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たっくんとゆかいななかまたち

たっくんとゆかいななかまたちシリーズ<9>コワイ!熱中症

作者: 杉浦達哉

挿絵(By みてみん)

朝,たっくんがハンガーを出ようとするとケビンが

「おおい,忘れ物」

とたっくんにウルトラマンの水筒を渡しました。

5月からはAI型の機体は通常業務中も全員水筒持参が義務付けられています。

航空機達の水筒には各自鉱物油の入った飲み物が入っています。

夏はオイルの汗をたくさんかくのでオイルが切れてしまわないようにするためです。

今は7月でもうすぐ夏休みですが,すでに基地の敷地内では34度を記録しました。

その日もとても暑く,輸送機のハーキュリーズさんとグローブマスターさんは倉庫の中と外を行ったり来たりして荷物の積み下ろしや倉庫の整頓をしていました。

ハーキュリーズさんは時々汗を拭ったり涼しい場所に移動して持参の飲み物を飲んだりこまめに休憩を取っていましたが若くて大柄なグローブマスターさんは休憩をしないしときどきペットボトルのミネラルウォーターをがぶ飲みするくらいでずっと動いていました。

「おおい,お前ちょっとは休憩しろよ。疲れちゃうぞ」

とハーキュリーズさんが声をかけますが

「大丈夫っすよ。先輩こそゆっくりしてて下さい」

と言って朝からもう働き通しで少しでも休む様子がありません。

「でもいくらなんでもそろそろ昼休憩だぞ。食堂に行こう。俺は腹が減ってるんだ」

とハーキュリーズさんがうながして

「はい」

とグローブマスターさんはようやく手を止めました。

2機が連れだってタキシングで食堂へ行こうとすると,突然グローブマスターさんがよろけました。どうやら一番前のランディングギアが傾いたようです。

「おいおいどうした」

ハーキュリーズさんが助け起こそうとしましたが,

「いやなんでもないっす」

とグローブマスターさんは機体を自分で起こしました。


その頃,食堂ではたっくんたちが給食を食べていました。

「今日の味噌汁は少ししょっぱいよ」

とたっくんがカウンターにいるマッカラムさんに文句を言いました。

「おっ,坊主分かるか」

とマッカラムさんはニヤニヤしました。

「夏だからお前達も汗をたっぷりかくから水分やオイルのミネラル成分がいっしょにぬけちまうからな。塩をいつもより少しだけ多く入れておいたのさ。飯と一緒にそこの冷水機の鉱物油入りのお茶もたっぷり飲んでおくんだぞ」

たっくんは持参のプラコップでお茶を入れに行きました。

「不思議だなぁ。どうして俺はお茶をこぼしたつもりはないのにコップの外側が濡れるんだろう」

とたっくんが言いました。

「エアコンと同じ原理ですよ」

とF35が言いました。

「気温が下がると空気中の水蒸気が気体を保てなくなって液体になるのです。つまりコップの外についている水滴はお茶をこぼしたのではなくて周りの水蒸気が水になったものですよ」

「なるほど空気を冷やすと水になるのかぁ」

とたっ君は不思議そうに言いました。

そう言えばジェイムスン中佐が飲む缶ビールの外側も缶は開けていないのにいつも濡れていることを思い出しました。

「ちなみに雨が降るのも同じ原理です。上空で水蒸気が冷えて雨雲になり,液体になって雨が降るのです。冬は地上も冷たいので解けずにそのまま雪になって落ちてきます」

「なるほど。やっぱお前は頭いいな。でも夏でも雨が降るのはなんでだ?」

さらにたっくんは突っ込みます。

「先輩,僕達はいつも上空10000m以上のところにいますけどアビオニクスの温度計はつねに夏でもマイナス40度くらいですから,そこで水蒸気が冷えて雲ができるのですよ」

