転生乙女はがんばってるの
わたしはフィーかあさんの形見の鏡台の前に立ち、自分の姿を見た。
そこに映っていたのは、長くてサラサラの、腰の辺りまである金糸のような金髪に、澄んだ淡いブルーの中に金色が光る不思議な瞳を持つ美少女……もとい、美幼女だった。
なんだこれ、可愛すぎだろう!
まだいつつなので、わたしの姿はめっちゃあどけなくて純真無垢で、このままフィギュアにしたら速攻で完売するレベルの破壊的な可愛さだよ。犯罪を誘発してもおかしくないレベルだよ。丸くて大きな目がちょっとたれてるところなんて、あざとさ大爆発だよ。
ちんまりしたおててに、ちんまりしたあんよを持つ美幼女が、くるんとスカートをひるがえして回り、その場で『てへっ』とポーズを取った。長い金髪が身体の周りできらめき、まるでオーラが輝いているような光がわたしを包んだ。こうなると、音の効果がついていないのが不思議なくらいである。
「……完璧だ。怖いくらいに完璧だ」
片手で額を押さえて低く渋い声で言ったつもりなのだが、唇から零れたのは小鳥のさえずりのような愛らしい声だった。
どうやらわたしは、『浅田莉緒』としての生を若くして終えてしまい、その記憶を持ったままでこの世界のとびきりのかわいこちゃんに転生したらしい。可愛く生まれたのはありがたいと思うけれど、こんな乙女ゲームのキャラクターレベルの超爆裂可愛さはやりすぎだと思いますよ、転生の神さま!
「アナベルー、遊んでないで早く寝なさいねー」
あ、まだ起きてるのがエマかあさんにバレちゃった。
「はーい」
物音を聞きつけたエマかあさんが、階段の下のお店からよく通る声で叫んだので、いいお返事を返す。そう、下は食堂で二階は住居となっているのだ。夜はお酒を飲むお客さんがたくさん来るから稼ぎ時なので、わたしはいい子でひとりでおやすみしなくてはならない。
うちはいつも食事は食堂で食べていて、その上には部屋が4つある。大きいのがひとつでそれが夫婦の寝室になっていて、あとの3つの小さな部屋のうちのひとつがわたしの部屋だ。
生みの親を両方同時に亡くしてしまったわたしは、エマかあさんとレオンとうさんの子どもにしてもらえた。裕福ではないけれど、働き者のふたりのおかげで住む所にもごはんにも困らない。ありがたいことだ。
わたしは光を放つ魔石に蓋をして消すと、月明かりが窓から照らす中でベッドに潜り込んだ。早寝をし、朝は早く起きて、かあさんととうさんの手伝いをするのだ。
まだいつつだが、食堂の掃除をしたり、豆のさやをむいたりといった雑用ならできる。そして、とうさんの料理するところを見てやり方を覚えて、いつかわたしも料理ができるようになりたい。莉緒として生きていた時は、立ち続けると貧血を起こしてしまうので、危なくて包丁を持てなかったから、料理らしい料理をしたことがない。
まだまだ小さい身体だけど、アナベルに生まれ変わったら、全力で駆けっこをしても全然胸が苦しくならないし、少し冷えてくしゃみをしたくらいでは風邪もひかない。ご飯も美味しく食べられて、おなかいっぱいになるまでお肉を食べても前世のように気持ちが悪くなったりしないのだ!
アナベルには、できることがたくさん、可能性もたくさんあるのだ。だから、わたしはいろんなことを楽しく経験して覚えている。
うん、すごく楽しいの!
