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耶律南仙 Princess NanShan

作者: 藍川夏美

契丹や西夏の歴史が好きで、特に大好きな耶律南仙という女性の生涯について超短編という形でまとめました。契丹史や西夏史、さらには女性史という大きなジャンルに興味を持っていただくきっかけとなれば幸いです。

 どこまでも続く果てしない土漠の真ん中に、一つの国があった。

 その国の名は契丹といった。

 1088年、この国に一人の王女が生まれる。王女はその姓を耶律、名を南仙といった。

 「お前は契丹の王女だ」

 両親は南仙にそう教え込んだ。そしてそれは事実だった。

「契丹の王女として、誇りを持って生きなさい」

 南仙はその言葉を純粋に受け止め、以後その通りに生きることを決意する。


 契丹の隣に、西夏という国があった。この国の王は姓を李、名を乾順といい、三歳から玉座に就いている。この乾順が、契丹の王女を娶りたいと申し出た。契丹の王は娘を他国へ嫁がせることを惜しんだが、隣国との関係を慮り、この申し出を受け入れることにした。選ばれたのは南仙である。

 乾順と南仙の結婚は、たしかに政治的なものであった。しかし、両国の友好を深めるために結婚しているのだという強い使命感が双方にあった。二人は仲睦まじく暮らし、やがて男子が生まれた。南仙は我が子を大変に可愛がり、「仁愛」と名付けた。まもなく仁愛は太子となり、乾順の跡を継ぐ未来が約束された。南仙はこのとき幸せの絶頂にいた。


 漠北の地に、新しい国ができた。

 その国の名は金といった。

 金は、この土漠に栄えた契丹を滅ぼそうとして、何度も契丹を攻めた。度重なる侵攻に契丹は弱り、困り果てた王は西夏に助けを求めた。

 助けてくれ、南仙。

 そんな父の声を、西夏の宮殿で何度も耳にした。空耳だとは分かっていても、気が気ではない。

 西夏の王妃になった日から、自分は西夏人になったつもりでいた。しかし、今も心の中には「契丹人としての誇りを持て」という教えが息づいている。

 南仙はたまらず、祖国を救ってくれるよう乾順に懇願した。

 「王様」

 何度も何度も頼み込んだ。

 「どうか契丹を救って下さい」

 母の姿を見た仁愛も、母に倣って頭を下げた。

 しかし契丹を助けることは、金に敵対することを意味している。傾きかけた契丹に味方するよりも、勢い盛んな金に加勢したほうが良いのは目に見えていた。

 乾順は、南仙のことも仁愛のことも深く愛していたが、それを差し置いても王として国の未来を考えなければならなかった。

 ついに金の大軍が押し寄せて、契丹の王は亡命を余儀なくされた。真っ先に頼ったのは、南仙のいる西夏である。

 「契丹王が来られました」

 伝令の声が響く。

 「王様、いかがなさいますか」

 乾順は黙りこくって考えていた。目の前には金から届いた書状がある。そこには、


 契丹王を差し出せば、契丹の土地は西夏のものとなる。だが、もしも契丹王を匿えば、西夏の土地は金のものとなろう。


と書かれていた。

 契丹を匿えば西夏が狙われる。西夏の王として国を守るためには、契丹に手を貸している場合ではないのだ。

 しかし、涙ながらに契丹の救済を懇願する南仙の姿を見ていると、契丹を見捨てると宣言することも忍びなくて憚られた。

 乾順は悩んだ。そして決断した。

 「契丹王を迎えに行く」

 乾順はやっとそう言った。それを聞いて南仙は、乾順が契丹を救ってくれるのだと思った。

 乾順は国境まで出向き、命からがら逃げてきた契丹王に優しく手を差し伸べた。

 契丹王の顔に安堵の色が浮かんだ。

 と、次の瞬間、西夏の兵士が一斉に契丹王を取り囲んだ。

 みるみるうちに契丹王と従者たちが縄で縛られていく。

 乾順は彼らに背を向けて、そっと唇を噛んだ。

 西夏は、契丹を金に売ったのだった。


 乾順は契丹の王を捕らえ、金に差し出した。

 契丹という国が滅亡した瞬間であった。

 仁愛は、母の祖国を救わなかった父に失望し、その滅亡に深く心を痛めて命を絶った。17歳であった。

 南仙は契丹の滅亡を嘆き悲しんでいたが、そこに仁愛の悲報が告げられ、あまりのことに声を失った。

 1125年、南仙は自害を選ぶ。

 乾順は自らの行いを悔いたが、南仙と仁愛が生き返ることはなかった。

 契丹に生まれ、契丹のために生き、契丹人として死んだ西夏の王妃。

 耶律南仙の魂は、今も果てしない土漠の真ん中に眠っている。

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