リシュレー伯爵家の夕食
お屋敷のゴージャスさからして、どんな立派なダイニングルームに通されるのかと思ったら、意外にこじんまりした部屋に通された。どうやら日常使いをしている方のダイニングルームらしい。
あんまりだだっ広い場所で、ふたりっきりで食事をするのは寂しいと思っていたので、丁度よかった。
今までは、食堂のカウンター席で、父さんの作った熱々ごはんをメリーとはふはふしながら食べるのが普通だったからね。母さんと父さんと、お喋りしたり笑ったりしてにぎやかに食べるごはんは、とても美味しかった。時にはわたしが作る時もあったけれど、基本的に、レオン父さんは家族のごはんは自分が作りたいらしくて(と、エマ母さんが笑いながらこっそりと話してた)わたしとメリーは父さんのごはんで育ったのだ。
わたしひとりが椅子に座って、しんとしたダイニングルームで待っていると、ちょっとホームシックになりそうだった。
入院中も、ごはんはひとりで食べてたんだよね。
思い出しちゃった。
四角いトレーに乗ったごはんを看護師さんが運んできて、それを食べたら配膳車のところに戻すんだ。ちゃんと栄養バランスが考えられていたし、温かいのと冷たいのとでトレーの左右が分けられてたけど、やっぱりうちのごはんとは違うんだよね。
お母さんのごはんは、毎日食べても飽きなかったけど、病院のごはんは食べるたびにお母さんの味が恋しくなっちゃってさ、おかしいよね、もう高校生になってたのに……。
入院してる最後はごはんが食べられなくなって、『ああ、わたしはもうお母さんのごはんを食べることはないんだ』って気づいたら、無性に寂しくなって……。
「アナベル姫? どうなさいましたか?」
わたしが黙ってしまったので、心配したカティさんが声をかけてくれた。
「……ううん、なんでもないの」
唇をきゅっと結んで、カティさんに笑いかけた。
「なんでもないよ」
「でも、お目が……」
そう彼女が言いかけた時、忘れ物を取ってきたらしいセディールさまがダイニングルームに入ってきた。
「遅れてすまなかったね……? アナベル?」
「セディールさま……」
「何かあったのか? なぜ泣いているのだ?」
え? 泣いてた?
そこへ、よくデキる侍女のカティさんがハンカチを手渡してくれたので、わたしは知らないうちに涙が溜まっていた目に押し当てた。
「……いえ、その……ひとりだったから……」
前世のことを思い出して、超ホームシックになってました、なんて言えなかったから、しどろもどろになってしまう。
「すみません、なんでもないんです」
「町にいた時は、にぎやかに暮らしていたのだろうな」
「すみません」
「いや、謝る必要はない」
眉間にしわを寄せながら、気難しげな顔のセディールさまが席に着いた。
「環境の変化に戸惑っているのだろう、無理もないことだ」
彼は、ううむ、と唸ってから言った。
「今までは自室で食事をとることも多かったのだが、食事の時間はなるべくわたしが同席するようにしよう。父上にも声をかけておく」
「そんな、セディールさまのお仕事の触りになるようなことは……」
「いや、気にするな!」
妙に迫力がある表情でセディールさまが言ったので、おっ、と、身を引いてしまう。
「わたしの現在の最優先しなければならない仕事は、アナベルの世話だ。アナベルに貴族の生活を教え、教養を身につけさせることが、エルスタン国王家より直々に下された案件だからな。もちろんそこには、アナベルが心身ともに健やかに暮らすことも含まれる。だから、共に食事をとることもわたしの公務なのだ」
「公務……ですか」
それって……なんだか義務っぽくて、傷ついちゃう。
わたしの眉がへの字になったのに気づいたのか、セディールさまが「いや、別にわたしはいやいや同席しているというわけではない! 誤解するな!」と言った。
「そうではなくて……アナベルをリシュレー家に引き取ったことは、我が家にとって大変な名誉であるし、アナベルには幸せに暮らす権利もあるし、その、やはり、リシュレー家として、アナベルの新しい家族になったくらいの、その気持ちで接していることを、理解して欲しいのだな、我々としては!」
「新しい家族……」
「そうだ! つまりだな、食堂のレオンとエマがアナベルの新しい両親になったように、新たに我々も家族になったと思うがいいぞ」
セディールさまが重々しく言うので、わたしも「イリアスおじさまとセディールさまが、わたしの家族にでございますか」と重々しく答えた。
「ああ、その通りだ。……だから、わたしに敬語で話さなくても構わないし、アナベルがわたしに『さま』づけをする必要もない。というか、つけてはならない」
なんと、『さま』づけを封じられてしまった!
