プロローグ
マイペース更新ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
「ふう……やっぱ面白いな……」
少し疲れを感じたわたしは読んでいた本を膝の上に置くと、枕やクッションを積み重ねて作った山にもたれかかった。白いカーテンが風に揺れて、窓の向こうには満開の桜が見えた。
白い天井、白い壁、白いベッド。
わたしの世界の色彩は清潔な白ばかりなので、風に花びらを散らすほんのりしたピンク色を目にすると、少し華やいだ気持ちになった。
そして、この病室で一番カラフルなのは、わたしが読んでいるこの本だ。表紙にはアニメっぽい絵柄で、可愛い女の子とそれを取り囲むイケメンたちが描かれている。
これは、もともとは『乙女ゲーム』というパソコンゲーム、つまり、素敵な男性キャラクターを攻略して恋人になるという人気ゲームの『恋のミラクルまじっく!』というものを元にして、小説にしたものなのだ。
わたしは生まれつき心臓に病気があり、今まで3度手術をして、なんとか17歳になる今日まで生きてきたけれど、今回の入院は長くてなかなか自宅に帰れない。ゲームもできないのでせめてこれを、と、ネットで注文して買ったのだ。
退院したら、このシリーズの2作目をやろうと思って楽しみにしていて、ストーリーや攻略ポイントも少しだけ調べてある。
だって、全部調べちゃったら、楽しみがなくなっちゃうじゃない?
第2弾の『恋のスイートまじっく!』は、退院してからのお楽しみとして、もう注文してあるんだ。
「お姫さまの調子はどうかな」
「あっ、先生」
風を通そうと開けっ放しだった入り口から、主治医の秋吉先生が入ってきた。この先生にも、同い年のお嬢さんがいるそうなのだ。
そう、若きイケメンドクターとの恋は始まらないのだよ、残念!
「その本はうちの娘も持ってたよ。面白いらしいけど……あんまり根をつめて読んだらいけないな」
「すみませーん」
わたしが疲れてしまっているのに気づかれちゃったみたい。
うん、ここ数日ずっと、疲れやすくなってるんだよね。
なんでだろう?
「ねえ、先生のうちの子は、彼氏がいるの?」
「なっ、いや、どうかな?」
わたしはお父さんの顔になって狼狽える秋吉先生の様子がおかしくて、くすくす笑った。
「だって、高2でしょ。いてもおかしくないよね」
「うーん、いても、僕には教えてくれないかも……莉緒ちゃん、なんで急に精神攻撃をしてくるかなあ」
わたしは天井を見上げて、また「すみませーん」と言った。
「……恋愛って……恋するって、どんな感じかなって思ったんだ。わたしは中学校からはほとんど学校に行けてないから、男子とろくに話したことがないし……病院だと男子がいないし」
「あ……」
先生が小さな声で「おっさんですいません」と言ったので、わたしは噴き出してしまった。
「ドキドキするから、心臓に悪いのかな。それとも、血行が良くなって、元気が出るのかな。人を泣くほど好きになって、苦しくなるくらいに想って、悩んで……なんかね、そういうのがね、想像つかなかったからね、先生のうちの娘さんはどうなのかなって思ったんだけど……お父さんに話すわけないね!」
わたしが先生に笑いかけると、なんとも言えない顔をしていたのですぐに目を逸らした。
「そうか……莉緒ちゃんは……」
「こんな大きな病院なんだから、ひとりくらいすごいイケメンの先生を用意しておくべきだと思いまーす」
わたしはふざけてみせてから、電動ベッドの背を倒した。
「やだ、ほんとに疲れやすいんだよね……」
横になって、秋吉先生に「ちょっとお昼寝しまーす」と手をひらひらさせたら、先生は優しく笑って「はい、おやすみなさい、お姫さま」と手を振り返してくれた。
春の風が突然強く吹いて、わたしの枕元に桜の花びらを1枚届けてくれた。
桜が全部散る頃に、わたしは退院できますか?
春だから、恋することができますか?
神さま。
神さま、わたしね。
恋ってどんなものなのか、知りたいの。