「んー,そうなのかぁ。確かに空は涼しいけどいちいち温度計なんて見てなかったからな」

とたっくん。

「温度計も見ないで飛んでるなんて相変わらずたっくんはいいかげんねぇ」

とA10ちゃんは笑いました。

「なんだろう,俺昔から暑がりで寒さに強いと言うか,あんまり寒いって思わねぇんだよな」

とたっくん。

「そうそう,去年の冬も一度だけ雪が3cmくらい積もったときも外で遊んでたのたっくんだけだったよ」

とB2君。

「むしろ雪が降ってるときこそ外に出るべきだろう。珍しいんだから」

とたっくんは言い返しました。

「先輩は通常戦闘機の中では実用上昇限度は最高ですからね。他よりも寒さに対応できるつくりになってるのかもしれませんよ。それに先輩は普通の戦闘機よりもややぽっちゃりなのとステルス塗装の暑がりな分寒さに強いでしょうしお肉や脂身が人一倍大好きで体温も上がりやすいんだと思います」

とF35は言いました。

「あーそれはあるかもね」

とB2君は言いました。

「なんだよう,俺のことクソデブみたいに言いやがって」

とたっくんはB2君のお皿の食べ残しの筋張った脂身のお肉を箸でつまんでひょいっと食べました。

給食がすんだところで4機は掃除の時間なので滑走路の方にタキシングで行きました。

すると途中で食堂の方へ向かって来るグローブマスターさんとハーキュリーズさんに出会いました。

「ちびども(輸送機から見れば戦闘機や攻撃機は小柄なのです),お前達昼飯は済んだのか」

とハーキュリーズさんが声をかけました。

「今日は牛肉のすき焼き風と豆腐の味噌汁だったよ」

たっくんが答えました。

「へぇ,そいつはスタミナが付きそうだ。なぁ?」

とハーキュリーズさんがグローブマスターさんの主翼を叩こうとしたとたん,グローブマスターさんが急に

「気分が悪い…」

とつぶやいて前のめりにうずくまってしまいました。

「おい大丈夫か」

ハーキュリーズさんが助け起こそうとします。

「ちょっと待って」

B2君がグローブマスターさんの機首に触りました。

ひどい熱だしオイルの汗をたくさんかいています。

「ひどい熱だ。お医者さんに見せないと」

「休憩しないでぶっ続けで働いていたからだよ」

とハーキュリーズさんが言いました。

グローブマスターさんは身長53m体重128tで,いくらA10ちゃんが力持ちでも担いで運ぶことはできません。

「人間を呼んで来て車で牽引してもらいましょう」

とF35が言ってスマホを出しました。

「俺が途中まで人間を呼びに行ってくるよ」

と,ハーキュリーズさんは最寄りのトーイングカーのあるところへ向かいました。

F35によるとすぐにトーイングカーがくるそうですが,それまでグローブマスターさんを涼しいところまで運ばなければいけません。

これはすぐそこに雑木林があったのでどうにかA10ちゃんに引っ張ってもらって移動しました。

B2君はタオルを出して

「みんなハンカチ持ってるよね?そこの水道で濡らしてエンジン回りや機首を冷やしてあげるんだ」

と言いました。

普段泣き虫で自己主張をしない弱虫のB2君ですが保健委員としての知識はあります。

「あー,俺ハンカチ持ってねぇや」

とたっくんが言いました。

「んもぅー,じゃあたっくんはグローブマスターさんの様子を見てて」

とB2君がF35とA10ちゃんと一緒に水道のところまで行きました。

グローブマスターさんはどうにか主翼が動かせる状態だったので持っていたペットボトルの水をがぶ飲みしていました。

「なんだよ,ハンカチ持ってるのがそんなに偉いのかよ…ようは水でぬらして体を冷やしてやればいいんだろ」

とたっくんはぶつぶつ言いましたがふと,さっきの話を思い出しました。

「そうだ…俺のエアコンを使えば!」

たっくんは短距離離陸でグローブマスターさんの上まで来ると,ECSのエアコンを起動して限界まで設定温度を下げました。

するとたっくんに水蒸気が集まって来て,たちまちに小雨のようにグローブマスターさんの機体に降り注ぎました。

そこへみんなが戻ってきました。

この光景を見たF35が

「先輩すごいですね」

と驚きました。

「俺はこういうのは得意だからな」

とたっくんは言いました。

「おーい」

ハーキュリーズさんがトーイングカーと一緒に戻ってきました。

ハーキュリーズさんとA10ちゃんがグローブマスターさんを動かして最前のランディングギアをフックとしっかりつなぎ,トーイングカーはサイレンをあげて空軍の医療センターに向けて出発しました。

