したのはやはり彼の息子で、わたしを引き取った暁にはこの人が教育全般の責任者となる予定なのだそうだ。本人は『王家の至宝』に思い入れがあるわけではないので、内心やれやれと思っていそうだ。現に、にこりともしないし、口も聞かずにこの話状況を観察している。
ちなみに、息子の方は、父親譲りの輝く銀髪に淡く澄んだブルーの目をしたとびきりイケメンで、25歳独身ただいまお嫁さん募集中の青年で、名前はセディール・リシュレーという。宰相閣下の方は、イリアスという名で、彼はわたしにしきりに『イリアスおじさま』と呼ばせようとしている……って、だから、エルスタン国宰相閣下よそれでいいのか⁉︎