今日もとっても楽しかった。
明日はもっともっと楽しくなる。
ベッドに入ってそう呟くと、一日中動き回って疲れたわたしは数秒しか持たずに夢の国へと入っていった。
そして、12年の月日が過ぎた。
わたしは、母さんと父さんの食堂『緑の風亭』で毎日忙しく働いていた。
「いらっしゃいませー」
看板娘が、常連の冒険者に声をかけた。
「リッカルさん、今日はどうでしたか?」
サービスの水の入ったカップをテーブルに置くと、がっちりした身体つきのバトルアックス使いであるリッカルさんは、「おう、ありがとうメリー」と言って、女の子の頭を撫でた。
「今日は結構いい成果だったぞ。だが、腹が減ったな。いつものを貰おう」
「はーい」
メリーは、強面の冒険者に笑いかけると、キッチンに向かって言った。
「お姉ちゃん『紅薔薇の舞』一丁!」
「『紅薔薇の舞』入りまーす」
わたしは、仕込んでおいた肉の塊を持った。表面にすり込んだ岩塩と香辛料が染みて、肉に馴染んでいるはずだ。
この『緑の風亭』の看板娘はメリー。茶色の髪に鳶色の瞳をした、鼻の頭のそばかすが可愛い10歳の女の子だ。そして、わたしの妹である。
「『紅薔薇の舞』か……」
「あら、リッカルさん、注文違いなの?」
わたしが冒険者に尋ねると、彼は手をひらひらさせて言った。
「いや、いいんだがな……それ、別に『肉丼』でいいだろうが」
「とんでもない! わたしの料理をそんな名前で呼ばないでちょうだい!」
屈強な冒険者と、妙齢の美女(あ、これ、わたしのことね!)のやりとりを、店内のお客さんたちがニヤニヤしながら観察している。
「ただお肉をご飯に乗せるだけじゃないの! わたしのこの料理に文句があるならよそに行って『肉丼』とやらを食べてくればいいんだわ」
すると、リッカルさんはその巨体をすくめながら、激しく手を振った。
「いやいやいやいや、ベルちゃん、待ってくれ。俺はベルちゃんの料理を食べるのを楽しみに魔物狩りから帰ってきたんだぜ? ほら、可愛いベルちゃんに会うから、空いた腹を抱えて、風呂にも入って服も着替えてきたんだから」
「あったりまえでしょ! 魔物の血やら汗やらでぷんぷん臭う身体で店に入られちゃたまんないわよ」
「そんなに怒るなよ、なあ、ベルちゃん。ベルちゃんの料理は最高だからな」
「それじゃあ」
わたしは彼に向かって包丁を振りながら言った。
「何が食べたいか、言ってごらんなさい」
「うう……『紅、薔薇の……』」
「聴こえない」
「べっ、『紅薔薇の舞』を俺に食わせてくれーっ!」
叫んだリッカルさんに、パチンとウィンクをする。
「いい子ね。それじゃあ『紅薔薇の舞』、行くわよ!」
わたしは、充分熟成して下味をつけたエビルオックスの肉を、焼けたフライパンに転がして焼き目をつけると、蓋をして火を弱めた。そして蓋の上に手をかざして、熱の伝わり方を調節する。そう、これは熱量を操る火魔法の応用だ。
目を瞑ると、あっという間に肉の内部が変化していく様子が透視できる。
「そこだ!」
肉汁を閉じ込めたちょうどいい焼き加減になった瞬間にわたしは蓋を開け、余計な熱を手刀で払ってから肉に金のフォークを刺して取り出す。
「『紅薔薇の舞』!」
右手に持った包丁をくるりと回してから構え、父さんがタイミングよくよそってくれた丼のご飯の上に、焼けた肉を薄くスライスして落としていく。
「見ろ、あの肉さばきを!」
「くうっ、何度見ても凄い技だ!」
店内からどよめきが起こる。
宙から落ちたピンク色の肉は、あまりの薄さにくるりと丸まり、重なって、薔薇の花びらのように形作られていくのだ。白いご飯の上に、美しい薔薇の花が咲いた。
その上に、わたしの作った特製ソースを回しかける。カリッと揚げた香り高いフライドガーリックと、刻んで炒めた飴色玉ねぎの甘さが生きたそのソースには、隠し味としてアナベル印のショーユとミーソが使われているのだ。
肉の薔薇に濃いグリーンのパセリを指し、ふわりと白いスライスオニオンをかけると、「メリー!」と声をかける。
「はい、お姉ちゃん!」
10歳にしてベテランウエイトレスのメリーが、素早く『紅薔薇の舞』をリッカルさんへ提供した。
「お待たせしました、『緑の風亭』名物『紅薔薇の舞』です」