人間の運転する小さなトーイングカーが巨大なグローブマスターさんをけん引する姿は本当に頼もしいのです。


どう見ても熱中症のグローブマスターさんはさっそく機体用のベッドに寝かされ,全てのエンジンに点滴を打たれました。

処置室に機体用のベッドと人間用のベッドがあって,隣にはすでに人間の先客がいて同じように点滴を受けていました。

「あんたもか」

とグローブマスターさんは隣のベッドに声をかけました。

「ええそうです。屋外で作業をしてて」

と若い新兵は恥ずかしそうに言いました。

「でも変なんだよな。俺はミネラルウォーターを用意して水分だけはしっかり取っていたつもりだったんだ」

「僕もですよ。ちゃんとペットボトルの水を用意していたのに…」

「それは君たちがミネラル不足だからだよ」

お医者さんが処置室に入ってきていいました。

「汗をかくと水分だけじゃなくて大事なミネラルまで失われるんだ。人間なら塩分,航空機ならオイルも汗と一緒に染み出していく。そうすると水だけいくら飲んでも水中毒になるだけだよ。人間ならスポーツドリンク,航空機なら鉱物油入りのドリンクが必要だね」

そういえば作業をする現役機は5月から全機鉱物油の入った飲み物を入れた水筒を持参するのが義務だったのですがグローブマスターさんはめんどくさがって普通のペットボトルのお水を飲んでいただけだったのです。