それでは、なんと呼べば⁉︎
肉乙女アナベル、ピンチ!
「では、セ、セ、セ」
年長の男性を、呼び捨てにはできない!
困った!
「セ、セディ……セディール兄さま?」
わたしは、銀のサラサラ髪にアイスブルーの瞳を持つ美形青年の目をじっと見つめて、思いきって言ってみた。
「家族なのですから、セディール兄さま、とお呼びしても……?」
「……」
凍りついたようなブルーが、わたしを射抜くように見た。
もしや、伯爵家に対して不敬なことを言ってしまったのだろうか?
わたしが動揺して視線を揺らしてカティさんを見ると、彼女の口元がヒクヒクしているのが見えた。
え、ヤバいことをやっちまいましたか?
これは、素早く土下座して謝った方がいいの?
このおとがめが、可愛いメリーのところに行ったりしたら大変だよ!
よし、謝っちまえ!
「ご」
わたしが口を開くと同時に、セディールさまが立ち上がり、「忘れ物をしたーーーーーーっ!」と叫んだ。そして、椅子を倒しながら部屋を飛び出して行った。
「え?」
「……う……くくくくく」
倒れた椅子に手をかけて起こそうとしたカティさんが、そのままうずくまって変な声を出している。
「え? カティさんが……壊れた?」
デキる侍女さんは、声を押し殺して笑っていた。
そしてわたしは(さすがにおなかが空いてきたな)と思いながら、セディールさまが忘れ物を取って戻るのをいい子でおとなしく座りながら待っていたのであった。
セディールさまが戻ると、前菜が運ばれてきた。彼は戻るなり謝罪しようとしたわたしを手で押しとどめ、「大丈夫だ」の一言で黙らせた。
「さあ、食事にしよう。アナベルはなにが好きなのだ?」
「え、あの、好き嫌いはありませんが」
「そうか。食べてみたいものがあったら、取り寄せるからな。料理に携わっていたなら、変わった食べ物にも興味があるだろう」
「はい、ありがとうございます」
「そのように緊張しなくていい」
いえいえ、眉間にしわを寄せるイケメンさんには緊張してしまいますが。
「つまりだな。父上が『おじさま』と呼ばれるなら、わたしももちろん、『兄』と呼ばれることにやぶさかではない。だから、呼ぶがいい」
気づいてしまった。顔は無愛想なんだけど、セディールさまの耳が赤くなっている。
「わかったな、アナベル」
機嫌が悪いんじゃなくて……照れてるの?
そうだったの⁉︎
なーんだ、もう、てっきり怒ってるのかと思っちゃったよ!
わたしは、満面の笑みを浮かべて言った。
「はい、セディール兄さま!」
リシュレー伯爵家の料理人の腕は確からしく、夕飯はとても美味しかった。そして、照れてるだけだったセディール兄さまにわたしはたくさんの話をして「森があるから肉料理に特化しちゃったけど、魚料理にも興味があるんです」なんてちょろっと言ったら。
数日後、セディール兄さまから『超高級魚包丁セット(メイドbyドワーフ)』を素敵なラッピングでいただき、わたしが狂喜乱舞していると、カティさんが「包丁! 宝石ではなく包丁! 包丁を貰って踊る姫!」と身体をふたつに折ってヒクヒクしていた。さらに、厨房から呼び出しが来たので行ってみたら、魔法で冷凍された魚が山積みにされていて、料理長に「姫、なんとかしてください」と涙目で訴えられた。
ええと。
今日から魚乙女に転職、かな?