「それに君たちはどちらも自分の若さを過信してこまめに涼しいところで休憩を取らなかったからだよ」

ハーキュリーズさんがこまめに涼しい場所に移動していたし,何度もグローブマスターさんに休憩するように促していたのを思い出しました。

「いろいろ反省するべきことが多いなぁ」

とグローブマスターさんは思いました。


点滴がおわって帰宅許可が下りたグローブマスターさんはたっくん達のところにおれいをいいに立ち寄りました。

ちょうどたっくんのハンガーに4機が集まって遊んでいて,みんなで仲良くケビンの作った白玉フルーツポンチを食べているところでした。

ケビンはグローブマスターを見ると,

「今日熱中症で倒れたそうじゃないか。もう具合はいいのかい?」

「ご迷惑かけて申し訳ないっす。具合が悪くなったけどすぐに病院に連れてってもらえましたんで。あのとき誰もいないところで倒れたりあのままだったら危なかったっすよ」

とグローブマスターさんは恥ずかしそうに言いました。

「みんな,ありがとうな,助かったよ」

とグローブマスターさんはみんなにお礼を言いました。

「具合が悪くなってる人を助けるのは当然のことだよ」

B2君が言いました。

「そうですよ。僕達はたいしたことはしてないです。むしろ先輩の活躍がすごかったですよね。エアコンの機能を利用して雨を作って…」

とF35が言いました。

「えっ,それってどういうことだい」

とケビンがきょとんとしたのでF35はたっくんがエアコンを下げて水蒸気を集めて雨を作りだした話をしました。

グローブマスターさんも

「あのとき雨を降らせてもらったのが何よりも助かったぜ。一気に熱が下がったもんな」

と喜んでいるようでした。

ケビンは果たしてたっくんのエアコンは回りの水蒸気を雨に変えるくらいの出力を持っているのだろうかと気になりました。

冷蔵庫でもあるまいし,そこまでの出力はないはずです。

この日はジェイムスン中佐は遅いシフトだったので夜の10時を過ぎてから帰ってきました。

中佐以外は晩ごはんをすませたあとで,たっくんはテレビを見ているジェイムスン中佐の横で遊んでいました。

「今日ね,たっくん人助けしたんだそうですよ」

と夕食のおかずをテーブルに並べながらケビンがいいました。

「ほーお?」

そこでケビンはグローブマスターさんやB2君達から聞いた話を中佐にも聞かせました。

「それでね,たっくんがエアコンの出力を上げて水蒸気で雨を作ってね,グローブマスターの体に雨を降らせて助けたそうですよ」

とケビンが言うといきなり中佐の顔が一瞬固まりました。

そして隣でバービーとウルトラマンでプロレスごっこをして遊んでいたたっくんのインテークをつかみました。

「お前,エアコンで雨を降らせたのか」

真剣な顔で中佐が聞くのできょとんとしたたっくんは

「うん。F35が教えてくれたんだ。外気より冷たくすると回りの水蒸気が冷えて水になるんだってそれでちょっとやってみたんだけど」

とこたえました。

「いいか。二度と人間をのせていない状態で勝手に機内用のエアコンを使うんじゃない」

いきなり中佐は非常に神妙な顔でそんなことを言いました。

あまりにもいつもとは違う中佐の表情だったのでケビンもびっくりして様子を見ていました。

「えっなんで」

たっくんは意味が分からなくてとまどうばかりです。

たっくんにはい分かりましたと言わせるには理由が必要です。ただならぬことはならぬのですでは了解してくれないでしょう。

「あー,つまりあれだ。お前が無理をすれば体が壊れる。そうなると最悪メーカーの病院に入院するんだ。入院している間は友達とは遊べないしおもちゃ屋にも行けないんだ。毎日毎日痛い痛い注射をされるかもしれないし何より家に帰れないし俺やクルーのみんなとも一緒にいられなくなるぞ」

「いやだぁっ!病院嫌だ!家がいい!」

たっくんは予想以上の反応をして叫びました。

「分かったよ。俺,エアコンはもう触らないよ」

「そうか,分かったか。よし,いい子だ」

と中佐はたっ君のキャノピーをポンポンして自分のお皿の蒸し鶏をひとくち箸でつまんで,たっくんの給油口に放り込みました。

それからケビンの方を向いて,

「飯頼む。軽くでいいから」

と言ったのでケビンは

「あ,はい」

と炊飯器のある台所へ立ちました。

そういえばケビンは気になることがありました。ケビンはクルーチーフとして長年通常型のF22,そしてたっくんの整備もしてきましたが,たっくんの環境制御,つまりECSの機内冷却システムの制御部分は最も厳重なブラックボックス化されていて,たとえ機付き長のケビンですら勝手に中を確認することはできませんでした。

兵装の使用やレーダーに関する制御システムならともかく,なぜただの環境制御の冷却システムの制御部分をこれほどまでに厳重化しているのかが分かりませんでした。

それと関係があるのでしょうか。


ケビンは中佐のあの真剣な表情を見ると何か知っているのは確実だと分かります。普段決してたっくんの遊びや行動を禁止したり制限をしない中佐があれほどまでにたっくんに注意をすることは今までありませんでした。

しかしだからこそ質問しても教えてくれないでしょう。



翌朝もB2君がたっくんを誘いに来て,2機はまたなかよく出勤していきました。もちろん水筒も忘れません。

そこへ同じように出勤してくるハーキュリーズさん,グローブマスターさんを見つけました。

「よう,ちびども。昨日はうちの若いのが世話になったな」

とハーキュリーズさんがお礼を言いました。

「俺も今日から水筒を持つことにしたよ。先輩が休むときは一緒に休憩もする」

とグローブマスターさんはペットボトルを再利用した容器にちゃんと鉱物油入りのお茶を入れて持っていました。

               <おわり> 


ラプターの冷却制御システムについて伏線…のようなものがありますがこれらが出てくるのはまだまだ先になります。

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